第5幕 Muguet
5月1日。新緑の季節。桜はすっかり葉桜になり、既に夏の兆しが見え始めている。
綴は顔を上げる。
花蜂たちが忙しなく飛び回りながら花にリボンを結わえ、ブーケを形作っていく。店の内装の雰囲気も相まって、絵本の中にいるようだ。金の鱗粉を振りまく妖精たちが、花冠を乙女の頭に乗せてドレスを飾り付ける。そんな御伽噺を遠い昔に読んだ気がする。
「しかし暑いね。まだ5月だっていうのに、これじゃあ花が弱ってしまう」
黒田がそうぼやく。
彼と僕の周りにあるのはスズランだ。流石にスズランくらいは知っているが、これほど近くで見たのは初めてだ。鈴蘭の字の通り、優雅にカーブを描く茎の先に吊るされた花は鈴に似て、触ればチリンと音が鳴りそうだ。砂糖菓子のようにきらきらと輝くその純白を守るように、濃い緑の葉が全体を覆っている。一輪だけでも美しいが、それが何十本も並んでいる様子は壮観だ。
「どうして今日はこんなにスズランがたくさんあるんですか?」
「フランスでは5月1日に大切な人にスズランを贈る風習があるんだそうだ。それに便乗して毎年やってるんだ。結構需要があるんだよ、これが」
そのためなのか、普段よりも用意しているブーケの数が多い。二人だけでは作り切れないので、どこからか現れた黒田の花蜂たちが手伝ってくれているのだ。
今頭上を飛び回っている彼女たちは働き蜂で、マダムのように話せはしないが、人の言葉を理解してはいるらしい。黒田の指示通りに次々とスズランをまとめ、器用にもリボンを巻き付けていく。彼女たちの知能の高さを思い知らされる。嫌悪より先に感心してしまう程だ。
ブーケやコサージュを作るのは見た目より遥かに技術のいることだった。なかなか黒田や花蜂たちのように指先を細かく動かせない。ちなみにマダムは四苦八苦している僕の作業を見守ってくれている。
「ああそうだ、コサージュにする時は触り方に気を付けてね。有毒だから」
「スズランって毒あるんですか!?」
有毒、という言葉に驚いて、思わず手元のスズランを床に落とし、慌ててそれを拾う。綴の様子がよほど可笑しかったのか、黒田が喉を鳴らして笑った。
「あるよ。しかも人も殺せる毒だ。とは言っても体内に入れなければ基本的には大丈夫なんだけど」
そうは言われても、人も殺せる毒と言われれば恐ろしい。どこをどう触るべきか分からずおろおろしていると、黒田が笑いながら手本を見せ、指示を寄越した。
「スズランを活けた水を飲んで子供が死んだ、なんて話もある。階段状に連なった白い花の美しさから”天への梯子”とも言われてるけど、まあそれは天に召されるという意味でもあるんだろうね」
くっくっと愉快そうに喉奥で黒田が笑う。専門家である黒田がそう言うのだから事実なのだろうが、やはり目の前の清純な花からはその毒性はとても想像できない。
「早急に勉強しておきます…」
「いい心掛けだ」
黒田が手を動かしながらそう言った。
商品を用意し終わって、店の外へ出る。5月にしては強い日差しに全身を照らされ、綴は目を細めた。黒田の店の中が仄暗いので、その明暗の差に目がチカチカする。
こんなに日光を浴びるのは久しぶりだ。綴は自室でも、カーテンを開ける気になれず、薄暗いままの部屋に閉じ籠っていることが多かった。あまりに明るい場所は緊張するのだ。夜と違い、暗い表情をすることや、泣くことを誰かに咎められる気がして。
綴はすう、と息を吸い込む。店の外まで漂う濃い匂い。透明感のある、それでいて甘く爽やかな香り。あれだけのスズランに囲まれていたせいか、背後に立つ黒田の身体からも、自分の身体からも同じ匂いがするような気がする。
「いい匂いだろう?スズランは昔から香水として人気が高くてね。おまけに媚薬効果があるものだからと惚れ薬としても使われたそうだよ」
黒田がそう話しながら、店の入り口をスズランで飾り付ける。
綴は、この日のために用意したという看板を受け取り、店の入り口に立てかけた。表には白いチョークでJour de Muguetの文字。黒田に聞いたところフランス語でスズランの日を意味するそうだ。
「び、媚薬効果って…スズランは人を殺せるレベルの毒を持ってる花なんですよね?」
黒田がたしなめるように指を振った。
「綴、毒か薬かという問題は要は量の問題なんだよ。ケシの花がモルヒネという鎮痛剤になり、同時にアヘンという麻薬になるのと同じでね」
そういえば、確かに『麻薬及び向精神薬取締法』─所謂薬物についての法律の条文の中にそんな項目があった。あの麻薬と呼ばれるアヘンも、もとの原料はケシという植物から精製されたものなのだ。それは同時にモルヒネという名前で、鎮痛剤として現代医療に大きな貢献をしている。冷静に考えれば、ああした法律は乱用を防ぐためのものであって、利用を禁止するものではない。勝手に言葉のニュアンスとしてその手の薬物を悪い物として捉えていたけれど、それはあまりに浅はかだ。恥じ入る。
「すみません、浅学でした」
「なに、謝ることはないよ。一先ずスズランについては匂いくらいなら人体に影響はないから、安心して香りを楽しむといい」
黒田が、エプロンのポケットから、緑色のリボンで結わえられたスズランのコサージュを取り出して綴の鼻先に近づけた。改めて漂う匂いを吸い込んでみる。一口に毒草とは言えどやはりいい匂いには違いない。
「えっと、このコサージュは?」
「プレゼントだよ。それから宣伝用にね」
そう言って、同じコサージュを黒田がエプロンにつける。
こういうイベントは店員が進んでやったほうがいい、という黒田の一言に納得して、綴は受け取ったコサージュを、まだ新しい自分のエプロンに飾った。
「さあ、今日も一日よろしく頼むよ」
「は、はい!」
開店してからは少し忙しかった。黒田の言うとおり次々とスズランが売れる。幼い子供から年配まで、どの人も小さなブーケを手にして幸せそうに帰っていく。
「圧倒的に女性のお客さんが多いんですね」
一通り客足が落ち着いてから、綴はそう口にした。
「うちの客は8割が女性だからね。最近は男性も来るようになったけれど」
異様に整った黒田の横顔を見上げる。何より黒田の顔が利いているのだろう。それからあの独特の口調や、さりげない口説き文句も。この店の空間と、黒田の浮き世離れした容姿とが相互作用しているのだと感じる。
「なんというか…黒田さんって口八丁手八丁って感じですね」
「人を口説き落とすのが俺の仕事なのさ。
チリンとドアベルが鳴り、まばらに何人か女性が来店すると、再び黒田は接客を始めた。一人、二人と店のなかに女性客が入ってくる。
そうしてやってきた客の中には先日、シロツメクサの花冠を持ってきた、あの女子高生もいた。なにやらまたプレゼントを持ってきたらしい。彼女は黒田に近づくと、それを渡そうと差し出す。黒田が断る仕草をしたのだが、周りの女性がここぞとばかりに私も、私も、とプレゼントを取り出して、机に置いてしまう。もしかすると、彼女たちもまた黒田に贈り物をして躱されていたのだろうか。
黒田は諦めたのか、突き返すこともなくお返しにと、小さなスズランのコサージュを手渡した。なんというか、やはり集団の力は強い。
幸せが来ますように、そう客と談笑する黒田の姿。その一方で“幸せは誰かの犠牲によって成り立つもの”と彼は言う。
一体、どちらが彼の本質なのだろう。
「あの、深谷さん」
「は、はい!?」
突然客に話しかけられて背筋が伸びる。
「この間はありがとうございました」
振り返り相手の顔を確認する。話しかけてきたのはあの女子高生だった。
「今日はスズランの日だから普段より人が多いだろうなーって思ってたんですけど。思ってたより人がきててびっくりしちゃいました」
「黒田さんが取り囲まれてますもんね…でも、いいんですか?黒田さんところにいなくて」
「いいんです、べつに。あんなに人がいっぱいいたらあんまり話せないし…」
少女の視線の先には四人の女性に取り囲まれている黒田の姿。
高校生にしては大人びた印象を与えるその少女が、すねた子供の表情になる。それもそのはずだ。意中の相手が他の人と楽しそうに話しているのだから。僕にもその手の感情に覚えがないわけではない。
少女が視線をあちらへ向けたまま、話を続けた。
「それに…なんていうか、黒田さんの店って秘密基地みたいじゃないですか。あんまり沢山の人に知られるのって、嬉しいけど、ちょっとだけいやだなぁ…って。あ、すみません、こんなこと愚痴っちゃって」
「いえ、大丈夫です」
同時になるほどな、と思った。恐らく、黒田の店は人伝に評判が伝わっている。人は本当にいいものをみつけたとき、大抵の場合信頼する人にこっそり教えるだろう。宝物を見つけた子供が、大切な友だちだけにそれを見せるように。みんなにはひみつだよ─そんな言葉を添えて。
それは確実に人を引き寄せるが、大量の人を引き寄せない。そうやってこの店にやって来る客は少しずつ選別されているのかもしれない。
「ふふっ」
ふと、目の前の少女が噴き出した。
「な、なにかおかしいことありました?」
また会話に失敗したのかと、背中から汗が噴き出す。急に笑われることほど不安になることはない。緊張した身体で、次に降りかかってくる言葉を想像して身構える。
「なんか、深谷さんって、考えてる時の様子が黒田さんに似てますね」
「へ?」
少女の口から出たのは嘲りや揶揄や罵倒ではなかった。想像していたものとは全く違う言葉が降りかかってきて、綴は一瞬硬直する。
─似ている?僕と黒田さんが?
少女は話を続ける。
「たまに呼び掛けても返事しないことがあるんですよ、黒田さん。あ、黒田さん、考え事してる時に顎を触る癖があるんですけど。深谷さんが今口元に手を当ててたから、なんだかその様子と表情が似てて笑っちゃって」
恋をしているだけあって、黒田のことをよく見ているらしい。顎を触る癖。今のところ黒田の仕草を綴はあまり注意して見たことがなかった。
「黒田さんのこと、よく見てるんですね」
ふふん、と得意げに照れ笑いをする少女。黒田に対する情報で、僕に勝ったと顔に書いてあるのが幼さを感じて思わず微笑んでしまう。
「じゃあ、そろそろいきます。また来ますね」
「お気をつけて」
本当に健気な子だ。だが、彼女の恋が報われることはないのだろう。そう思うと、ちくりと胸が痛んだ。
結局、集団で黒田を取り囲んでいた女性たちは小1時間程駄弁って帰っていった。女性という生き物は何故ああも集団でお喋りをするのが好きなのだろう。それに付き合わされた黒田は流石に少し疲れたのか、溜息に近い息を吐き出した。
「あの、なんというか…お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
テーブルに置かれた贈り物の数々をちらりと見やる。大変だな、とは思いつつも、こういう状況を見てしまうと少し羨ましいと思う。
「受け取れないと言ってもみんな勝手に置いていくんだから困ったものだね」
黒田がやれやれと肩を竦める。
もし僕がこんな風に女性から贈り物をされて色目を使われたら、不安で、慌てて、けれど同時に湧き上がる嬉しさを隠し切れないだろうな、と思う。それが多少強引だったとしても。しかし、黒田にとってはそれが日常茶飯事なのか、心底どうでもよさそうだ。少なくともあの躱し方を見る限り、相当な経験があるに違いない。
少し、嫉妬してしまう。男なら誰だってああいう賞賛や黄色い歓声を一度は受けてみたいと思うだろうに、それを手にしておきながら全く意に介さないのだから。
最近になって感じるのだが、黒田の近くにいると安心できる一方で、惨めな気分になることがある。容姿もそうだし、体格や要領の良さ、行動のスマートさ、自信のある物言い。深く美しい声。何もかもが劣っているということを自覚させられる。同郷の先輩である青山純の隣にいる時の感覚によく似ていた。口の中が少しだけ苦い。
ただ、それを黒田に言うのは失礼には違いないし、自分の気の弱さからもそんな感情を口にするのは不可能だった。
「”手に入れるのが最も困難なものほど、われわれは最も深く愛するものです。きみもそう感じませんか。ぼくにとってはいつも友だちがたいせつなんですが、そのかわりに女ばかり押しかけて来ます”」
突然、黒田が何かの台詞を
聞き慣れない文語体に、綴の口がぽかん、と開く。
「なんですか、それ?」
「ヘッセの『
「…すみません、存じ上げないです」
「まあ、あまり有名ではないからね。ヘッセは知ってる?」
「へルマン・ヘッセ、ですよね?昔、国語の教科書で読んだ記憶があるくらいで…」
「それはどんな話だった?」
黒田が青紫の瞳で見詰めてくる。綴は、記憶の糸を手繰り寄せた。
「…多分、蝶かなにかの標本が出てくる話だったと思います」
タイトルは思い出せないが、内容があまりに衝撃的すぎて、その物語の最後の場面だけは覚えている。確か、標本好きな主人公の少年が、友人の持っていた珍しい虫の標本を、どうしても欲しくなって盗んでしまう。その途中、標本を壊してしまい、その持ち主である友人に謝った。ところが、その友人は怒ることも罵ることもなく「君はそういうやつなんだな」と冷たく言い放ち、主人公を軽蔑するのだ。その仕打ちに耐えられなかった主人公は、衝動的に自分の宝物である標本を滅茶苦茶に壊してしまう…という内容だったはずだ。
「『少年の日の思い出』だね。しかし教科書にそれを載せる人がいるのか。趣味がいいな」
果たしてそれは趣味がいいのだろうか。
「俺はその本を持っているし、興味があるならいつか貸そう。そして答え合わせをしてみるといい。今読んだら、また違った感想を抱くかもしれないからね」
そういえば、最近文章といえば専ら勉強の一環でしか読んでいないような気がする。条文か、判例か、論文か。どれも文章には違いないが、物語ではない。だから黒田の言う、物語が書かれた本というものに少し興味が沸いた。
「花の勉強が終わったら、読んでみます」
「ぜひそうしてくれ」
黒田のその表情は、悪戯を企む子供みたいに見えた。
片付けを終え、綴とマダムを帰した後の店内は、少しだけ広く感じる。
黒田は髪飾りを作っていた。スズランとレースを使い、編み上げていく。
静かな夜だ。ここ最近はマダムがずっと綴に連れ添っているため、彼女が話しかけてくることもない。これほど静かな夜は久しぶりだ。こんな夜は本が読みたくなる。それも極上の悲劇を。ちょうど綴と『少年の日の思い出』の話をしたところだ。ヘッセの短編集を読み返すのもいいかもしれない。
しかしまだ二階の自室に帰るわけにはいかない。今日はまだ重大な仕事が残っている。
チリン、とドアベルが闇に響いた。
尋ねてきた相手の姿を確認しなくても、それが誰かは分かっている。
黒田は顔を上げ、声をかけた。
「待っていたよ」
戸口には女が立っていた。瞳は仄暗く、きゅっと結ばれた唇は噛んでいるせいで血の気を失っている。
彼女は、今日最期の客だ。ずっと前に契約を済ませ、この日が彼女の自殺の決行日だった。
彼女は以前会った時よりも痩せ細っていた。女性らしい柔らかさを失って、青い血管が目立つ。
女は覚束ない足取りで店に立ち入るなり、立ち眩みでも起こしたかのようにその場で座り込んでしまう。女が震えながら、顔を覆った。その細く弱弱しい指の間を涙が伝う。黒田が、その女の前に膝をついた。差し出された黒田の手。涙で濡れた手が、黒田の手へと縋った。
「よくここまで来たね。えらいよ」
そっと、黒田の手が女の頭を撫でる。落ち着かせるように優しく触れ、髪を梳く。
「君が望む限り、今晩は君の
その言葉を聞くと、女は弱った蝶のように、ふらふらと黒田の身体へと身を寄せて細い腕を回した。
「いい子だから、何があったか聞かせて」
女はぽつりぽつりと、胸の内を語り出す。
「両親も、祖父母も……お前のような子があんないいひとと結婚できるのは幸せなことだと…早く孫を見せろだのと…それから今まで私のしたことを洗いざらいひっくり返して嗤って…すごく惨めで…」
女は再び泣き出す。震える唇から悲鳴に似たか細い声が漏れだした。
「”傷の痛みを知らぬ奴だけが、他人の傷痕を見て嘲笑う”─可哀想に。慰めてあげようね」
恋人にするような手つきで、女の頬を黒田の掌が撫でる。指で目尻の涙を拭い、背を愛撫する。
「可愛いジュリエット。大丈夫、大丈夫だよ、”なにもかも駄目になってしまっても、まだ死ぬことだけはできる”」
そう鼓膜を蕩かすような声で黒田が囁いて、女の髪にスズランの髪飾りを挿した。
「君の棺にはマンネンロウでなく、スズランを飾ろう。谷間の姫百合。君の最期にふさわしい花だ。人に見放された深い谷底で、哀しい音色を立てる白い鈴。君だけの天への梯子」
黒田の手から、魔法のようにあの小瓶が現れる。金色の
「ほら、甘い匂いがするだろう。これが君の望んだ死の匂いだ」
コルクを抜けば、その芳香が内装の隅々まで立ち込める。スズランの匂いを閉じ込めた、この女のために調合された
「なにか、最後に言い残したことはあるかい。それからやり残したこと」
女は真っ赤に泣き腫らした目で、黒田を見上げる。震える唇が、言葉を紡ぎ出そうとして動く。
キスをして。
女は消え入りそうな声でそう呟いた。
「言ったはずだよ、俺にできることならしてあげると」
黒田は小瓶の中身を口に含むと、女の顎を掬い口づけた。
女が、黒田の首に腕を回す。女の喉が動く。そしてその唇から、黒田とは別の男の名前を呟いた。
零れ落ちる涙。快感を得たように、びく、と女の肩が跳ねる。睫毛が震える。だらり、と力なく白い腕がずり落ちた。
「おやすみ、ジュリエット」
女は安心したように息を吐き出して、それきりぴくりとも動かなかった。
静かな、完全な死。まだ生きた血の流れを感じる顔は、眠っているようにしか見えない。
大抵の自殺志願者は、わざわざ自分の死体を無残にしたいとは思わない。だから基本的に死体は綺麗になるように
嗚呼、やはり不思議だ。
この女性は死んで、彼は生き残った。この女性だけではない。今まで何人もの自殺志願者が、自らの望んだ死を手に入れた。
あの日、流した涙を拭かせたタオルから成分を採取し自室で軽く調べはしたが、まだその解答は得られていない。
「”だからさ、珍客はせいぜい大事にしようではないか。ホレイショー、この天地のあいだには、人智の思いも及ばぬことが幾らでもあるのだ”」
スズランの匂いが満ちた部屋で、黒田は独りそう呟いた。
****************
※注1─『Muguet』
ミュゲ。フランス語でスズランの意。フランス語でmuguetは「色男」「伊達男」「女たらし」「気取り屋」などの意味を持ち、スズランの名はこの言葉に由来する。見えない毒を秘めるためか。
※注2─『マンネンロウ』
シェークスピア著『ロミオとジュリエット』から。香りがよく、結婚式や葬式に使われる灌木。別名ローズメリ。またはローズマリー。
【引用文献】
『春の嵐(ゲルトルート)』ヘルマン・ヘッセ著・高橋健二訳
『ロミオとジュリエット』ウィリアム・シェークスピア著・中野好夫訳
『ハムレット』ウィリアム・シェークスピア著・福田恆存訳
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