第102話 帰る場所
レイランとミヤの加勢で、レオスを倒すことができた夜光達。
戦闘でのダメージと疲労で、動くことも困難な夜光達に課せられたのは、レオスの命運を決めることであった。
「さっさとトドメをさしな」
『・・・』
レオスの鎧が解除され、身動きが取れなくなってしまったリキ。
夜光達に自らを殺すように語るが、表情はとても穏やかであった。
「お前を殺せってことか?」
ルドがそう問うと、リキは言葉を発することなく、ただただ口元を緩ませた。
それがリキの返答だと言うことを夜光達は察することができた。
エモーションが解除されたとはいえ、人数的には夜光達の方が勝っている。
全員で協力すれば、身動きの取れないリキの命を奪うことは難しくはない。
だが夜光達は、それを躊躇していた。
相手が影とはいえ、命を奪うようなことはしたくない。
特にルドとスノーラは、殺人鬼とはいえ、同じ自然を愛するリキに対し、同情に似た感情を抱いていた。
そんな夜光達に、リキは少し怒気のこもった声でこう言う。
「どうした? まさか、俺に情けを掛けるつもりか? 言っておくが、お前らが俺に情けを掛けてこの場を見逃したら、俺は必ず影として殺人を続けるぜ? それでもいいのか?」
無論、リキは影に戻る気はない。
例えエアルがそれを許すと言っても、リキ自身は絶対に許さないだろう。
リキにとって、トドメをさすという行為は、夜光達に問いかける選択肢ではなく、殺人をやめたいリキ自身の願いだった。
「・・・くっ!」
苦悶の表情を浮かべたスノーラは、愛用している銃をホルスターから抜き、銃口をリキに向けた。
その行動に、周囲は驚いたが、止めようとする者や声を掛ける者はいなかった。
スノーラの行動が正しいのか間違っているのか、判断することができていないからだ。
「・・・どうした? さっさと撃てよ。 それともビビって銃口がブレちまうのか? 腰抜け!」
リキの挑発めいた言葉に、スノーラは迷いを振り切るかのように、リキに銃口を近づけた。
この距離なら、ノーコンであるセリナでも外すことはできないであろう。
「(ここで仕留めなければ、また多くの血が流れてしまう!)」
スノーラは震える指先に最後の力を注ぎ、引き金を引こうとする。
表情には出さないものの、リキはこの瞬間、殺人から解放されると安堵していた。
・・・だが次の瞬間、1本の手がスノーラの銃を掴んだ。
「えっ!?」
銃を掴んだのは夜光であった。
そのまま無言でスノーラの銃を奪うと、リキに向けて銃口を向けた。
「・・・」
次の瞬間、周囲に銃声が鳴り響いた。
銃口からはうっすらと煙が出て、発砲したことを証明している。
「なっなんだと!?」
ところがリキは生きていた。
夜光は発砲する直前、銃口をリキから大きくズラしたのだ。
発砲後、銃を降ろした夜光がリキに向かってこう言う。
「・・・これが答えだ」
夜光はそれだけ言うと、銃をスノーラに返し、リキに背中を向けた。
その態度に怒りを覚えたリキが声を荒げる。
「ふざけんな! テメェ、何のつもりだ!? 情けを掛けるって言う気か!?」
怒声を浴びせるリキに対し、夜光は冷たくこう返す。
「俺達は殺し屋でもなければ、正義の味方でもない。 お前の命を奪ってやる義理はない」
「俺をここで逃がせば、さらに多くの人間が殺されることになるんだぞ!? それでもいいのか!?」
「それは騎士団みたいに正義を掲げている連中の仕事だろ? 俺達の仕事は影と戦うことだ。 勝手に仕事を増やすな、ゴリラ野郎」
夜光はそれ以上何も言わず、セリアとセリナの肩を借りて、その場を後にした。
ミヤはライカと一緒に、意識を失ったレイランを肩で担いで、夜光達の後に続いた。
「・・・(何をしているんだ。 私は)」
憑き物が取れたかのようなスッキリとした顔つきになったスノーラは、手に持っていた銃をホルスターに戻した。
それを見て、リキの矛先がスノーラに向く。
「テメェまで何のつもりだ?」
「夜光さんが言っただろ? 私たちに貴様の命を奪う義理はない。 私達に課せられたのは影を倒すことだけだ。 そして、それは成し遂げられた・・・もうこれ以上、武器を持つ理由はない」
まだ納得しきれていないリキは、再び挑発するかのような言葉を発する。
「またお前らの前に立つかもしれねぇぜ? 今回はたまたま負けたが、ラッキーは長くは続くものじゃない。 今度は俺がお前らを皆殺しにするかもしれねぇぜ?」
だが夜光の言葉で自分達の為すべきことをはっきりとさせることができたアスト達は、その挑発に野津ことはなかった。
そして、強気な態度でルドがこう返す。
「その時はもう一度倒す。 今度は腕の1本か2本、置き土産に置いて行ってもらうがな」
「・・・お仲間がちょっと増えたくらいで、随分と強気になったな?」
「そう見えるなら、それはそばにいる仲間達のおかげだ」
ルドはそう言い残すと、スノーラと共に地面で眠っているキルカを担いで夜光達の後を追うことにした。
この眠りが障害によるものなのか、疲労によるものなのかがわからない。
だが眠ってても、女体を襲うことのできるキルカを信用できず、ルドとスノーラはキルカの腕を使えないように手で掴むことにした。
去って行くスノーラとルドに、リキはとうとう感情を抑えきらなくなり、こう叫ぶ。
「なんでだ!? 数が増えたからって、俺の強さはよくわかってんだろ!? 俺はお前らを全滅寸前まで追い込んだ男とだぞ!? その俺を殺す絶好のチャンスを、お前らはみすみす捨てるって言うのか!?
そんなに人殺しが怖いか!?」
リキの言葉に対し、ルドとスノーラは振り狩ることなくこう返す。
「・・・そうだ。 オレ達は人殺しになるのが怖い。 敵だろうと何だろうと命を奪うなんてできない」
「命を奪うことができない私達を、お前がどう思おうが自由だが、私達にとって敵を殺すことはゴールじゃない。 ただの蛇足だ」
そう言い残し、去っていくルドとスノーラの背中を見つめながら、リキは言葉を失ってしまった。
夜光達が去ってしばらくしてから、リキもその場から歩き出した。
足を進める中で、リキの頭には様々な記憶が走馬灯のように浮き上がっていた。
人を守るために入った騎士団を捨て、自然を守るために影となって人殺しを繰り返していたリキ。
相手が欲を満たすために自然を破壊する悪党だとしても、平等に与えられた命を奪ってきた自分には、人としての価値はないと思ってきた。
だが夜光達は、リキの命を奪わないという選択を選んだ。
それは情けや同情と言った上辺だけの感情ではなく、命を奪うことに対する恐怖と後悔によるものだ。
それを恥じることなく平然と口にでき、なおかつ行動に移すことができた。
リキはそんな彼らだからこそ、自分は敗北したのだと心のどこかで納得していた。
それは戦闘の勝敗だけではなく、彼らの心の強さにリキが感服したのだ。
敵に敗北し、むざむざ生き残った戦士は恥知らずだと思っていた。
だからこそ、リキは夜光達に敗北すれば死を決意していたのだ。
自ら命を絶つこともできるが、それは勝者となった夜光達に対する侮辱だと思い留まった。
当てもなく暗闇の中をさまようリキ……。
もうどれだけ歩いたのか、どれだけの時間が経過したのかもわからない。
それでも限界が近づくまで歩き続けるリキ。
そして、ふと我に返るとたどり着いたのは、リキが自然を守るきっかけとなったあのオアシスであった。
「・・・けっ! 散々好き勝手やって来た癖に、結局ここかよ」
疲れ果てたリキは、草の生い茂った場所で倒れるように横になった。
草はまるでクッションのように柔らかく、まるで自然が労っているかのようにリキは感じた。
自然の香りと包み込むような風に癒されながら、リキは周りの木々に優し気な笑みを浮かべてこう語り掛ける。
「・・・俺は、この美しい自然を守るために人を殺しまくった。 お前ら自然はこんな俺をどう見てきた? ”よくやった”と感謝しているのか? それとも”バカなことをしたな”と憐れんでいるのか?
まあ、お前らがどう思おうが、俺のしてきたことは褒められることじゃないな・・・。 でも俺は後悔しない。 男が自分自身で選んだ人生を後悔するほど、みっともねぇことはない。 それに・・・後悔すれば、エアルやアスト、そして自然・・・俺がふれ合ったもの全てを否定することになるからな」
語り終えると、リキはどこか満足気な顔で目を閉じ、深呼吸をした。
・・・だがその時、小枝が折れる音がリキの鼓膜をわずかに揺らした。
リキがゆっくりと音のした方に目を向けると、そこにいたのは数名の騎士団であった。
何の運命のいたずらか、彼らはかつてリキと共に騎士団として戦っていた同期達。
「・・・よお、久しぶりだな」
リキは驚く様子も見せず、軽いあいさつを口にする。
そこへ騎士団達の中から、騎士団長が前に出てきた。
「貴様がいつか必ずここに舞い戻ってくるとわかっていた」
「嬉しいねぇ。 そんなに俺に会いたかったのか?」
「そうだな。 貴様は我が騎士団の名に泥を塗っただけでなく、多くの尊い命を奪った殺人鬼になり下がった・・・貴様だけは必ず我々の手で殺すと神に誓っていた」
騎士団長が右手を上げると、騎士団達は手に持っていたライフルの銃口をリキに向ける。
体力が残っていないリキには避けることも逃げることもできない。
一斉に発砲されれば、リキは間違いなく死ぬ。
だがリキはこんな状況でも、笑みを浮かべていた。
そして騎士団長は、リキにこう言い放つ。
「リキ ガイル・・・いや、レオス。 正義の名の元に、貴様をここで処刑する!!」
その直後、オアシス内に響き渡った銃声が周囲の動物達の目を覚ました……。
騎士団が去った後、オアシスに近づく人影が……。
「・・・」
オアシスに現れたのはエアルであった。
彼の目に写っていたのは、無数の銃傷で体中を真っ赤に染めたリキの変わり果てた姿。
しかしその死に顔は、殺された人間とは思えないほど、とても穏やかな顔であった。
その顔を見ながら、エアルはこう呟く。
「最後の最後まで、お前はバカな男だったな」
言葉と共に、心に現れたのは、後悔と哀しみであった。
実はリキが夜光達に敗北した後、彼の身を案じたエアルは、ずっと後を付けていたのだ。
それは制裁を行うためではなく、けじめをつけたリキに「影をやめて自由に生きろ」と伝えたかったからだ。
だがそれを伝える前に、リキは騎士団に見つかってしまった。
やろうと思えば、リキを騎士団から守ることもできた。
だがエアル自身、多くの命を奪ってきた自分達は殺されてもしかたないと考えている。
しかし、決してリキに情がなかった訳ではない。
もしリキがわずかでも命が惜しいと思えば、逃げるチャンスくらいは作るつもりでいた。
だが彼は、銃で撃たれる直前であっても、命が惜しいと思う気持ちを、言葉にも表情にも出さなかった。
そして、何よりエアルが助けることができなかった理由は、撃たれる直前、エアルの気配に気づいていたリキが一瞬だけ見せた笑顔であった。
その笑顔から、リキの心の声が伝わってきた。
『エアル、助けなんざいらねぇぜ? 俺はもう影じゃねぇからな。 お前は自分自身の役目を果たせ』
それはリキにとっての感謝の言葉でもあったのだと、エアルは心のどこかで思ったのだ。
その後エアルはオアシス内にリキの遺体を埋め、簡易的ではあるが、墓を建てた。
その場から立ち去る際、エアルがリキの墓に背を向けたままこう呟いた。
「安らかに眠れ・・・友よ」
そう呟くと同時に、空から大粒の雨が降り始めた。
それはまるで、自然がリキの死を悲しんでいるかのようであった。
エアルは悲しみの雨の中をゆっくりと歩き出した。
ずぶ濡れのエアルの頬に流れる雨の雫は、まるで涙のように光っていた……。
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