第127話 悪魔の取引
魔物のような姿に変貌したマスクナは、夜光達に牙を向く。
応戦するアスト達であったが、あらゆる攻撃を無力化する体と酸のような血液を噴射するマスクナ相手に、防戦一方であった。
一方のキルカは、憎き父親であるいジルマと叔母であるルコールに復讐しようとしていた。
憎しみを絶つために自らの命を差し出す2人。
そこへ、マスクナが噴射した血液がキルカに襲い掛かった。
「キルカァァァ!!」
ジルマはキルカに向かって無意識に走り出した。
血液が襲い掛かってきていることに気付いていないキルカにとっては、命が惜しくなったジルマが自分を襲おうとしているようにしか見えなかった。
「貴様!!」
マイコミメンバーに手を掛けようとするキルカだったが、その前にジルマが力の限り突き飛ばした。
抱きかかえて避けることも考えたが、憎い相手に抱きしめられるのは、キルカにとっては屈辱だろうと無意識に悟り、突き飛ばすと言う選択を選んだ。
「くっ!」
突き飛ばされたキルカは勢いよく倒れたものの、血液を避けることができたのでケガはなかった。
だが、その分の代償は大きかった。
「あああぁぁぁ!!!」
キルカを突き飛ばしたジルマは、マスクナの血液をギリギリで避けきれず、左腕を溶断されてしまった。
飛ばされた左腕は、血液でできた水たまりに落ちてしまったため、溶けてしまったが、左腕に付けていたシャドーブレスレットだけは、傷1つなく残っていた。
想像を絶する激痛に耐えきらず、ジルマはその場で左腕を抑えて倒れてしまった。
「ジルマ!!」
ルコールはジルマに駆け寄り、溶断された左腕を確認する。
彼の腕は肘と手首の中間あたりから斬り落とされており、幸いというべきか、傷口は血液で溶かされたため、出血はなく痛みもなかった。
腕には文字通り身を焼くほどの熱さが残っていたが、ルコールがとっさに冷たい土を腕にかぶせたため、徐々に熱は冷めて行った。
「・・・」
キルカは驚きのあまり目を見開いた。
自分と母親を裏切り、叔母を愛した父親が、自らの腕を犠牲にして助けてくれた。
状況が飲み込めず混乱するキルカだったが、彼女の中のジルマへの憎しみが、強引に口を開かせた。
「つ・・・罪滅ぼしのつもりか!? 我を母を裏切ったことへの贖罪だとても言いたいのか!?
そうまでした自らが犯した罪から逃げたいか!? この卑怯者!!」
これにはキルカ自身も驚いた。
命を助けてくれた父親に向かって平然と暴言を吐ける自分に対し、嫌悪感すら抱いていた。
それに対し、ジルマは何も言わず、ただキルカが無事であったことを目視で確認し、安堵の表情を浮かべるほどだった。
「フフフ・・・ひどい娘ですね。 自分の命を”2度も”助けてくれた父親に向かって」
マスクナはアスト達を一時無視し、キルカの方に目を向けた。
だが彼女が何気なく口にした言葉を、キルカは聞き逃さなかった。
「2度だと? どういうことだ!? 我がいつ、この男に救われたと言うのだ!?」
キルカはマスクナを睨みつけて、その言葉の真意を問う。
「アハハハ!! あなた、な~んにも知らないのですね・・・あなたの父親は・・・」
マスクナが口を開こうとした時、ルコールは「やめて!!」と遮ろうとしたが無駄だった。
そして、マスクナの口から、”あの日”の真実が語られ始めた。
キルカがジルマとルコールの密会現場を目撃した日の夜。
彼女が2人が相思相愛の関係だと感づき、部屋に戻った後、ジルマとルコールはその足でアールの部屋へと訪れた。
老辛症による精神的ショックで自室に引きこもった彼女は、家族に顔も見せず、会話すらしなくなった。
食事も毎日ドアの前に運んでいるが、ほとんど手をつけていない。
強引に部屋から出すことも考えたが、キルカが「母上が嫌がることはしたくない」と反対したため、自発的に外に出るのを待つことにしていた。
「アール、入るぞ」
ダークエルフは同胞に対する信頼が厚いため、人間のように鍵を付ける習慣はないおかげで、ドアはなんなく開いた。
部屋に入った2人の目に最初に映ったのは、土器のような器と乳鉢のような棒で薬を調合しているアールの姿であった。
彼女は元々様々な薬で同胞達のケガや病気を治してきた薬剤師のような存在。
なので調合自体は別におかしくはない。
ただ、アールの顔は狂気じみた笑みが浮かびあがり、ジルマとルコールが入ってきたことにも気づかず、一心不乱に調合を続けていた。
「アール!!」
ジルマは近くで眠っているキルカに配慮したギリギリの声で目の前にいる妻の名を呼ぶ。
ところが、彼女はそれにすら気づかず、取りつかれたかのように薬をかき混ぜる。
その姿はさしずめ、おとぎ話に出てくる悪い魔女と言ったような風貌であった。
「姉さん! やめて!」
姉の変貌に耐えきれなくなったルコールが、彼女から棒を奪い取り、強引に調合を中断させた。
「何すんのよ!!」
ようやくジルマ達に目を向けたアールであったが、その目には明確な殺意が芽生えていた。
ルコールは思わず言葉を失うが、ジルマは勇気を持って言葉をひねり出した。
「アール。 もうやめよう」
「は? なんの話 それよりも、それ返してよ!」
穏やかな口調であった頃から一変、まるでグレた女学生のような口調で、棒の返却を申し出るアール。
「アール。 僕達は知っているんだ。 君が”何をしているのか”を」
アールが老辛症と診断されてからしばらく経ち、彼女の体は少しずつ老化現象に蝕まれていった。
当初、大して目立たない小さなシミやシワであったが、年々それは大きくなり、数も増えていった。
化粧品のような美容グッズが存在しないダークエルフにとっては、隠すことすらできない悪魔の傷であった。
全てに絶望し、家にいることが多くなったアール。
死を望むこともあったが、死への恐怖がそれを許さなかった。
生きることも死ぬこともつらい彼女の心は崩壊していった。
そんなある日、彼女は森の外である男性とコンタクトを取った。
それは、森の周囲にはびこる異種族ハンターであった。
彼らはダークエルフの臓器を狙っていた。
エルフやダークエルフのように人間に近い異種族の臓器は、臓器移植の際の重要なストックになるため、闇市場で莫大な金に化けるのだ。
特に、この森のダークエルフ達は毒に耐性のある強い体の持ち主であるため、価格はさらに跳ね上がるだろう。
だが、森にただよう毒は強力であるため、人間である彼らが近づけば数秒で命を落とす。
それでも莫大な利益のために抜け道を探す彼らに、彼女はある取引を持ち掛けた。
「あなた達、ダークエルフの臓器がほしいのでしょう? もしも私の欲している物を提供してくれるなら、私がダークエルフ達を森から引き釣り出してあげるわ」
「ほう・・・そいつは嬉しい取引だな・・・それで、あんたのほしいものってなんだ?」
異種族ハンターの男はいやらしい笑みを浮かべて取引に乗ってきた。
目の前にのどから手が出るほど欲しいダークエルフがいるのだから、それは当然とも言える。
だがアールは恐怖することなく続ける。
「・・・私は今、老辛症という病気にかかっているわ。 そのせいでどんどん老けていって、最後には醜い老婆になってしまう・・・だから私は、この病気の治療法が知りたい!」
アールは同胞達の命と引き換えに、自分達を狙う人間から老辛症の治療法を聞き出そうとしていた。
人間の医学はダークエルフより進歩していると耳にしていたので、彼女はそれに賭けたのだ。
異種族ハンターにとっては、願ってもいないチャンスだった。
「・・・わかった。 2週間後の夜、ここに若いダークエルフと連れて来い。
俺も治療法について情報を集めよう」
異種族ハンターはそれだけ言うと、その場を静かに去って行った。
アールを捕えて臓器を売ることもできたが、急激に老化する彼女よりも若いダークエルフの方が価値は高い。
彼にとって、これは博打のような取引であった。
「若いダークエルフか・・・」
アールもダークエルフとしてはまだ若い部類だ。
それが人間の男にすら若いを認識されていない事実に、彼女の若さを取り戻したいと言う欲望がさらなる熱を持った。
「(姉さん・・・どうして・・・)」
少し離れた茂みの中でアールの様子を見ていたのは、薬草採取で偶然居合わせたルコールであった。
彼女は姉の恐ろしい取引を信じることができず、その場で追及することができなかった。
だが1週間が経った後も、ルコールはアールを追及することができず、1人悩んだ末、ジルマに相談を持ち掛けた。
最初こそ何かの見間違いではないかとルコールをなだめようとするが、彼女の真剣な目を見て、誤解しているだけとは思えなくなり、ルコールと共にアールと異種族ハンターの取引現場を取り押さえることにした。
無論、アールのことは信頼していたため、あくまでアールの無実を証明するための行動であった。
そして、取引の日の夜……。
アールが異種族ハンターと約束した場所に来たジルマとルコールは大きな茂みに身を隠して様子を伺った。
待つこと20分、異種族ハンターの男が現れた。
手には1冊の本が握られており、後ろには仲間らしき男達が待機していた。
そこへすぐ、アールが男の前に現れた。
「本当に来るとはな。 自分で乗った取引とはいえ驚いた」
容器に笑う異種族ハンターとは異なり、アールは鬼のような形相で睨みつけた。
「くだらないおしゃべりとする気はない。 取引を進めなさい」
異種族ハンターは手に持っていた本を見せびらかしてこう言う。
「こいつは、表向きにできない薬の調合方法が書かれている本を模写したもの・・・ようはレプリカだ。
本物と比べれば情報量は少ないが、この中に若返り薬が記載されている。
これを飲めば、老辛症の症状を抑えられるかもしれない」
異種族ハンターは本を無造作にアールの足元に投げて、こう付け加える。
「ただし、調合に使う薬草はこの辺りにはない。 もしそれもほしいって言うなら、追加料金を支払ってもらおうか」
アールはその言葉の真意を確かめるべく、足元の本を拾い、若返りの薬のページを開いた。
確かに記載されている薬草はどれもこれもこの周囲にはないものや聞いたこともないものばかりだ。
偽造の疑いもあったが、明確な証拠はない。
本を一心不乱に読むアールにイラついた異種族ハンターは銃を向けて強引に取引を進めた。
「おい、こっちは渡す物渡したんだ。 あんたもさっさとよこしな」
アールは一旦本を地面に置き、後ろの茂みに手を突っ込むと、何かを掴み、それを思い切り引っ張った。
「「!!!」」
ジルマとルコールは目を疑った。
茂みから出てきたのは、近所に住む中の良いダークエルフの女性であった。
森の中でも美しく元気の良い娘だと評判で、もうじき幼馴染のダークエルフと結婚する予定だと聞いていた。
死んでいるかのように眠っている彼女の手をアールが乱暴に引っ張っても、全く目を覚まさない。
その理由はアールの口から出てきた。
「この子にいは強力な睡眠薬を嗅がせているから、ちょっとやそっとじゃ起きないわ。
これで取引成立でどうかしら?」
異種族ハンター達は、眠っている女性ダークエルフの顔を触り始め、彼女が健康体であることを確認すると、大柄な男が女性ダークエルフの体を軽々持ち上げ、その場から去って行った。
ジルマとルコールは助けたい思いはあったが、銃を持つ男達相手に、丸腰で挑んでも犬死するだけだと、臆してしまっていた。
「よし、この取引は成立だ。 それでどうする? 取引を続行するかい?」
異種族ハンターの男がそう尋ねると、アールはこう返した。
「えぇ、もちろん」」
彼女はその瞬間、心を捨て、美を求める魔物となり下がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます