第47話 海に届く歌

闇鬼となった誠児によって、レーツを倒すことができた。

しかし、命を掛けてスノーラを守ったミーナは、ずっと心の奥にしまっていた本音を涙ながらにスノーラに伝え、明るい笑顔を浮かべたまま息を引き取った・・・

言葉にできないほどの大きな後悔の中、スノーラはミーナが守ってくれた命を大切にすることを誓った・・・


地下施設から抜け出し、浜辺で無事に全員合流することができた夜光達。

それからまもなく騎士団が到着し、地下施設へと乗り込んでいった。

武装男達や研究員は全員逮捕できたのだが、首領であるレーツは、潜水艇で死体となって発見された。

水槽に捕まっていた人魚達も、ケガをしている者や衰弱している者はいるものの、全員無事に救出された。

スノーラは救出された人魚達に、ミーナを自分の代わりに海に埋葬してほしいと頼み、人魚達は快く承諾した。

「・・・ゆっくり眠ってくれ。ミーナ」

涙ながらにミーナとの別れを惜しみながらも、スノーラは人魚達にミーナを託した。


そして夜光達は、騎士団の船でミュウスアイランドへと出発した・・・


ミュウスアイランドに戻った夜光達は、部屋に戻り、帰る準備を始めていた。

しかし疲労している上、一睡もしていない(気絶を除く)夜光は、強い睡魔に襲われていた。

「あ~、眠い」

気晴らしにタバコを吸おうとするが・・・

「夜光。 ここは禁煙だ」

それを見ていた誠児に止めれれる。

「固いこと言うなよ。 1本くらいいだろ? どうせ帰ることだし」

しかし、誠児は首を横に振り・・・

「世話になった旅館なんだから、最後までルールは守れ」

「・・・ちっ! わかったよ」

舌打ちしながらも、泣く泣くタバコをやめる夜光であった。


そんなことがあり、タバコを諦められない夜光は仕方なく、浜辺で吸うことにした。


浜辺に着くと、浜辺で座っているスノーラが夜光の視界に入った。

夜光の気配に気づいたスノーラはゆっくりと振り返る。

「夜光さん。 どうされました?」

夜光はスノーラの横に座り、タバコを口に咥える。

「またタバコを吸いに来ただけだ。 お前こそ何やってんだ?」

スノーラは悲し気な表情を浮かべながら海を眺める。

「・・・ミーナは幸せだったのでしょうか? ずっと一人でさびしい思いをしながら生きて、こんな私を命がけで守ってくれたミーナの幸せは、どこにあるのでしょうか?」

スノーラの質問に、夜光はぶっきらぼうに返す。

「さあな。そんなことは本人しかわからないことだ」

「・・・そうですよね」

顔をうつむかせるスノーラ。

夜光はその場で寝転びながら、こんなことを言い出す。

「いっそ、海で爆睡しているミーナに聞いてみたらどうだ?」

夜光の冗談にしか思えない言葉に、スノーラは戸惑いながらも・・・

「どっどのように聞けばよろしいでしょう?」

「えっ? えっと・・・(ヤベェ、そこまで考えてなかった)」

細かいことを考えていなかった夜光はしばらく考えた後、こう言う。

「そっそうだな・・・うっ歌を歌うとか?」

「歌・・・ですか?」

「歌だってある種、コミュニケーションみたいなもんだろ?

お前の聞きたいことをミーナに届くくらいの声で、歌ってみたらどうだ?」

もちろん、スノーラは夜光が思い付きでこんなことを言っていることは察していた。

しかし、自分のために提案してくれた夜光の言葉を、スノーラは素直に聞き入れることにした。

「・・・わかりました。 届くかどうかわかりませんが、やってみます」

そう言うと、スノーラは立ち上がり、心を落ち着かせるように深呼吸し、そっと目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。


スノーラの歌は透き通ったような美しい声で、海に眠るミーナに届いてほしいという思いを込めて、大きな声で歌を歌った。

歌を歌う中で、スノーラはミーナにこう問う。

「(ミーナ。 私はお前が守ってくれたこの命を大切にしていく。

・・・だが、お前は本当にこれでよかったのか?

ずっとさびしい思いをさせてしまった挙句、お前を守ることができずに死なせてしまった私を、お前は許してくれるのか?

お前はこれで本当に幸せなのか?

私は、お前の想いに答えることができるのか?

私自身が決めたこととはいえ、生きていくことが本当にお前にとっての幸せなのか。

正直なところ、わからない。

・・・ミーナ、お前は幸せなのか?」


歌い終わったスノーラは、ゆっくりと目を開け、夜光に尋ねる。

「・・・ミーナに届いたでしょうか?」

夜光は、空をぼんやり見ながらこう返す。

「・・・届いたんじゃねぇか?」

「・・・だと良いのですが」

再びか顔をうつむかせるスノーラに、夜光はなぜか笑みを浮かべながらこんなことを言い出す。

「おい、スノーラ。 上を見上げてみろ」

「えっ?」

戸惑うスノーラに対し、夜光は「いいから見ろ」と強引に空を見上げさせる。

・・・その時、スノーラの目に信じられない物が写った。

「あれは・・・虹?」

スノーラが見上げた空には、小さな虹が浮かび上がっていた。

雨が降っていた訳でもないのに、虹が浮かぶことなど現実的には考えられない。

だが、そこにあるのは紛れもなく虹であった。

スノーラにはその虹から、「生きて。お姉ちゃん」というミーナの優しい声が聞こえたような気がした。

そして虹を見ながら、夜光はスノーラに言う。

「随分洒落た返事をする妹だな」

「・・・そうですね」

そう返すスノーラの目からは、涙がこぼれ落ちていた。

それは悲しみや後悔の涙ではなく、嬉しさと感謝の涙であった。

「・・・ミーナ・・・ありがとう・・・」

ミーナの深い愛情に感謝するスノーラを、心地よい風が、まるで抱きしめるようにスノーラを包み込んだ。


こうして新たな決意を胸に秘めたスノーラと共に、夜光達はミュウスアイランドを後にした・・・



ミュウスアイランドから戻って三日後、夜光と誠児はゴウマに地下の作戦室に呼び出された。

「なんだよ。 急にこんなところに呼び出しやがって・・・いてっ!」

悪態をつく夜光の頭にチョップを喰らわせる誠児。

「親父。 どうして俺達を呼び出したんですか?」

誠児がそう尋ねると、ゴウマは「これを見てくれ」と、メインモニターを指した。

ゴウマが機械を操作すると、モニターには夜光と誠児の顔が映り、その横には棒グラフのようなものが2本ある。

「なんだよこれ?」

「これは2人の精神力をグラフにしたものだ。赤いグラフが一般の精神力で、青いグラフがお前たちの精神力だ。グラフを見てわかる通り、闇鬼を装着できる夜光の方が誠児よりも強い精神力を持つ」

そう言われ、改めてグラフを見ると、夜光の精神力は、平均よりもかなり高いことがわかる。

誠児の精神力は、一般よりもわずかに高いが、夜光に比べたらかなり低い。

「・・・だが、潜水艇での誠児の精神力を調査してみて驚いた」

ゴウマが再び機械を操作すると、誠児のグラフがぐんぐん伸びていき、あっと言う間に夜光を追い越した。

「なんか俺より強いように見えるが・・・」

夜光がそう言うと、ゴウマは「そうだ」と言わんばかりに首を縦に振る。

「この時の誠児の精神力は、夜光のおよそ10倍強い精神力を発揮している」

「「10倍!!」」

思わぬ事実に驚く2人を置き、ゴウマは続ける。

「だからマインドブレスレットは、精神力の高い誠児の元へ行き、エモーションさせたんだ」

「でも、なんで俺は闇鬼になってしまったんですか? 別に俺はマインドブレスレットを操作した訳じゃないのに」

「正直なところ、ワシにもそれはよくわからん。

だが1つ言えるとすれば、誠児の夜光を守りたいと強く思ったことが、この理解できない現象を作ったのかもしれん」

その説明に、夜光には引っかかることがあった。

「でもよ。 闇鬼は俺しか装着できないって話じゃなかったのか?」

闇鬼は闇神に選ばれた夜光にしか装着できないと、聞いていたのだが、ゴウマは頭を抱えながらこう返す。

「そうだな・・・だが物事には例外もある。闇鬼は基本的には夜光にしか装着できんのだが、精神力が高ければ不可能ではない。だが、誠児は夜光とは【アサーション】が違うので、そこも引っかかる」

アサーションという聞いたことのない言葉に、夜光は首を傾げた。

「アサーション?なんだよそれ。 エモーションの親戚か?」

その疑問に、横にいる誠児が答えた。

「アサーションってのは、コミュニケーションの技法のことだ。

まあ、簡単に言えば、自己表現の仕方のことだ」

「簡単に言われてもわからん」

誠児はやむを得ず、ゴウマに説明を任せた。

「アサーションには3つのタイプがある 自己表現の強い【アグレッシブ】、自己表現の弱い【ノンアサーティブ】、自他尊重でバランスの取れた【アサーティブ】。

この3つのタイプによって、個人の能力が決まる。

・・・マイコミで例えるなら、お前とセリナは自己表現の強いアグレッシブタイプ。

アグレッシブタイプの能力は、闇か炎のどちらかの力を宿す。

セリアのように、自己表現の弱いノンアサーティブの能力は光か雷。

彼女の場合は光だ。

そして、バランスの整ったアサーティブの能力は、水

・氷・土・風といった自然の力を宿す。

これはルド、ライカ、スノーラの3人に該当する」

アサーションの説明を聞き、夜光はふと誠児に小声で伝える。

「なんか急にファンタジー要素が出てきたんだが、どうも、SFなのかファンタジーなのかはっきりしない世界だよな?」

これまでSFのような機械にしか縁のなかった心界で、初めてファンタジーの話が出てきたことに、夜光はどこか複雑な思いがあった。

誠児は小声でこう返す。

「・・・とりあえず、親父の話を聞こう」

どうやら誠児も同じ思いのようだ。

一旦2人は、ゴウマの話に戻る。

「調査の結果、誠児はバランスの取れたアサーティブタイプの光。

つまり、闇の化身とも言える闇鬼になることはまず、ありえん」

「でも実際、誠児は闇鬼になれたぜ?」

「・・・そこがわからんのだ。全くの正反対の素質を持つ誠児がなぜ、闇鬼になれたのか・・・」

ゴウマが険しい顔で悩んでいる時、誠児がこんな質問をぶつける。

「親父、俺は今後も闇鬼になれるのか?」

「なぜそんなことを聞くんだ?」

「もしそうなら、夜光の力になりたいんだ。夜光にばかり、危険な戦闘をさせたくない」

夜光が影と戦うことを今でも心配している誠児は、どうにか夜光の力になりたいと思っていた。

「・・・残念だが、今のお前の精神力を調べたところ、元の状態に戻っていた。

おそらく、夜光を助けたい一心で一時的に高くなっただけだろう」

それを聞くと、誠児は「そうか・・・」と少し落ち込む様子を見せた。

そんな誠児に、ゴウマはこう続ける。

「誠児。精神力があろうがなかろうが、お前にしかできないことはある。 それはお前が一番よく知っているだろう?」

「・・・そうですね」

ゴウマの励ましの言葉に少し表情が明るくなる誠児。

そして、夜光も優しく「気持ちだけもらっとくぜ」と誠児を励ます。

誠児はその言葉に、笑顔で返した。


・・・そんな2人の仲を見て、ゴウマは微笑ましく思った。

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