第33話 明暗の顔

 朝の校門で出迎えてくれたのは、正反対の表情をした海智留みちると真波だった。

 一方は微笑みで、もう一方は不機嫌顔で。話しかけるのをためらう状況だった。


「おはようございます、天さん」

「……はよーっす、天センパイ」

「おはよう……」


 何があったの、とは聞くまでもあるまい。


「天さん、お借りした本、半分ほど読めました。期待通りに楽しい本です」

「それならよかったよ」

「……こいつ、天センパイんちに行ったんですね」

「ああ、うん」


 かなり強引だったが、と言うのは野暮か。

 海智留みちると真波の寒暖差が天を中央にして激しくぶつかり合っている。おそらく、この場を収められる言葉を、天は持ち合わせていないだろう。


「今週はアタシの番ですからね。アタシも、センパイんちまで行きますから」

「え? それは……」

「いいっすよね?」

「……あっはい」


 海智留みちるよりもわかりやすく、強烈なプレッシャーである。

 また両親が暴走しないといいのだが。天の家に女性が招かれるなど、奇跡に近かったのだ。


「浜田さん、天さんのお部屋の掃除は終わっているので、そこは安心してください」

「安心するかっ! お前、余計なことしてないだろうな?」

「大丈夫です。多少、天さんの好みを知ることができましたが」

「好み……?」

「はい。本棚の奥に……」


 さすがにそれ以上は言われたくない。勘弁して欲しい。


「あー、えっと、真波ちゃんは何か見たい映画とか、ある?」


 我ながら強引だと思いつつも、話題を振ってみる。


「アタシっすか? ……そうですね、ホラーとか好きです」

「ホラー? 意外だなあ」

「そうですか? 結構面白いじゃないですか、笑えて」

「……ホラー映画で笑うの?」

「だって、そんなことあるわけないだろ! って部分が多くて笑えます」


 それは変わった楽しみ方だ。映画製作者が聞いたら、さぞ困るだろう。


「天センパイはホラーダメですか?」

「ううん。俺は平気な方」


 さすがに、笑ったりはしないが。驚く部分では、素直に驚く。


「じゃあ、映画はアタシが決めときますね!」

「うん、お願いするよ」


 そんな話をしているうちに、昇降口までの短い道のりは終わる。


「それでは、またお昼に」

「天センパイ、またあとで」

「じゃあね、二人共」


 いつもなら憂うつな一週間の始まりも、この二人のおかげであまり苦痛にならなかった。

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