第37話 銃を持つ理由

サーマとの熱い夜が、怒りに狂ったセリア達によって悪夢の夜となってしまった夜光。そんな彼らのいるミュウスアイランドで何かが動こうとしていた・・・


セリア達に応戦し、なんとかその場から逃げ出すことに成功した夜光は、自分の部屋へと戻った。

「・・・」

部屋で夜光を迎えた誠児は一瞬、言葉を失った。

夜光の顔や体には無数のアザや切り傷があり、顔も腫れ上がり、その上なぜかパンツ一枚。

誠児はとりあえず、ホームから付き添っている医師に夜光を見てもらうことにした。

夜光を見た医師も、最初は何があったのかと青ざめていたが、夜光から事情を聞くと、誠児と共に深いため息をつきつつ、手当を施した。


手当てを終えた医師が部屋を出た後、夜光がグチをこぼし始めた。

「クソッ!! なんで俺がこんな目に会わなきゃならねぇんだよ!?」

それに対し、誠児が棒読みのような感情のない言葉を口にする。

「モテるからだろ?」

「モテるからって、なんで付き合ってもいない女にここまでされなきゃならねぇんだよ!?」

「まあ、気になる男が知らない女と寝ていると知れば、怒るのも仕方ないがな」

セリア達を擁護するような誠児に、夜光はさらに怒る。

「冗談じゃねぇ!! これじゃあ、おちおち女と会うこともできねぇよ!!」

夜光がそう言って、頭を抱えていると、誠児が冗談半分にこんなことを言う。

「そんなに女を抱きたいなら、マイコミメンバーを誘えばいいだろ?」

冗談とは理解しつつも、夜光は難しい顔をする。

「あいつらだと、自然と付き合う流れになりそうなんだよな。

でも俺は女とは身体だけの付き合いでいたいからパス!」

夜光がそう答えることは、誠児もわかっていた。

それは夜光のだらしない性格から出る言葉でもあり、”夜光の過去”から出る言葉でもあった。

「・・・それはそうと、そこで死にかけているエロダヌキにとどめを刺していいか?」

夜光の視線の先には、自分のベッドで包帯をグルグル巻きにされ、完全に包帯男となっている笑騎。

女神のバズーカを喰らい、ここで安静にしているのだ。

「やるなら外でしてくれ。 部屋を血で汚したくないからな」

「ふごふご!!(止めろや!!)」

夜光を止める気がない誠児に対し、包帯で口を開けない笑騎が言葉にならない訴えを発する。

「お前のせいで死にそうな目にあったんだ! 俺と同じ苦しみを味合わせてやらなければ気が済まなねぇ!!」

「ふごふごぉ!!(もう合っとるわいっ!!)」

「うるせぇ!! 俺が味わった苦しみはそんなもんじゃねぇ!!」

「ふごふごふごふごふご!!(お前には美少女のおしおきのありがたみがわからんのか!!)」

「なにがありがたみだ!! お前みたいなドMの豚野郎と一緒にするな!!」

「ふごふご!!ふごふごふごぉ!!(なんやと!!この女ったらしのクズ野郎がぁ!!)」

怒りに満ちた笑騎がとうとう、ベッドから飛び起きてしまった。

「ほう。俺に暴言を吐くとは、よっぽど死にたいみたいだな。 なら望み通り、海の藻屑にしてやる!!」

「ふごふごふご!!(やれるもんならやってみぃ!!)」

ついに、夜光と笑騎は取っ組み合いを始めてしまった。

そんな2人を黙って見守ることにした誠児がある疑問を抱いた。

「・・・(なんで普通に会話ができているんだ? 笑騎はさっきから”ふごふご”しか言ってないのに)」

この不可解な謎を誠児が理解することはなかった。


20分間の取っ組み合いの結果、2人が窓ガラスを割ってしまい、宿の従業員に謝りに行くはめになった3人。

従業員は快く許してくれたので、事なきを得た。

その後、夜光は気分を落ち着かせるために、宿の外でタバコを吸うことにした。

宿は禁煙の上、喫煙室のようなものもないので、外で吸うしかなかった。

「ったく!! あのデブ。 いつか殺す」

笑騎への怒りを呟きながら、タバコを吸っていた夜光の耳に、ある音が飛び込んできた。

「・・・? なんだこれ・・・歌?」

夜光聞いたのは、誰かの歌声だった。

その歌声は、単純に上手いと言う言葉では表現できない、なにか温かな気持ちがこもっているようであった。

「・・・浜辺の方か」

歌声が気になった夜光は、歌声のする浜辺へと足を運ぶ。


浜辺につくと、歌声の主はすぐにわかった。

「あれは・・・スノーラ?」

歌声の主はスノーラであった。

何かを問いかけているように、海に向かって歌い続けるスノーラ。

「あいつ、こんな時間に何やってんだ?」

すぐに声を掛けて聞けば済む話だが、それで彼女の歌を止めてしまうことに、夜光は躊躇していた。

しかし、この気遣いは無用だった。

「誰だ!?」

夜光の気配を感じたスノーラが、歌うのをやめて夜光に視線を向けてしまう。

「夜光さん、どうしてここに?」

夜光はスノーラに近づきながら、その問いに答えた。

「タバコを吸いに外に出たら、お前の歌が聞こえてな。気になって見に来ただけだ」

「そうでしたか。 それは申し訳ありませんでした」

「別に謝ることじゃねぇよ。 それよりお前はなんでこんな時間に浜辺で歌なんか歌ってたんだ?」

スノーラは再び悲し気な表情を浮かべながら、海を眺めた。

「昼間、海への祈りについて話したことを覚えていますか?」

「あぁ、人魚の合唱会だろ?」

「海への祈りは、海に認められた人魚だけが歌うことを許される名誉なことです。

それは歌の上手さや何らかの奉仕で決まるのではなく、純粋に海や家族を愛する心で決まるのです」

「なんともアバウトな基準だな」

「・・・ですが、世の中にはそんなチャンスすらもらえないこともあります」

その言葉の中に、夜光はスノーラの思いを感じた。

「・・・お前、海への祈りってのに出たかったのか?」

夜光の質問に、スノーラは答えず顔をうつむかせる。

「チャンスのない者にできるのは、遠くから海を想って歌を歌うことだけです・・・みじめなものです」

スノーラは、夢を叶えられない悲しさと悔しさを押し潰すように、ぐっと腰のホルスターを握りしめる。

そんなスノーラに夜光はタバコの煙を吐きながらふとこんな質問をする。

「前から気になってたんだが、お前なんで銃なんか持ってるんだ?」

「・・・これですか?」

スノーラはホルスターから銃を引き抜き、優しい目で見つめながらこう話す。

「これは、ひれを失った時にゴウマ国王から頂いた銃です」

「親父が? なんでそんな物騒なもんを」

「両親も人魚としての生活を人間に奪われ、私は人間に対して、深い憎しみを抱いていました。

そんな私に、ゴウマ国王が『君に人間の力を少し与えよう。

その代わり、人間を信じるチャンスをくれ。 もし今後、人間への憎しみが抑えられないなら、この銃でワシを撃ちなさい』と、信頼の証としてこの銃を差し出したのです」

「ずいぶん思い切ったことをしたもんだな」

「ですがそれのおかげで、私は新たな人生と夢を持つことができました」

「新たな夢?」

スノーラは少し頬を赤くし、恥ずかしそうに言う。

「はい。2年ほど前に、ゴウマ国王からその・・・歌手を目指してみてはどうかと言われまして」

「歌手? それって歌を歌うやつか?」

自分の知っている歌手とこの世界の歌手が同じかどうかわからないため、夜光はそんな質問をした。

「はい。 その時も今の夜光さんのように、歌を歌っているところを偶然見られてしまい、ゴウマ国王が”その歌声をもっと大勢の人や異種族に聞いてもらってはどうか”とゴウマ国王に言われました。

それまで、自分の歌は海に捧げるためだけにあるのだと思っていたので、ゴウマ国王の提案には正直、驚きました」

「・・・それで、どうしたんだ?」

「ゴウマ国王の勧めで、今は就労支援で歌のレッスンを受けています」

自分の新しい夢について話したせいか、スノーラの表情が少し和らいだ。

「そうか。 それはよかったな」

「ふふ、ありがとうございます」

スノーラにようやく笑顔が戻った時、

「やっぱりしょせんは裏切り者ね」

と海の方から冷たい声が夜光とスノーラの耳に飛び込んだ。

2人がそちらに視線を向けると、そこにいたのは海上から上半身だけを出しているミーナだった。

「ミーナ・・・」

スノーラがミーナの名を呟いた途端、ミーナの目に怒りが灯った。

「きやすく名前を呼ぶな! 人間として生きていくだけでなく、海に捧げるべき歌を人間なんかに捧げるなんて、どこまで人魚族を裏切れば気が済むのだ!?」

スノーラはつらい気持ちを押し殺し、冷静な表情で答える。

「言ったはずだ。私は人魚族を裏切ってなどいないと。 それに私は人間に捧げるために歌いたいのではない。 たくさんの人や異種族に自分の歌を聞いてもらいたいだけだ!」

「ならばなぜ!? 人間に復讐しようとしない!! 貴様に人魚として誇りと両親への恩ががあるなら、その銃で人間に復讐するべきではないのか!?」

「そ・・・それは・・・」

スノーラは押し黙ってしまった。 スノーラの心には人間への憎しみがまだ残っている。

だからこそ、今でも銃を手放すことができないのだ。

そんなスノーラには、”復讐などしない!!”と強く言うことができなかった。

そこへ、夜光がミーナに向かってこんなことを言う。

「そう言うお前は、人間に復讐したのか?」

「なんだと?」

ミーナはゴミを見るような目で夜光に視線を向けた。

「そんな偉そうなことばかり言うなら、お前はさぞかしとんでもねぇ復讐をしたんだろうな?」

「にっ人間が聞いた口を叩くな!」

ミーナ歯切れの悪い言葉が、夜光の質問への回答を指していた。

「なんだ。 散々言いたい放題言ってたわりに、お前はなんにもしてねぇのかよ。

それなら新しい夢に向かって頑張っているスノーラの方がまだマシだ」

「黙れ!! 私から両親を奪った人間が!! 行動に移していなくとも、私は人間への憎しみを忘れたことなどない!! 人間にすがって生きているその女とは違う!!」

ミーナの怒りの言葉に夜光は呆れる。

「よく言うぜ。 自分だって過去にすがってスノーラを責めてるくせに」

「なんだと!!」

ミーナの怒りが夜光に向けれるがそれを押しのけるように、力強くミーナを指す。

「そんなに人間に復讐したいなら、まずお前が何かやってみろ!! 

それができないなら、お前にスノーラを責める資格はない!

まして、本人の話をろくに聞きもしないお前に、スノーラを裏切り者呼ばわりする資格はない!」

「貴様! 言わせておけば!!」

今にも襲い掛かってきそうなミーナを見て、夜光は小声でスノーラに言う。

「俺が言えるのはここまでだ。 あとはお前がなんとかしろ」

「夜光さん・・・」

スノーラは夜光の言葉に勇気付けられ、ミーナにもう一度声を掛ける。

「ミーナ聞いてくれ」

「裏切り者が私に・・・」

「聞けと言っている!!」

「・・・!!」

スノーラの大声に、ミーナは押し黙った。

スノーラはゆっくりミーナに近づきながら語り掛ける。

「私は人間として生きていくつもりだ。 だが人間への憎しみを捨てた訳ではない。

そして何より、お前という家族がいることを忘れたことなどこれまで一度もない」

「ではなぜ、お前は人間として生きる道を選んだ!? たとえひれがなくても、私はお前を支えて生きていく覚悟はあったというのに!!」

「私は、ひれを失ったまま海に戻るのが恐ろしかった。

そのせいでお前を一人にしたのは、申し訳なく思っている。

だが、私は人間として生きてきたことで多くの仲間を得た。

だから私は、自分の選択を後悔していない」

「・・・勝手なことを言うな」

ミーナの顔に、悲しみの表情が浮かび上がった。

ミーナの元へたどり着いたスノーラは、ミーナを強く抱きしめた。

「勝手なのはわかっているつもりだ。 それでも私はもう一度、お前に家族だと認めてほしい」

「・・・スノーラ」

ミーナもスノーラを抱きしめようとした時だった!

突如、海の底から爆発音のような音が辺りを包み込んだ。

「なっなんだ!! いったい何の音だ!?」

パニックになるミーナにスノーラは守るように、抱きしめた手を離さなかった。

「ミーナ! 落ち着け!」

2人の元に、夜光も駆け寄る。

「おいっ!! なんかヤバそうだ!! 急いでここから離れるぞ!!」

「はいっ!!」

そんな3人を、突然海の中から現れた巨大な網が取り囲む。

「なっなんだよ!! この網!!」

なんとか引きちぎろうとするが、力に自信のある夜光でさえ、それはできなかった。

そして次の瞬間、3人に網を通して、強い電流が襲い掛かった。

『あぁぁぁ!!』

3人はそのまま、意識を失ってしまった・・・

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