第4幕 Trifolium
自殺未遂から一週間が経った。
大学には、結局あの日以来一度も行っていない。刑法の小テストがあったこととか、レポートのこと、ゼミのこと等々思うところはある。だがもう、足が大学へは向かなくなっていた。一応週明けの月曜日、最初はいつも通りに家を出て、駅まで来た。そしていつも通りの電車に乗ろうとして、止めた。とてもじゃないが、講義を受けるような気分にはなれなかった。自殺未遂前の僕とその後の僕では、何かが劇的に変わってしまっている。容姿もそうだが、変わったのは内側だ。今まで大切にして、しがみついていたものが、粉々に砕けて指の間をすり抜けていくような感覚がする。自分でも呆れ返るほどに、何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。
それに、僕の髪と目の変化は間違いなく大学でも人目を惹いてしまう。駅のホームでさえ、ちくちくと背を刺すような人の視線を感じたのだから。そんな言い訳を、誰に謝るわけでもなく頭の中で並べながら、綴はその電車を見送った。リュックの中に入っていたマダムは、特に何も言わなかった。
今は、黒田に言われるままに、彼の店と自室を往復している。
だが不思議なことに、義務感に苛まれているわけではなかった。むしろ、ここへ来て仕事をしているほうが気が紛れる、とでもいうのか。一人で部屋にいても、起きているのか眠っているのか自分でも分からないほど微睡むか、過去に起きたことを反芻して、泣きながらティッシュの山を作るだけ。あるいは天井を眺めるか─いずれにしろロクなものではないのは重々自覚している。
黒田に課題を与えられているうちは、過去の亡霊に追い掛け回されることも、未来への不安を感じることもなかった。禁錮刑を科された人間が義務でもないのに仕事をしたがるというのはこういうことかと、綴は一人納得した。というより、黒田はこうなると分かっていて自分に仕事を与えたのだということを、綴は薄々感じ取っていた。
今も黙々と作業を進める黒田の様子を盗み見る。今、彼が手にしているのは生の花を使った花冠だ。器用な彼の手が淀みなく動き、次々と美しい造形を作り上げていく。
「どうかしたかい?」
視線に気が付いた黒田が顔を上げる。
「いえ、何でもないです」
随分と気が楽だ。
これほど安心して働けるのは、何より雇い主である黒田の性格が大きく影響していると僕は思う。黒田は接客ができるわりに黙っていることが多く、必要以上に会話をしなかった。本人曰く、別に他人と話すことが得意なわけではないらしい。あれほどの会話力を持っているにも関わらず、だ。だから互いに無理には話さなくてもいいのだと彼は言う。
本来僕は人といるとき、黙っていると相手に悪いような気がして、つい話さなければと余計な事まで喋ってしまう。しかし、黒田相手にそれをする必要はなかった。不思議なことに、互いに黙っていることが全く苦にならないのだ。これは、綴にとって初めての経験だった。
そういう静かな、浮世離れした空間で、美しい花に囲まれながら黙々と手作業をするのは、案外自分の性に合っているのかもしれない。
もちろんまだ慣れないことばかりで苦労はしている。今まで花なんて殆ど触ったこともなかったし、何より花の管理が想像を遥かに上回る重労働だったのだ。当然と言えば当然だ。運ぶのは水、土、ブリキのバケツ。質量が指先と腕に凍みる。見栄を張って運んだ土をぶちまけたのは本当に申し訳なかった。自分の情けなさと不甲斐なさを呪い、半分泣きながら謝ったのは記憶に新しい。
しかし黒田は何か失敗しても、怒るどころか、嘲笑うことも呆れることもしなかった。ただ直すべき点を淡々と告げるだけで、全くこちらを責めることがない。数日前、それが返って不安になり、こう尋ねた。
「黒田さんは、何で怒らないんですか?」
「君はわざと物を落としたのかい?」
「…いえ」
「花を
「いえ」
「今までの失敗を反省していなかった?」
「反省してます。…とても」
「それなら、怒る理由がない。そうだろう?」
黒田の答えは相変わらず淡々としている。
「…僕の要領の悪さに、腹が立ったりしないんですか?」
「それも今まで誰かにそう言われてきたのかい?」
「…はい。作業が遅いとか、鈍くさいとか、気が利かないとか…。今まで何度も言われてきたので…実際そうなので反論の余地はないんですけど」
はは、と自分の口から乾いた笑いが漏れる。黒田が作業を止め、綴に笑いかけた。
「なんとなくそんな気がしたよ。結論から言っておくと、俺は怒らないよ。怒っても生産的ではないからね。初めてやったことで失敗するのは当然だし、そこを怒ったり哂ったりしたら人間は誰しもパフォーマンスが下がる。特に君の場合はね」
黒田は始終笑みを絶やさずそう言った。その様子を見て、少しだけ安心した。少なくとも、この空間で怒鳴られることはないのだと。
しょきしょきという花鋏の音。気ままにマダムが散歩する足音。静かな空間だ。
「これ、外に持っていってくれるかい」
「あ、はい。わかりました」
黒田に渡されたいくつかのポットを纏めて持上げる。重い。筋肉痛に追い討ちをかけられる。汗が滲む。手を滑らせてまた物を落とすことがないように、慎重に店の外へと荷物を運び出す。それを見守るように、マダムが後ろからついてきた。
「本当に…重いな」
黒田に指示された場所にポットを置いて、思わずそう呟いた。
「
「え?」
マダムが傍にきて、一言そう告げるとどこかへ飛び去ってしまう。彼女の言う方向を見ると、私道に車が止まっている。その中から一人の男性が下りてきた。金髪の、若い男性。その男性はこちらへ歩いてくると、綴の姿をじろじろと眺めた。初対面の人に向けるにはいささか無遠慮な視線だ。そしてその視線が注がれているのはやはり僕の髪と目。
「あの…お客さん、ですか?」
その居心地の悪い視線に耐えきれず、綴は口を開いた。するとその男は少し慌てたように片手で謝る仕草をした。
「ああスンマセン!見ない顔だったんでつい。バイトくん?」
「はい、ただのバイトです…最近雇ってもらったんです」
男性はへえ、と意味ありげに頷く。
「ところでさ、キミ本当にただのバイト?」
「はい?」
「その髪と目…どうにも普通じゃないと思うんだけど」
相手の瞳が鈍い光を放つ。思わず後ずさった。探りを入れるつもりなのか、男は目を合わせたまま一歩踏み出した。余計なことを喋ってはいけないような気がして綴は口をつぐむ。畳みかけるように男が口を開く。
「最近幹部が一人除名されたって聞いたからてっきり君が新しい幹部なのかなーって思ったんだけど─」
「好奇心猫を殺す」
一体いつの間に近づいてきていたのか、黒田が綴の背後から現れた。
「顧客の事情に首を突っ込むのは感心しないな」
「あ、黒田さん」
「げっ、いつの間に」
今度は男が慌てて後ずさった。それを見て、黒田が肩を竦める。珍しくも黒田は呆れているようだ。
「黒田さん、この方は…?」
「彼は客じゃないよ。所謂運び屋、という職を生業にしている人間だ。うちの花や蜂蜜なんかを運んでもらってる」
「そんなカンジっす。よろしくね」
「あ、深谷綴です。よろしくお願いします」
ペコ、と頭を下げた綴を見て、運び屋が噴き出した。
「なんつーか真面目な子っすね」
「ああ、君と違って寡黙で真面目だし、余計な詮索もしない」
「オレも仕事は真面目にやってますよ」
ひでーなぁ、と男は苦笑いをする。
「んじゃ、その仕事なんですけど、ちゃんと持ってきましたよ」
運び屋が車から順番に荷物を下ろす。その荷物とは主に花。そして割れ物と書かれた段ボール。黒田に指示され、一緒に店の中にその荷物を運び込む。
「ところで彼、ホントに幹部じゃないんです?」
運び屋は好奇心を抑えきれないのか、再び黒田にそう尋ねた。
「君はただ黙って俺の指示通りにものを運んでくれればいい。得意先で無駄口は叩かないほうが君のためだ」
黒田は特に表情を変えることなく物を運びながらそう告げた。
「そんなおっかないこと言わないでくださいよ。ただちょっと気になっただけじゃないすか」
「それが問題なんだよ。君も裏社会で生きるならそのお喋り癖はどうにかしたほうがいい」
「それじゃ運び屋は仕事になんねーっすよ。クライアントのことは色々知って仲良くなっとかないと。それに顧客の新規開拓もしなくちゃ」
にっと歯をみせて屈託のない笑顔で運び屋が笑う。裏社会という言葉とは釣り合わない無邪気さに拍子抜けする。どうやら出会い頭のあの態度も、ただの好奇心だったようだ。
「ま、今後ともよろしくお願いしますよ。深谷クンも何か訳アリなものを運びたければぜひオレまで。黒田さんにも秘密にしといてあげるよ」
そう言い残して、運び屋は軽快な足取りで自分の車へと戻っていった。
「こういう職業が実在するんですね…」
親し気に手を振る彼を見送って、綴はそう呟いた。
「結構儲かるらしいよ。訳有りな物を運びたい人間は山ほどいるからね。さて、追加の分も作業をお願いできるかな」
「分かりました」
しばらく別の作業があるから店番を頼む、と言い残して黒田は段ボールを抱え、二階の自室へと戻っていった。黒田が戻るまで、彼に教えられた通りにブーケを作る。だがなかなか彼のように上手くはいかない。
「こんにちはー」
「わ、いらっしゃいませ」
作業に没頭していた綴は慌てて手元の花を水に活けた。
やってきたのは十代の少女だ。学校帰りの女子高生だろうか、セーラー服を着ている。落ち着いた紺色に映える赤いリボンが目を惹く。規則が厳しいのか、束ねられた黒髪。華々しくはないが、可愛らしい出で立ちだ。そしてどこか上品で、令嬢のような雰囲気を漂わせている。
その少女は僕と目が合うなりその瞳を見開いた。
「だ、誰!?」
「え?えっと、ただのバイトです。深谷綴っていいます」
一先ず失礼のないようにと頭を下げる。
黒田が人を雇うのは相当珍しいことなのだろうか、人に会う度に驚かれている気がする。それにしても裏社会の人間が入ってきたかと思えば、こうして普通の客も来るのだから不思議な空間だ。
「深谷さん……あの、黒田さんはどこに?」
「あ、今ちょっと席を外してて。すぐに戻ってくると思います」
黒田がいないと客とどう話せばいいかわからず、とたんに身体が緊張する。我ながら挙動不審が過ぎる。
「あの、深谷さん、ひとつ聞いてもいいですか」
少しの沈黙のあと、少女がそう尋ねてきた。
「は、はい。僕に答えられることなら…」
「どうやって黒田さんに雇ってもらったんですか?」
少女の表情は真剣そのものだ。彼女はこの店で働きたいのだろうか。身を乗り出すような勢いに気圧されそうになるが、ここで働いている理由を彼女に打ち明けるわけにはいかない。
「まあ…なんというか成り行きで…」
そんな言葉でお茶を濁した。
「成り行きですか」
彼女が子犬のようにしゅん、と項垂れる。当然嘘をついているのだが、ここまでしょんぼりされると良心が痛む。
「ここで働きたいんですか?」
なんとなく、気になってそう聞いてみる。すると少女は再び真剣な表情になった。
「はい。花が好きで。ちょっとずつなんですけど勉強もしてるし、うちで花も育ててるんです。でも、ここで働きたいって言ったら黒田さんには断られちゃってて…どうしても、このお店で働きたかったんですけど…」
「そうだったんですか」
「綴、少し次の作業を手伝って欲しいんだけど─ああ、いらっしゃい」
背後の階段から、黒田が店へと戻ってきた。黒田の姿を目にした瞬間、少女の頬が赤く染まった。
「こ、こんにちは。また来ちゃいました」
この少女が、何故これほどこの店に拘るのかがやっと分かった。少女は、黒田に恋をしている。僕から見ても、それは明らかだった。てっきり花に対する熱意なのだと思っていたが、少女が熱を上げているのは黒田に対してだったようだ。
「今日は何をお探しかな」
黒田に話しかけられた途端に、先ほどまでのしっかりした言動はどこへやら、少女はおどおどと落ち着きがなくなる。
「いえ、あのっ、今日は渡したいものがあって…」
少女が恐る恐る差し出したのは白い花が敷き詰められた花冠だった。
「これは、プレゼント?」
「はい、黒田さんが作ってるのを真似して作ってみたんですけど…下手、ですよね」
「いや、よくできてるんじゃないかな。まだ幾分か結び方が甘いけれど」
せっかくだ、少し整えてあげよう。
そう言うと黒田は結び目を結わえなおし、先ほど花冠を作る時に使っていたスプレーを一吹きする。すると少しよれていた花が綺麗に外を向いて、立派な花冠になった。黒田はその愛らしい冠を、少女の頭へと乗せてやる。
「よく似合ってるよ」
少女は顔を真っ赤にしながら小さく、ありがとうございます、と呟いた。だが流石に照れくさいのか、少女はそれを手に取った。
「あれ、被っていなくていいのかい。似合っていたのに」
黒田が悪戯っぽく笑うと、尚のこと少女の頬が赤くなる。
「それは、流石に恥ずかしいですよ…花冠って、どうやって飾ったらいいですか?」
「玄関のドアに吊るしてリースにするといい。春らしくて素敵だと思うよ」
「黒田さんが言うなら、そうします」
黒田はその花冠をそっと袋に入れ、少女へと手渡した。
「あの、黒田さん」
「うん?」
「…なんでもない、です」
この場を形容するならば、甘酸っぱいという言葉がぴったりだ。なんというか、この場に僕は邪魔なのではないかと思う。綴は余計なことをしでかさないようにと、ただ黙ってその様子を見ていた。
「さあ、君はそろそろ帰る時間だろう。帰りに悪い人にひっかからないように気をつけるんだよ」
「大丈夫ですよ。あの、また来ます。深谷さんも、ありがとうございました」
「いえ、僕は何も。またお待ちしてます」
急にまた話しかけられ、綴は慌てて頭を下げた。
「ああそうだ、もし何か辛いことがあったら、いつでもここへおいで」
黒田がそう声をかけると、相変わらず顔を火照らせたまま、少女はこの上なく嬉しそうに笑う。
この少女は、もし黒田が自殺幇助をしていると知ったらどう思うのだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、健気な少女を送り出した。
「彼女は表のお客さんですよね」
少女が帰ってから、綴は黒田にそう尋ねた。
「そうだよ。結構な頻度で来てくれる常連の一人だ」
「彼女、ここで働きたかったって言ってました」
「ああ、その件は数か月前に断っていてね。それが別な人間が雇われていたから気になったんだろう。彼女を雇うつもりはないが…でももし彼女を雇う時がきたとしたら、それは君と同じように自殺未遂をした時だ。その場合においてのみ、俺は彼女を歓迎するよ」
黒田の言う通りだ。できることなら、彼女が思い悩み、ましてや自殺未遂などしてほしくはないと思う。あんな、健気に花冠を作ってきてくれるような少女だ。それを黒田がどう思っているのかは分からないけれど。
そういえば、彼女は黒田に贈るつもりであの花冠を持ってきたのに、結局持って帰らせてよかったのだろうか。あれだけ喜んでいたのだから、それでもいい気もするのだが。
「そういえば、彼女が持ってきた白い花って結局何だったんですか?」
「クローバーと言えば分かるかな。四つ葉を見つけると幸せになれるというあのクローバーの花だ」
「そうだったんですね…この花も、この間のカウスリップみたいな何か意味があるんですか?」
「もちろんだとも。誰かに花を贈るとき、人はそこに意味を持たせる。所謂、花言葉と呼ばれるものもその一つだ。この場合は多分、『私を思ってください』かな」
あれは多分、彼女なりの愛の告白だったのだ。僕が知らぬ間に、こんな高度なやりとりが行われていたことが驚きだ。平安時代の貴族の文通を彷彿とさせる。あの時代には実際にこういうやりとりが行われていたのだろうか。だとしたら、かなり繊細な感性と教養が必要だし、それによって人の内面を見ようとするのはある種有用な手段なのかもしれない。
「なんだか、面白いですね。そういうの」
「花に興味が出てきたなら図鑑でも貸そうか。沢山あるよ」
「いいんですか」
「もちろん。今後の業務にもきっと役立つだろうし、君は口頭で説明されるよりも文章を読んで咀嚼するほうが得意だろう?」
「…た、多分?」
「そこは自信を持ちなよ。事実、君は理解力が高いと俺は思うよ」
黒田が店の棚から本を取り出す。
「せっかくだ。クローバーのページを見せよう」
写真と絵つきの図録で、基本的なことが纏まっているようだ。黒田の手がぱっとお目当てのページを探り当てる。
クローバー。
説明を読んでいくと、本の間に、なにかが挟まっていることに気が付いた。
「黒田さん、これ…もしかして本物の四葉のクローバーですか」
「ああ、本当だ。押し花にしていたのをすっかり忘れていたよ」
白い紙をめくると、少し時間が経ったのだろうか、色は少し褪せているが愛らしいハート型の葉が4枚、綺麗に平たくなっている。それを黒田が指先で摘み上げた。
「君は四葉のクローバーがどうやって生まれるか知ってるかい」
「先天的な…突然変異みたいなものじゃないんですか?」
「それもある。遺伝子組み換えや交配でどうとでもなるからね。でも野生のクローバーは、葉が生える前の段階に偶然傷がつくことで、本来3つの葉が4つになるんだよ。人に踏まれたりなんかしてね」
その四つ葉を黒田が綴の目の前に掲げる。
「人知れず踏まれて傷ついて、形が変わってしまった葉が、幸福の証と呼ばれているんだよ」
「なんというか…皮肉ですね」
「だが真実でもある。幸せは誰かの犠牲によって成り立つものさ」
黒田が図鑑を閉じる。それを手渡され、ずしりと重みが手に伝わる。
「持って帰ってじっくり読むといい」
「ありがとうございます」
その日は少し、家に帰るのが楽しみになった。
自室へ帰り夕飯を済ませ、早速図鑑のページをめくれば、視界が開けるような感覚を味わった。鮮やかな花の写真も、植物の名前や分類も、僕の世界にはなかったものだ。彼と話していると、世界が反転するように、何もかも見え方が変わっていくような気がする。
夢中で読み耽り、気づけば残りのページは一枚だけになっていた。ふと時計を見やると、いつの間にか日付が変わろうとしている。マダムは随分前から寝始めた。そろそろ僕も寝よう、そう思ってその最後の紙を捲る。
「あれ?これって…」
いつの間に仕込まれたのか、あの四つ葉のクローバーが厚紙とともに栞になって挟まっている。裏側にはTrifoliumの文字。あの場にいたのは僕と彼だけで、当然、僕の仕業ではないのだから犯人は一人だ。
”誰かに花を贈るとき、人はそこに意味を持たせる”─
黒田の言葉通りなら、この栞にも何かしらの意味があるのかもしれない。だが、黒田から贈られたこの栞の意味を理解するのはまだ少し先になるだろう。今はまず、花の名前と種類を一致させ、管理方法をメインに頭に入れなければ。
彼が作ってくれたであろう栞を途中のページに挟む。すると途端に、今日一日分の疲れが眠気になって瞼にのしかかってくる。しかし、それは決して不快な感覚ではなかった。
─今日は、ちゃんと眠れそうだ。
優しい闇が視界を包む。綴は、そのまま意識を手放した。
****************
※注─『Trifolium』
トリフォリウム。クローバー。白詰草。花言葉は「約束」、「私を思ってください」。四つ葉の場合は「幸福」、「私のものになってください」。『幸福』や『富と豊穣』のシンボル。『復讐』を象徴する場合もあるが、根拠は不明。
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