ひとり

@takuo1233

第1話

 鳴るような静けさの中で俺はただ虚空を見つめていた。空の空、全ては空。ある種のニヒリズムが心を覆っていた。なぜこんなことになったのか。先刻の自分の思考回路、行動が全くもって理解できない。一瞬の間に理解できなくなってしまうほどの思考の目まぐるしいまでの転回、このような不条理を俺は憎んだ。


 誓いは破られ、俺は玩具に手を伸ばしていた。賽は投げられた。もう後戻りはできない。できた試しがない。未だ見ぬ隠された財宝を求めて、目も眩むほど紺碧の大海原へ出立する。知的好奇心の殻を被った劣情はとどまる所を知らず、俺を未知なる冒険へと駆り立てた。幾多の荒波を乗り越え、凪を忍び、ようやくたどり着いた、そこは楽園、見目麗しい宝石のような海、その豊潤な果実を食らい、美しい歌声に心は蕩けた。小高い丘の頂きから見る、紅く燃えるような夕焼けは、死を連想させるほど妖しく、艶やかに輝いていた。これ以上ないほどの至福の時。


 刹那、世界は反転する。一瞬の驚きと共に、ありとあらゆる物への呪詛が頭を巡る。予感は当たったのだ。死に至る病とはこれ即ち絶望である。もう時間は戻らない。突如身に迫る絶望に心は悲鳴を上げている。どうかこんな僕を厳重に罰してくれと枕に向かって叫んでいる。


 不意に襲い来る絶望も、時とともに、波が引くようにすっと和らぎ、息つく暇が与えられる。


 ふと我に返るとそこには、ただ虚空を見つめる俺が、ひとり座っていた。

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