初仕事編

第6話 ラジオプリンセス

 心界に迷い込んだ夜光と誠児は、ディアラット国の王であり、ホームの施設長でもあるゴウマから、

ホームで働かないか誘われ、夜光と誠児が生きていくため、そして夢のためにその誘いを引き受けた。

それと同時に、ゴウマの娘セリア ウィルテットも新たな再スタートを切ったのであった。



 花見を終えた翌日、2人はさっそく仕事に入るため、ゴウマとと共に施設長室へ向かい、指示を聞くことになった。


施設長室に入ると、ゴウマは自席に座り、2人はその前に直立姿勢で待機する。


「では改めて、2人共ホームへようこそ。 困ったことが合ったら、ワシやスタッフに相談してくれ」


「はい! ありがとうございます!」


「ふぁ~・・・いてっ!・・・ありがとうございます」


 大あくびをする夜光の頭に、すかさず手刀を繰り出す誠児。

幸いその手刀で夜光は目が少し覚めた。



 その後のゴウマは2人にそれぞれ指示を出した。

誠児は午前中は料理系のデイケアプログラムに、午後は球技や競争といったスポーツ系のプログラムにそれぞれ実習生という形で参加することになった。

昨日の花見の席で、不器用ながらも積極的に人と接しようとしたり、困っている人を放っておけない優しさも兼ね備えている誠児を見て、スタッフとして信頼できる人材だと思い、実際にデイケアに参加し、仕事を少しずつ覚えていってもらうことにした。



 夜光はというと、誠児から働いた経験がないことや人と接すること(女性のナンパを除く)が得意ではないということを事前に聞いていたので、多人数と接する必要があるデイケアは夜光にはきついと考え、別の仕事を依頼した。



「「護衛?」」


 予想外の仕事に思わず首をかしげる2人。


「そうだ。実はワシの娘が1週間ほど前からラジオ局に実習と言う形で通っているんだが、最近そのラジオ局の付近で事件があってな」


「事件ですか?」


 ゴウマによると……。


 ここ最近、10代から20代の若者が殺害される事件が発生しているという。

現在わかっているだけでも7名の被害者が出ている。

被害者に直接的な接点はないが、歌手やラジオパーソナリティーなど声を使う職業に就いているという共通点がある。


 ゴウマの娘がいるラジオ局『スマイル局』は多くの人気歌手がゲストに呼ばれるだけでなく、人気のラジオパーソナリティーが数多くいる、ある意味危険地帯。

すでに騎士団(警察と自衛隊を合わせたような組織)が警備に当たっているが安心はできない。


 夜光は「心配なら娘に実習をやめさせたらいいだろ?」と最もな提案するが、ゴウマは複雑そうな顔で首を横に振る。


「それはそうなんだが、娘はラジオパーソナリティーを目指していてな? 今回の実習を楽しみにしていたんだ。それに実習は今日が最終日なんだ。できるなら最後までさせてやりたい」


 ゴウマの親バカな所に「・・・あっそう」と呆れる夜光。


「夜光君、頼む。 娘をそばで守ってくれ。 これは仕事であると同時に、ワシ個人の依頼でもあるんだ」


 軽く頭を下げ、護衛を頼んでくるゴウマの姿勢と、無言で見つめる誠児の視線に負け、嫌そうため息をつきながらこう返す。


「わかった。 仕事を引き受けると言ったのは俺だからな・・・」


「ありがとう、夜光君。 ラジオ局までは案内人と馬車を手配している。

どちらも玄関ホールで待機しているから、至急向かってくれ」


 こうして夜光の初仕事”ゴウマの娘の護衛”が始まったのであった。



 施設長室から出た夜光と誠児はそれぞれ仕事場に向かうことになった。

別れ際に「頑張れよ!」と誠児にエールを送られ、夜光は重い足取りで、玄関へと向かったのであった。



「おっおっ・・・おっおはようございます」


 玄関ホールにやってきた夜光を出迎えたのはセリアであった。

最初に出会ったときは地味目な緑色の服を着ていたにも関わらず、人目を気にしだしたのか、可愛らしいピンク色のドレス風の服を身にまとっている


「もしかして、案内役って・・・」


「はっはい・・・わわ私です・・・あっあの、ばっ馬車・・・」


 挙動不審に手を動かすセリアが馬車を見てあれやこれやと何かを言っているが、”馬車に乗ってほしい”というニュアンスは伝わった。


「とりあえず馬車に乗ればいいんだな?」


 セリアは口元に笑みを浮かべてコクコクと頷き、馬車を指さす。

夜光は馬車に乗り込む際、セリアの耳元に小声で「良い女になったな」と微妙に上から目線にセリアを褒める言葉を吹き込んだ。


「!!!」


 それを聞いた途端、セリアは顔を真っ赤にして、あたふたと動揺してしまった。

それを見た夜光は何かを察したかのように鼻で笑うのであった。



 馬車の発車と共にセリアの話をゆっくりと聞き出した。


今回護衛するのはセリアの姉である”セリナ”。

妹のセリアと違い、かなり明るく社交的だという。

案内役はセリア自身が立候補したようだ。

実習であまり話すことができなかった姉に会いたいという理由もあるが、ずっと引きこもり気味であった自分を変える良い気分転換であると思っての行動でもある


 それを聞いたゴウマはセリアの決意を尊重し、そばに夜光もいるということで、許可したという。


 馬車に揺られてから1時間後、夜光とセリアはラジオ局に到着した。

下から見ると、まるで天まで昇れそうなそのラジオ局の上部には、大きく【スマイル局】と書かれている。


 馬車を降りた2人がスマイル局の中に入ると、壁のあちこちに人気ラジオパーソナリティーのポスターが貼られ、周囲にはいくつかスピーカーが取り付けてあり、そこからラジオが流れてきた。


『続いては、3分間の体操コーナー!。

今回はウサギ体操です。みなさん元気良くどうぞ!・・・ウサギ体操第一~』


「・・・ん? 何かどっかで聞いたような」



 夜光の耳に聞いたことのあるメロディーが入ってきた。

思わず足を止め、メロディーが流れてくるスピーカーの1つを見上げる夜光。


『いち!にっ!さん!しっ! いち!にっ!さん!しっ!。 腕を回す運動~! いち!にっ!さん!しっ!』


 それは、おそらく誰もが1度はしたことのあるラジオ体操であった。

名前が変更されているだけで、実行するストレッチの内容やメロディーはそのままの丸パクりであった。



 体操は2分で終了し、スピーカーから再びラジオパーソナリティーの声が流れる。


『いや~、この体操、簡単なのにかなり運動になるって評判なんですよ!? しかも、この体操を考案したのは、あの有名なウサギ、きな子様なんです!機械技術だけでなく、こんな体操まで考案するとは、これも才能なんですね。 羨ましいです!!』


「(異世界じゃ、著作権もへったくれもないな・・・)」


 もろパクリのラジオ体操をこれでもかと褒めるパーソナリティーに、夜光は憐れみを感じた。



 気を取り直し、2人は受付でセリナのいるスタジオの場所を聞くと、親切な受付の男性がスタジオまで案内してくれた。



 案内されたスタジオでは、数名の若者たちが台本を音読して、個人リハーサルをしていた。

セリアがスタジオ内をざっと見渡すが、姉の姿はないというので、スタジオの隅にある椅子に座って待つことになった。



 スタジオに来てから10分後、スタジオにいた若者達はどこかへ行ってしまい、気付けば誰もいなくなっていた。

待つことに慣れていない夜光の貧乏ゆするが激しさを増していき、少し怒った声音でセリアに宣告する。


「・・・あと3分で帰る」


「は・・・はい」


 セリアはイラついた様子はないが、人が出入りするラジオ局にいるせいか、落ち着きがないように感じる。


 「あれ!? セリアちゃん!?」


 突如2人のいた場所からちょうど向かいにあるドアから現れたピンク色のロングヘアーの明るい少女がセリアの名を呼んだ。

少女はセリアの方へ一直線に走ると「会いたかった~!」とセリアに抱きついた。


「おっお元気そうですね。お姉様」


 少女の熱い抱擁に若干、戸惑うセリアを横目に夜光は少女に尋ねた。


「お前が姫様の姉ちゃんか?」


「そうだ・・・よ・・・」


 

 少女が夜光の方を見た瞬間なぜかこわばった表情で固まってしまった。


「おいっ、どうし・・・」


「いやぁぁぁぁ!!」


少女はまるでお化けでも見たかのような悲鳴を上げ、腰が抜けてしりもちをついた。


「なっなんだよ!いきなり」


 少女はお化けでも見たような半泣き状態で震る唇をゆっくりと動かした。


「あっあの! 私、お金はあんまり持ってません!」


「・・・はい?」 


「おっお姉様……」


 セリアになだめてもらい、少女はようやく普通に口が効けるようになった。


 どうやら夜光の顔や雰囲気でチンピラか盗賊がカツアゲしに来たのだと勘違いしたようだ。

幸い、少女の悲鳴で人が集まることはなかったが、また悲鳴を上げれると面倒なので、夜光はすぐさま事情を説明した。



 誤解が溶け、少女が夜光に自己紹介をしてくれた。


「はじめまして! 私はセリナ ウィルテット。

セリアちゃんのお姉ちゃんで、ラジオパーソナリティーを目指しています!

"おじさん"は?」


「おっ……おじさ……」


 セリナの何気ない呼び方が夜光の胸をえぐるように貫いた。

あまりの痛みに夜光は胸を抑えて膝をついたほど。

とはいえ18歳のセリナから見れば34歳の夜光はおじさんとしか見れないのは必然。

だが呼ばれ慣れていない男からすれば、これほど不名誉な呼び方はない。


「おい姉ちゃん……よく聞け。 俺はまだ34歳……世間から見ればまだお兄さんだ。 だから二度と俺をおじさんなんて呼ぶな……いいな?」


「はい(……顔が怖いよぉぉぉ)」


 相手が一国の姫君でなければ、襟を掴んで大声で怒鳴り付けていた。

それをどうにか堪え、無理やり作った笑顔でおじさん呼びを禁ずるが、セリナからすれば強面の笑顔など般若より恐ろしく見える。


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「俺は時橋 夜光。 一応肩書きはホームのスタッフになっている」


「こっこれからよろしくね! お……兄さん」


「……」


 何事もなかったことにして、改めて自己紹介を交わす夜光とセリナ。

どことなくぎこちない2人に声を掛ける勇気が出ず、ただただ震えるセリアの背後から再び明るい声が響き渡る。


「あっ! セリナちゃんこんな所にいたの?」


 声のした方に3人が目を向けると、黒いショートヘアをしたおとなしそうな少女が駆け寄ってきた。


「セリナちゃん。大事な台本忘れちゃダメだよ」


「あっ!ごめんごめん。わざわざ届けてくれたの?」


「うん。セリナちゃんが困ってるかなと思って」


「ありがとう!!マナちゃん!」


「気にしないで……!!」


 台本を届けることができた少女が安堵すると、ふと夜光と目があった。


「……? なんだ?」


少女の顔が青ざめ、おそるおそるセリナにこう尋ねる。


「・・・セリナちゃん。 お金借りたの?」


「えっ?」


 今度は借金取りに見られた夜光。

この日を境に、しばらく鏡を見る習慣がついてしまった。



 2度目の誤解が溶けた所でセリナが少女を紹介した。


「えっと。 この子はマナちゃん。 この局でお友達になって、いつも一緒なんだ」


 紹介されたマナは恥ずかしそうに軽く頭を下げて「はじめまして」とだけ言った。

続いて夜光とセリアの紹介。


「マナちゃん。 この子が妹のセリアちゃん。

こっちの男の人はさっき知り合った・・・えっと・・・」


 夜光の名前を忘れたようで、目線で「名前なんだっけ?」とあろうことか本人に尋ねる。


「俺は時橋 夜光だ。 1回で覚えろ!」


 セリナは「ごめん! もう忘れないから!」と 小さなメモ帳に夜光の名を書き留めた。



 紹介を終えた後、4人はこの後どうするか相談するため、近くの休憩スペースに移動した。

セリアとセリナとマナの3人は設置されている椅子に向かい合うように座った。

夜光は3人から少し離れた所にある灰皿スタンドのそばに座り、たばこを吸っていた。

「それで、結局セリアちゃん達は護衛をするの?」

「それは・・・」

セリアは「どうしましょう?」と言わんばかりに困惑した顔で夜光に視線を送る。

夜光は嫌そうに「仕事だからな」と護衛をする意志を見せた。


「わかった! せっかくここまで来てくれたんだしね。 じゃあ護衛よろしくね。”おじさん”」

「ぐっ!!」

この時、夜光の心に”おじさん”という言葉が刺さり、手に持っていたタバコを落としてしまった。

夜光は落ちたタバコを灰皿スタンドに捨て、怒りを込めた拳を握る。

「おい! 俺は”おじさん”じゃなくて”お兄さん”だろ?」

「あっごっごめんなさい・・・お兄さん」

冷や汗を流しつつ、失言を謝罪するセリナ。

だが夜光は34歳で、セリナは18歳。

普通に考えると、セリナが夜光をお兄さんと呼ぶのは少し無理があるように思える。



 「セリナちゃん。そろそろスタジオに集まる時間だよ?」

腕時計を見たマナがそう言うと、セリナは「あっ!そうだった!」と慌てて立ち上がる。

セリナは夜光とセリアに両手を合わせて「ごめん!私これからスタジオに行かなきゃならないの!お昼には終わるからお昼にまたここに集まろ!」とだけ言うと、マナの手を掴みスタジオの方へと走って行った。



休憩スペースから飛び出したセリナとマナが来たのは、実習生用のスタジオだった。

実習生用と言っても設備はかなり本格的だ。

スタジオ内にはすでに多くの実習生たちが、台本の音読や発声練習と言ったウォーミングアップを行っていた。


それから間もなくしてスタジオに40代のひげを生やした男が入ってきた。

その男はトーンと言い、スマイル局で最もラジオパーソナリティーの経験が長い男だ。

彼が今回の実習生の先生役だ。

実習生たちは、トーンが入ってきた瞬間すぐさま整列し、元気よくあいさつした。


「「「「おはようございます!!」」」」


 トーンも実習生たちに労いの言葉を掛ける。


「あぁ。おはよう。 今日は実習最後の日です。みなさんこれまで学んだことをしっかり頭に入れ、自分らしい放送をしてください」


「「「「はい!! よろしくお願いします!!」」」」


 実習最終日の今日、実習生達は本物のスタジオで実際にゲストを迎えてトークをする、言うならばラジオパーソナリティーのテストを受けることになった。


手順はまず、実習生達が1人ずつ順番に収録部屋で本番さながらに話す。

その声はトーンと待っている実習生たちがいるスタジオにあるスピーカーだけに流れるようになっているが、トーン以外にもベテランパーソナリティーがチェックしているので、安心はできない。


最初はマナ。


 先ほどのおどおどした感じが嘘のように消え、明るく元気にパーソナリティーを務めた。

ゲストとの会話も弾み、途中で流れる曲の紹介も完璧だった。

放送を聞いていたトーンやほかのパーソナリティー達も終始ニコニコしていた。



次はセリナの番だった。


 セリナは収録部屋に入り、緊張しているらしく、何度も深呼吸をしていた。


『おはよう!!みんな!! 今回パーソナリティーを務めるセリナ ウィルテットです!!よろしくね! じゃあ今日のゲストさんを呼んじゃうね! どうぞ!」


ゲストを迎え入れるところまではよかったのだが……。


『えっと・・・歌を歌うことで大切にしていることはなんですか?』


『えっ?(この質問4回目なんだけど・・・)』


何を話せばいいかわからず、同じ質問を繰り返したり……。


「えっと・・・お名前なんでしたっけ?」


「・・・」


 終盤辺りでは、あろうことかゲストの名前を忘れるという失態を犯してしまった。



 放送が終わり、セリナが部屋から出ると、ベテランパーソナリティー達や実習生達が難しい顔していた。

特に何も言われなかったがその表情の意味は嫌でもわかった。

その後、ほかの実習生が次々にパーソナリティーを務めている間もセリナは先ほどとは一変して、暗い表情を浮かべていた。


 そして、無事に全員終わると、トーンが再び実習生たちを整列させる。


「みなさん。お疲れ様でした。お昼休憩に入ってください。午後は自由放送を行いますので再びここに集合してください」


「「「「はい! ありがとうございました!」」」」


 午前の実習が終わり昼休みに入ったセリナはマナと共に夜光とセリアの待つ休憩スペースへと向かった。

その道中、セリナの表情はどこか曇っていた。



 休憩スペースに行くと、セリアは設置されているソファに座って読書をしていた。

夜光はセリアが座っている椅子とは別のソファで寝転んで熟睡していた。

セリナとマナが戻って来ると、セリアは寝ている夜光をそっとゆさぶり起こす。


「・・・なんだよ?」


 寝起きで機嫌が悪い夜光にセリナは笑顔で「今からご飯食べに行くんだけどお兄さんもどう?」と誘う。


「・・・おごってくれるなら行ってもいい」


「いいよ? ずっと待っててくれたもん、今日は私がおごるから!」


 厚かましくも女におごってもらおうとするプライドのかけらもない夜光にセリナは優しく了承した。

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