第46話 騒がしい朝

 週も半ばを過ぎた木曜日。朝、校門で出迎えてくれた真波は、暗い表情をしていた。


「おはようございます、天センパイ」

「おはよう、真波ちゃん」


 昨日のようなことがあったのだから、当然か。真波は、あのような嫌がらせを受けたことはないだろう。


「真波ちゃん、大丈夫?」

「アタシは大丈夫っすけど、天センパイは……」

「俺も大丈夫だよ。心配しないで」

「ホントっすか……?」

「うん」


 天は、思いのほか明るい声を出せる自分に、少し驚いた。

 昨晩の、海智留みちるのおかげだろう。思い返すと恥ずかしいが、天を包んでくれた温かさは、傷ついた心を癒してくれた。

 万全とは言えない。ただ、今までのように、諦めて終わるような気持ちはなかった。


「今日と明日で終わるように頑張ろう。ほら、週末には、用事もあるし」

「え……? あ! そ、そうでしたね」


 真波は、暗かった顔を一気に赤くした。


「忘れてた?」

「いえっ、そんなことは! ただ、勢いで約束しちゃったから、天センパイが気にしてくれてるとは、思わなくて……」

「きちんと覚えてるよ。映画、何に行くか決まった? 全部任せちゃったけど」

「は、はい! なんか、とんでもなく怖いのがあるとかで。それを観たいなあって」

「そっか。じゃあ、なおさら仕事を終わらせないとね」

「そ、そっすね!」


 昇降口で別れ、天は自分のクラスへ。


「……」


 教室に入ると、どよめきが天を出迎えた。なんだろう、と思うと、自分の席に誰かがいた。

 一人ではない。座っているのが一人、そして、何やら騒いでいるのが一人。

 騒いでいる方は背を向けているので顔が分からない。が、座っている方には見覚えがある。


海智留みちるさん……?」


 騒ぎを、我関せずとばかりに、澄んだ表情で聞き流している。

 天が海智留みちるを見ると同時に、あちらも天を見つけてくれた。

 席を立ち、ペコリと一礼される。


「おはようございます、天さん」

「お、おはよう。どうしたの、海智留みちるさん、俺の席で……」

「お顔が見たかったので、確実に会える場所にいました」

「そ、そうなんだ」


 それで、と騒いでいる方を見た。


「ああ!?」


 明らかに不機嫌、そして、敵意がある。クラス章には二年生の文字があり、顔を見れば、天はすぐさま思いだした。


「三橋……」


 元・生徒会書記、三橋みつはし裕太ゆうただった。


「チッ!」


 これ見よがしに舌打ちして、三橋が教室を出て行く。

 何があったとは、聞くまでもなさそうだ。


「大丈夫、海智留みちるさん? 何もされてない?」

「はい、物理的には指一本触れられていません」

「でも、うるさかったのは……?」


 遠くからだったが、そこをどけ、だの、邪魔だ、だのと聞こえていた。


「おそらく、天さんに幼稚な嫌がらせでもしたかったのでしょう。私がいたので何もできなかったようです」

「ってことは、海智留みちるさんが、守ってくれてたの?」

「守る、という程ではありません。私は座っていただけなので」


 海智留みちるは涼しげに言うが、天の机が無事だったのは、間違くなく、


「ありがとう、海智留みちるさん」


 真正面から、礼を言う。すると海智留みちるは、


「いえ、お礼を言われるほどではありません」


 そう言いながら、少しばかり頬を赤く染めた。そして、


「元気、出してくれましたか?」

「うん、出たよ。今日も放課後に仕事する予定」

「では、お昼くらいはご一緒させてくださいね。浜田さんに取られっぱなしというのは、少し悔しいので」

「じゃあ、お昼に」

「はい。では」


 小さく微笑まれ、天もいつの間にか、口元を緩めていた。

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