サイコソーダをもう一度

古新野 ま~ち

第1話

サイコソーダ ……体力を60回復する。ひんし状態のポケモンには無効。



鶴橋駅は灼熱だが午後には猛烈な雨が降るという。気圧が下がると耳の奥がぼんやりして、気がつけば頭が痛くなっている。暑いとサイダーを飲みたくなるのは、たぶん、昔にやったポケモンのせいだ。ゲームのなかで美味しそうにのんでいたはずだ。

JRの環状線を降りると服屋や宝くじや薬局がひしめきあっている。もっとも、こちら側も信号の向こうも食い物屋ばかりである。

もうすぐだから、と僕と同じ顔の薫が背中を押した。

頭上で電車の駆動音が鳴りやまない。あれほどの人をのせて、天王寺か京橋や梅田に向かうと思えば、大阪の狭さを感じさせる。

父親はキムチ臭いなどと小バカにしていたが、何も変わらない。しいていえば、駅のホームで炭火焼き肉の煙を見かけくらいだ。それ以外は、同じ空のしたでのことだ。

お社を抱えた公園のさらに奥だと聞いている。6月は黴の生える季節だから、樹木は薄緑の苔に覆われはじめている。根本にまっ白でかさの大きな茸が生えている。平日の昼間、子供の姿なんてどこにもなかった。人通りはまばらである。みんな駅周辺にしか用がないらしい。


古書店に座敷わらしが現れたと聞いた。岩手県の旅館にしかいないと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

「それがどうしたんだ」

「お前らで捕まえてこい」

――私、興味、ない

「俺も興味ないけど」

「お前の意思なんかどうでもいい。座敷わらしと帰ってくるか死ぬのがいいか」

「自分で行ってこいや」

俺は、鼻っ柱を殴られて倒された。それでも父親は殴り続けた。ずっと黙っている薫に手をあげたことはないのに。

「俺が行ったら、あの辺の連中ぜんぶコレや」

親指を立てそれを首にあてるとクイッと動かした。「鶴橋の皆さん」から始まる不気味な演説の声を思い出した。

座敷わらしは、住んだ家に富を与える。つまり、俺たちの家に住めば、俺たちは金持ちになる。

親父は馬鹿なので、自分の家ではなく、この日本全土が座敷わらしの住み家だというふうにしようと考えている。彼なりの日本再興とのことだ。

「オカルトに頼るなや」

どくどくと流れる鼻血を袖で拭った。

「薫みたいな奴がいんねやから、別にええやろ」

俺たちに拒否権なんてなかった。

例え話をしようか。凄まじいほどの人数を魂だけの存在にした怪物がいる。その怪物は、普通ならどういうものを想像するだろうか。芸術ならば、恐怖や畏敬をサイズで表現する。核の恐怖がゴジラを産んだように。ところが、この魂を奪ってなお、この国にずっと居座っている存在は、俺たちと変わらない背丈のはずだ。これを読んでる君らとも、あまり違いのないはずだ。だから、親父の狂いかたを理解したことがない。

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