1 夢の家の終わり
第4話 激突! アーダル対レクサ
野掛けに出ていたリアナと一行は、飛竜を駆り、あわてて城へと戻った。岩山に張りついたカサガイのような城の上空に、黒い雲が渦を巻いているのが不吉に見えた。
城のすぐ手前まで来ると、前を飛ぶハダルクの飛竜が
そこはすでに、黒竜たちの
その後を追うように、リアナとフィルも飛び降りた。かれらの背後では、旋回した飛竜が発着場へと向かうのが見えるはずだ。リアナが竜術で調整しなくても、背後のフィルは彼女の作った空気の流れが見えているかのように、なんなく着地した。他の竜騎手や随身たちもあとに続く。
入った瞬間、リアナは異変に気づいた。
地鳴りのような音に、奥からは低くとどろく
(いったい、何が起こってるの?)
走っていくリアナは気が
フィルがすぐに彼女を追いこし、剣を抜ける位置に手をやったまま奥へ走っていった。その張りつめた空気には、年下の妻に甘える男の面影はない。いまのフィルは文字どおり、
〔リアナ! 来てはダメよ!〕
りんりんと鳴る鈴のような声が、〈呼ばい〉をつうじて伝わってきた。通路からは、まだ声の主は見えない。
本来なら、
目には見えない、巨大で超自然的な力のぶつかり合いだ。
〔グウィナ!〕
リアナは、信頼する義理の叔母を呼んだ。
〔何が起こっているの?! アーダルは!? デイミオンは――〕
〔すべての兵士はリアナ陛下のもとへ!〕
グウィナはリアナに答えなかった。その余裕がないとでもいうように、ふだんの優雅さをかなぐり捨てて、強い命令の〈呼ばい〉をはなった。〔竜騎手たちはわがもとへ来い!〕
〔はい閣下!〕
〔アーダル号は私がおさえる。おまえたちは援護をしろ!〕
その号令は、とてもグウィナのものとは思えないほど大きく、力強かった。これほど緊迫した場面でなければ、「デイミオンに似ている」と思っただろう。夫デイミオンは即位の前、グウィナと同じく竜騎手団を率いていたことがある。
通路から、アーダルとデイミオンが眠っていたはずの中央竜舎へとついに出た。リアナは息を整えるために一度、立ちどまらなくてはならなかった。目の前がさっと開け、巨大な竜が棲まうための巨大なホールが出現する。そこは、今朝リアナが見た光景とはまったく違っていた。
それは黒竜同士のはげしい争いの真っ最中だった。小山とみまごうほどの巨大な身体の、肉と肉とをぶつけあう竜たちの衝撃音は、まるで地割れのようだ。アーダルとレクサ、群れの中の一番雄と二番雄とが争っていた。たがいにたがいの首を噛み、おさえつけようと暴れまわっている。レクサがたたらを踏むと、その衝撃が地面を通じてリアナたちにまでつたわってきた。
「レクサ!」思わず、といったように、ハダルクが口話で叫んだ。「アーダルと離しておいたはずなのに」
「おそらく、ルクソル号を攻撃しようとしたのでしょう」
リアナの随身で、竜騎手団のひとり、ロレントゥスが言った。
「ルクソルは雌だぞ」
ハダルクはそう言ったものの、みずからの目で確かめたようだった。
グウィナ卿の黒竜ルクソルは、
「信じられない」ハダルクはリアナに向かって説明した。
「雄竜が戦うのは、繁殖期、メスを争うときだけです。だからあの二柱を離しておけば安全と思ったのですが……ルクソルを襲うとは」
おそらくはそれが、
「アーダルは覚醒したばかりよ。まだ混乱してるのかも」
リアナはそう言いながら、黒びかりするアーダルの身体に目をこらした。「デイは……デイミオンはどこなの」
オンブリアの王は、自身の竜を見下ろす場所に直立し浮いていた。眠りに
「デイミオン!」
リアナの呼びかけに、黒竜王は
「デイ、しっかりして! わたしはここよ!」
デイミオンの首がわずかに動き、金色の瞳が妻のほうに向けられた――かに思われた。だがそれは間違いだった。
黒竜王はアーダルと同じ方向を、つまり自分を攻撃しようとしているグウィナを見ていた。リアナはその意味することに気づいた。「グウィナ、よけて!!」
空気が揺らめいて炎が出現し、赤毛の女性に向かって吹きつけられた。
「グウィナ卿!」
リアナは叫んだ。夫たちにとっては、グウィナは疎遠な実母以上に大切な叔母である。「ハダルク、援護しなくていいの!?」
「しています」
ハダルクは律儀に答えた。胸ポケットから術具らしきものを取りだし、口に放りこむ。青い目が明るいグリーンをおびて輝き、竜術が作動したことがわかった。ライダーたちは、特殊な術具を使うことで自分の竜種以外の力を使うこともできる。この場合は、肉体を強化する青の竜術と思われた。
炎を吹きかけられそうになったグウィナは、ルクソルの頭上から跳びあがってアーダルの肩に着地した。だが手と膝をついた瞬間、黒竜が大きく身体をよじって彼女を弾き飛ばした。振り落とされたのは、おそらく、狙ったよりも低い位置に着地してしまったためと思われた。
直前まで使用していた竜術の効果もあって、グウィナの身体はボールのようにかるがると宙に放り出された。見事な赤毛が目に焼きつく。
「グウィナ!」
リアナは思わず駆けだそうとして、ロレントゥスに抑えられた。ハダルクの動きはすばやかった。助走もなく跳びあがり、二階の回廊の手すり――彼女の着地点と予測される場所――で腕をかまえた。腰をしっかりと落とし、吹き飛ばされてきた彼女をキャッチ!
まるでヴァーディゴで
無事に妻を受けとめたかに見えたが、ハダルクの動きはそれだけではなかった。なんと、彼女を抱えたまま手すりの上でぐるぐると回転しだしたのだ。四、五回も回ったところで、戦斧でも投げるように、勢いよく彼女の身体を放り出した。
「な、何やってるの!!?」
熟練の竜騎手がついにおかしくなったのかと思ったのもつかの間。弾き飛ばされたアーダルに向かってふたたび放り投げられたグウィナは、なんと空中で回転しながら体勢を立て直し――そして――抜刀しながら、着地! 今度は、剣がアーダルの肩に刺さった。
「なんてことなの……」
安堵よりも驚きのほうが大きかった。この優雅な叔母がかつて、〈黒竜将軍〉と呼ばれていたことは知っていたが、それにしても復帰直後とは思えないおそろしい身体さばきだった。それを受けとめるハダルクのほうも手慣れている。一度や二度の連携で、ああはできるまい。
「卿は昔、最初の団勤めのころ、私のことを『発射台』と呼んでおられましたよ」
案の定、グウィナのあとを追って二階から着地したハダルクは、移動の途中でそう言った。
「あきれたわ、わたし以上の無鉄砲じゃないの」
リアナのその言葉を、ハダルクはもう聞いていないだろう。こちらも肉体強化でおそろしくすばやく動き、グウィナの援護にまわっていた。
「どうやら、〈
ロレントゥスが当てこすったが、そのフィルは剣をおさめることなく、警戒したままだった。
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