Cómo Usar El Grimorio ~魔導書の使い方~
平中なごん
Ⅰ 若者の悩み
聖暦1580年代末。
大海の遥か向こうに新たな大陸〝新天地〟を発見し、世界最大の海洋覇権国家となったエルドラニア帝国(本国)の王都・マジョリアーナ……。
雄大なサマンサナース川の袂、幾筋もの運河を網の目のように巡らし、その中央には壮麗な王宮を抱く水の都の片隅で、ボルゴンゾーラ伯の屋敷を訪れた若きエミリオ・デ・ベロニカは、悪友ダミア・デ・ボルゴンゾーラにお悩み相談をしていた。
彼ら年若い貴公子達の悩みといえば他でもない……恋の悩みについてである。
「――ククク…なるほど。それで、アマリア・デ・アルパに我が帝国の誇る無敵艦隊よろしく、完膚なきまでに撃沈させられたってわけだ」
必死に笑いを堪え、整った目鼻立ちながらもどこかチャラい感じのする顔を品悪く歪めて、当家の三男・ダミアはエミリオに聞き返す。
「やな言い方だな……でも、そのとおりさ。僕なんか虫けら同然とでもいうように、ツンと澄ました顔で無視されたよ。けど、そのツンとした感じもまた堪らないんだよなあ……」
一方、こちらはまさに貴族のお坊ちゃま然りとした、世間知らず感満載の甘いマスクに不機嫌そうな表情を浮かべた後、やはり伯爵家の子息であるエミリオは美しい想い人の姿を幻視してうっとりする。
「んじゃあ、これにめげず、また彼女にリベンジするのか?」
「ハァ…そうしたいところではあるけど、まあ、何度挑んでも勝算はゼロだろうなあ。なんせ、あっちはアルパカ…もとい、アルパ公爵の愛娘な上に社交界一と謳われる絶世の美人だ。王族か有力貴族ならまだしも、僕みたいな辺境伯の三男坊じゃ
だが、続く悪友の問いかけに、エミリオは不意に現実へ引き戻されると、深い溜息を吐いて我が身の境遇を嘆く。
「なんだ、する前からもう諦めモードか? ま、うちも伯爵とはいえ、領地は王都よりも我らが宿敵フランクル王国の方が近い片田舎の弱小貴族だ。それも継承権の低い部屋住みの三男坊。おまえの気持ちはわかんでもない……
すると、同じような肩身の狭い境遇にあり、それゆえに親しい友となったダミアの方も、いつになく淋しげな色をそのハシバミ色の瞳に浮かべて言うのだったが……。
「そうだ! そんな非力な俺達の夢もかなえてくれる、まさにぴったりないいものがある。ここじゃなんだ……ちょっと来い!」
突然、何かを思い出したかのようにそう告げると声をひそめてエミリオを誘い、使用人達の眼のある談話室から自身の部屋へと向かった。
「なんなんだよ? いきなり」
藪から棒に二階の自室へと連れて来られたエミリオは、訝しげな皺を眉間に寄せ、なにやらニヤニヤと悪どい笑みを浮かべた友人に訪ねる。
「いや、ちょっと
その悪友は部屋へ入るなりドアの鍵を厳重に閉め、その逆に厳重な鍵のかかった机の引き出しを開けると、中から一冊の本を取り出して見せた。
それほど分厚くはないが、黒い革表紙で装丁された、それなりに立派に見える書籍だ。
「…………そ、そろ…ソロモン王の鍵?」
手に取ってその表に書かれた文字をエミリオが見ると、そんな見知らぬ題名が金色の絵の具で記されていた。
「そのとおり。その筋じゃ超有名な、基本中の基本が書かれてる
聞き慣れぬ本の名にエミリオが小首を傾げると、どこか自慢するような口振りでダミアはそう説明する。
「魔導書ぉ!? そ、それってつまり、禁書ってことじゃないか! そんなもん持ってて大丈夫なのか? …ってか、なんでそんなもん、おまえが持ってんだよ!?」
今、自分の手の中にあるそれがそのような代物である知ると、まるで爆薬でも持っているような心持ちになって、エミリオは驚きの声を思わず上げる。
当時、エルドラニアを含むエウロパ世界において、そうした強大な力を誰しもが手にすることのできるこの魔導書は、各国の王権と宗教的権威・プロフェシア教会の預言皇庁によって、許可を得た者以外、その使用はおろか所持することすら硬く禁じられていた。
その行いは既存の権力や支配体制を揺るがしかねないものであり、
エミリオが大きく目を見開いて驚き、激しく動揺したのもごく自然な反応である。
「なあに、表向きは禁書でも、裏じゃみんな、こっそり隠して使ってるものさ。〝
だが、その罪に怯えるエミリオに対し、ダミアはさも当たり前のようにそれを手に入れた経緯について語って聞かせる。
「い、いや……聞いたことないけど……」
「新天地(※新大陸)じゃけっこう名の知れた海賊で、
「……も、もしかして、アマリアを振り向かせるのにそれを使おうっていう話?」
ひどく驚きはしたものの、賢いエミリオは悪友がそれを見せた意図をすぐに理解し、それでも一応、確認するように尋ねる。
「もしかしなくてもそういう話さ。なにせ、戦の勝ち負けや時の権力者の盛衰も左右しちまうっていう魔導書だ。そんな悪魔の力を使えば、お高くとまった公爵令嬢だってイチコロだぜ」
「で、でも、危険じゃないのかな? 本当に悪魔を呼び出すんだろ? もし襲われたりなんかしたら……」
やはり、訊くまでもなくそのつもりだったらしく、まるで自分の著書の如く自慢げに嘯くダミアであるが、エミリオは当然、その提案に乗ることを躊躇する。
「だいじょぶだって。そのための魔導書だろ? ここに書いてある通りにやれば、ぜんぜん安全さ。どんなに恐ろしい悪魔だって、おとなしくこっちの言うこと聞くって寸歩だ。儀式で使う道具一式もセットで付いてきたし、そんな怖がる必要なんかないって」
初めて目にする魔導書を前に、そうして恐れと躊躇いを見せるエミリオに対して、ダミアはまるで他人事のように根拠なき自信を持って教え諭す。
「自分で試してみるつもりだったけど、まずはおまえに貸してやるよ。使ってみた感じを参考に聞きたいしな。いいか? 今、おまえの手の中にはなんでも願いの敵う魔法の道具があるんだぞ? それなのになにか? おまえは悪魔怖さにそれを使わず、愛しい女を諦めるっていうのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……で、でもやっぱり、教会の禁を破るってのは……」
「教会がなんだ。おまえは恋の成就よりも教会のありがたい教えをとるのか? おまえのアマリア嬢に対する愛はその程度のものだったのか? だったら恋愛なんかやめて、頭丸めて修道僧にでもなっちまえ!」
それでもなおグズグズ言って優等生ぶるお坊ちゃまに、悪友はこれでもかとたたみかける。
「わかったよ! そこまで言われちゃ仕方がない。悪魔だろうが教会だろうがかまうもんか! 僕のアマリアへの愛がどれだけ真剣かってことを見せてやろうじゃないか!」
まるで詐欺師か何かのようにうまいこと炊きつけるダミアの挑発に、用心深く、あまり冒険することは好まないエミリオもまんまと乗せられてしまった。
「よーし! よく言った! それでこそ、勇猛で知られたベロニカ辺境伯の御子息さまだ。これでもう、あの牝鹿もおまえが射止めたもの同然だぜ。んじゃあ、そいつを
勢い、大きく出てしまったエミリオの肩を上機嫌に叩くと、最早、願いはかなったとばかりに、悪友は酒宴に誘った――。
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