第85話 リキの目的

情状酌量の余地があると判断され、執行猶予のついたレイラン。

だが、彼女の人生は周りからの批判やいじめといった地獄の日々へと変貌していた。

苦しむレイランに寄り添うマイコミメンバー達。


一方で、リキはエアルとコンタクトを取り、なんらかの機会をうかがっていた。



レイランに強姦未遂を働いたとスノーラ達に誤解され、休憩スペースへと連れ込まれた夜光。

休憩スペースに待機していたセリアとライカも、スノーラから事情を聞き、怒りを通り越して呆れたのか、2度のおしおきに疲れたのか、2人はため息しか出なかった。


「何度も言ってるだろ!? 俺はぶつかっただけだって!」

ソファに座った夜光の周りをマイコミメンバーが囲むような形となった状態で、夜光は同じ主張を繰り返す。

もちろん、それが事実なので、それ以上何も言うことができないのも事実。


「百歩譲ってそれが真実だとしたら、まずレイランに謝罪するのが筋でしょう?」

スノーラの正論に対し、夜光は悪びれもなくこう返す。

「は? なんで俺が謝らなくちゃならねぇんだよ。 あいつの不注意でぶつかったんだから、謝るのはあいつだろ?っていうか、あいつが大声を上げたせいで、危うく強姦の冤罪を掛けられるところだったんだぞ!? 慰謝料払ってほしいくらいだ!」

「・・・なあ兄貴。 いい加減その歪んだ性格を直さないと、マジでこの先、騎士団の厄介になるぜ?」

まるでタチの悪いチンピラのような言葉を並べる夜光に憐れむような目で語り掛けるルド。


「お前らのせいですでに厄介になってる」

前に夜光は、マイコミメンバー達と言ったショップで、痴漢の冤罪で騎士団に連行されたことがある。

その後すぐに冤罪とわかって釈放されたが、今にも夜光は根に持っている。

『・・・』

夜光のその一言に、マイコミメンバー達は黙り込んだ。


「・・・もうぶつかったことはいいよ」

夜光の隣に半分強制的に座らされたレイランが、ため息をつきながら、この話を終えようと提案した。

「気が動転してたとはいえ、ボクもいきなり大声を出してしまったのは事実だから」

いい加減、夜光達と一緒にいることがうんざりしてきたレイランは、自分にも非があると主張し、休憩スペースから出ようとする。


「あぁ、そうだ。 お前が悪い・・・ゴブッ!」

レイランが悪いということにしようとした夜光の顔面に、スノーラ・ルド・ライカの3人のパンチがめり込む。


「あなたは少し黙っていてください」

スノーラがそう告げると、夜光は顔を抑えたまま別のソファに移動し、ゴロンと寝転んだ。

よほど痛かったのか「あいつら、この病院から出たら絶対レイプしてやる・・・」と、本気なのか冗談なのかわからないことをぶつぶつと呟き始めた。


「じゃあボクは行くよ」

「あっレイランさん!」

レイランはそう言い残し、セリナの静止も振りほどき、足早に休憩スペースから立ち去った。


「・・・さてと」

話が終わったのを見計らったように、部屋の隅で一部始終を見物していたリキが、突然休憩スペースから出ようとする。


「おい、リキ。 どこへ行く気だ?」

立ち去ろうとするリキに気づいたルドが呼び止める。

「・・・ちょっとな」

意味深な返答を返すリキに笑騎がこう尋ねる。

「おいおい、まさか誰かを殺す準備をするとか言わんよな?」

「・・・そうだと言ったらどうする?」

この返答に、スノーラが怒りを露わにして詰めかける。


「やはり殺人を行うつもりなのだな!? そんなことはさせん!」

スノーラを先頭にして、マイコミメンバー(夜光とキルカを除く)がマインドブレスレットに手を掛ける。


今にもエモーションして向かってきそうなマイコミメンバー達に対し、リキは向かい合いつつ「ふぅ・・・」と呆れたようなため息をつく。


「姉ちゃんの最初の質問に答えてやるよ」

「最初の質問だと?」

スノーラがそう聞き返すと、「なんでこの病院にいるかって質問だ」と内容を再確認させるリキ。


「俺がこの病院に来た目的は、察しの通り”ある人物”を殺すための下調べだ」

リキの言葉に、部屋中の空気が凍る。


「・・・いったい、誰を殺す気?」

ライカがおそるおそる尋ねると、リキの口から意外な名前が出てきた。

「・・・ビスケット院長だ」

『!!!』

メンバー達の体は一気に硬直した。

リキが殺そうとしているのは、先ほどミヤの病室で出会ったビスケット病院の院長であるビスケットであった。


「なぜビスケット院長を殺そうとしているのだ? 金がないために治療を受けられない人達に無償で治療を施したり、精神障害者に対しても理解がある数少ない病院の院長だぞ?」

スノーラが開きにくくなった口を無理やり開け、質問を投げる。

「この病院の患者への対応は確かに良い。 病院内でも病院外でも、院長であるビスケットの評判も悪くねぇ」

「お前は、そのような寛大な方の命を奪うというのか?」

スノーラの目からさらなる怒りのオーラが出始める。

「まあ寛大だな・・・”人に対しては”」

「どういう意味だ?」

「まだ正式な発表はないが。 この病院、近々精神科病棟を建てる計画を立てているらしい。 精神障害者を受け付ける病院なんて片手で数えるくらいしかないこの国なら、障害者にとっては嬉しいニュースだろうな」

「すばらしいことではないか」

「その建設予定地が”クキの森”でなかったらな」


「クキの森? どういうことだ?」

先ほどまで、リキの話に無関心であったキルカだったが、リキの”クキの森”という単語に反応した。

「クキの森は緑豊かでのどかな場所だ。 障害者でなくとも心を落ち着けるには最適だろうな。 おまけにその周りには、薬の調合に使う薬草がたくさんある。 病院を建てるにはもってこいの場所だ」

「クキの森のエルフ族は、病院の建設に賛成なのか?」

「いいや。 いくら障害者や患者のためとはいえ、人間の勝手な理由で、自分達の住む場所をくれてやる義理はないからな」

リキの返答に、キルカは「だろうな・・・」と首を横に振る。


「じゃあビスケット院長はどうする気なんだ? 交渉したって、エルフ達が応じるとは思えないし・・・」

勘の悪いルドがリキにそう尋ねる。

「そんなの決まってんだろ? 力づくでクキの森を奪うんだよ」

「なっなんでそんなことを!?」

「そりゃあ、交渉が無意味な以上、そうするのが手っ取り早いだろ?」

「じゃあ、そこにいるエルフ達はどうするんだよ!?」

スノーラ以上にリキに詰め寄るルド。

「森から追い出されるか、最悪殺されるか・・・」

「そんな・・・いくら障害者のためだからって、エルフ達を追い出すなんて・・・」

森で生まれたケンタウロス族であるルドだからこそ、森を奪われることがどれほどの苦痛なのかが理解できるのだ。

「言っただろ? あのおっさんが寛大なのは、人に対してだって。 人でないエルフなんぞ、あいつからしたら邪魔者でしかないんだ」

「邪魔って・・・」

先ほどまでリキに対する敵対心で一杯だったはずのルドの心には、ビスケット院長に対する疑念に変わりつつあった。



「でででも、クキのもっ森のエルフさん達はと・・・とても強いと聞いていますが・・・」

男性恐怖症だからか、リキが単に怖いのか、マナの後ろに隠れながら問いかけるセリア。

笑騎から「なんで俺の後ろやないねん」と言わんげな視線を向けられるが、マナもセリアも無視した。


「確かに、相手がクキの森のエルフなら、どんな武器を持ち出そうが勝てる確率は高くはない。 まして森の中なら、エルフが勝つ確率の方が高いくらいだ・・・だが、ビスケットはそのために2つの対策を持っている」

セリアが「対策?」と聞き返すと、リキの口から聞き覚えのある単語だ出てきた。


「まず1つ目は、”異種族ハンター”だ」

「異種族ハンターだと!? 確かなのか!?」

スノーラは思わず声を上げてしまったが、リキは冷静に「そうだ」と告げる。


異種族ハンターとは、人身売買や臓器提供のために異種族を狩るハンターのことだ。

異種族を狩ることは法律で禁止されているため、世間では犯罪集団とされている。

スノーラは子供の頃、両親を異種族ハンターに殺されてしまった。

それだけでなく、たった1人の肉親である妹を以前異種族ハンターに殺害されたのだ。


「でも、異種族ハンターはミュウスアイランドでみんな逮捕されましたよ?」

マナの言う通り、以前ミュウスアイランドで起きた事件で、異種族ハンター達は、みな騎士団によって連行された。


「異種族ハンターって組織は1つじゃねぇんだ。 各地域にいくつも組織があるって噂だ。 その内の1つが、ビスケットに雇われたらしい」

「・・・」

スノーラは怒りに震えた。

家族の仇である異種族ハンターがほかにもいるだけでも怒りが爆発しそうなのに、またもや罪もない異種族を襲おうとしているという話に、怒りで頭がどうにかなりそうになっていた。

「スノーラ・・・」

スノーラの怒りを察し、ルドがなだめるように肩に手をそっと乗せる。


「だが異種族ハンターとはいえ、クキの森のエルフを狩るのはさすがに骨だ。 そもそも、エルフの正確な数や森の地形といった有利になる情報が全くないんじゃ、返り討ちにあう可能性が高い 。ビスケットはその対策のために、”クキの森に詳しいある人物”に協力を求めた」

ライカが「ある人物?」と聞き返すとリキは煽るようにこう述べる

「おいおい、勘の悪い奴らだな。 身近にクキの森やエルフについて詳しく知っている奴が1人いるだろ?」


『!!!』

全員の脳裏にある人物が浮かび上がった。


「まっまさか・・・」

ルドはその名を口にすることができなかった。

それを察してか、リキがその名を口にした。

「察しの通り。 ビスケットに協力しているのは”ミヤ スペルビア”だ」

それは、レイランの母であり、アストの仲間であるはずのミヤの名前だった。

「そんなバカな話があるかよ!! 自分の故郷を襲う計画に協力してるって言うのかよ!?」

ルドが否定的にそう告げると、リキは頭を掻きながらこう返す。

「そんなにバカな話か? 故郷とはいえ、自分の愛する男を死刑にしたんだぜ? 憎しみを抱いたとしても、俺はあまりおかしいとは思わないな」

「それは・・・」

故郷を襲う計画に加担することに対して、全く理解できないルド

一方でリキの言う通り、故郷とはいえ、ミヤにとっては愛するチップを奪った憎い仇に変わりはないということも理解できる。

ルドの心には大きな迷いが生まれ始めていた。


「・・・散々言ってきたが、その情報、根拠があるのか?」

スノーラ達に顔面パンチを喰らい、ソファに横になり、一切口を開かなかった夜光が、突然リキにこんな質問を投げてきた。

「根拠があると言いたいところだが、これはあくまで影がかき集めた情報に過ぎない。

だが、俺はこの情報を真実だと確信している。 お前らが信用できないっていうなら、別にそれでいい・・・だが、俺の邪魔をするなら、容赦はしないぜ?」

そう忠告すると、リキは休憩スペースから立ち去って行った。


『・・・』

後に残った夜光達の心には、立ち去るリキを追うほどの余裕がなくなってしまっていた・・・

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