第56話 和解は率直に

「僕は、君がいなくても大丈夫だと思っていた。生徒会を仕切ることができ、判断も下せた。それで僕は有頂天になっていた」


 意外な言葉を告げられて、天は驚いた。


「だが、今回の件。発端は三橋だったが、僕は彼の話をうのみにして、会長を疑った。そして、三橋を生徒会から独断で外し、その結果、君に要らぬ恨みを買わせてしまった」


 さらに斉藤は言う。


「結果的に会長は無事に快復できたが、事件を聞いた時は気が気ではなかった。だからこそ、僕は原因を突き止めた」


 斉藤と真正面から向きあう。


「申し訳ない、という言葉では足りないだろう。僕の失態だ」


 斉藤が、頭を下げた。


「さ、斉藤君、それは考えすぎだよ」

「いや、これは僕なりのケジメのつもりだ。君に謝らなければ、気が済まない」


 頭を下げられ、謝られる。それを見て、天が感じたのは優越感などではなかった。

 劣等感、でもない。ただ、申し訳ないと、斉藤が言うような気持ちになった。

 天の方も、斉藤を妬み、恨んでいた。海智留みちるのおかげで前向きになれたとはいえ、あの頃の感情を忘れてはいない。

 だったら、と天も自分の情けなさを伝えなければならない。


「俺だって、斉藤君に謝らなきゃいけないよ。勝手に嫉妬してたし、恨んでいたりもしたし……」


 天も、自分の気持ちを吐き出す。


「生徒会に顔を出さなかったのも、そのせいだ。俺は自分には何もできないって決めつけて、それで……」


 無能と呼ばれたことを、ただ悔しく思っていた。

 おそらく、あの澄ました女の子がいなければ、天は最後まで生徒会の仕事をしなかっただろう。

 いじけて、無能呼ばわりされたことを根に持って、高校生活を終えていただろう。


「俺も、自分勝手だった。だから、その、ごめん。俺も謝らないといけない」

「……そうか」


 天の言葉をどう受け取ったのか、斉藤は頭を上げ、右手を差し出してきた。


「え……?」

「僕も、君も、互いに謝罪した。なら、次にあるのは和解だろう?」


 斉藤の右手を見つめる。その意味は分かっている。

 天は、自分の右手を出し、斉藤と握手を交わした。


「これで、わだかまりはなしにしよう、会長。これからは、頼らせてもらう」

「それは、俺もだよ。っていうか、今まで頼りっぱなしだったんだ。少しは仕事をできるようになるよ」

「ならば、よろしく頼む。夏休みまでには、仕事を終わらせたい。お互い、夏休みにまで学校に来たくはないだろう?」

「そうだね」


 なんとなく、照れてしまう。今まで敵だと思っていた人に歩み寄られ、また、自分の胸中を吐き出して仲直りするなど生まれて初めてだ。

 斉藤の冷静な顔も、なんとなく頼もしくみえてくる。勝手だとは分かりながらも、天はうなずいた。


「今日はこれくらいで仕事を終わらせよう。君の体調も気になる」

「あ、それは大丈夫だよ。もうほとんど治ってるし」

「全身打撲だと聞いた。まだ通院が必要なんだろう? 無理はよくない」

「……そっか、じゃあ、もう帰ろうか」

「ああ。……ところで、会長の家は、商店街の方だったかな?」

「そうだよ」

「あの商店街には、良い喫茶店がある。少しばかり、時間を貰えないだろうか。君に勧めたいコーヒーがあるんだ」

「俺に? それは嬉しいな。じゃあ、俺は代わりに美味しいパン屋を紹介するよ」

「それは楽しみだ。では、早速行こうじゃないか」


 昨日の敵は今日の友、だという言葉があるが、天はそれを思いだして頭をかく。


 斉藤の勧めてくれたコーヒーは美味かった。天の勧めたパンも喜んでもらえた。

 今までに得たことのない友を得て、天は正直に嬉しいと思った。

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