第4話 過去と今

 障害者のための施設【ホーム】へと訪れた夜光と誠児。

そこで施設長をしているディアラット国の王、ゴウマウィルテットと出会った。

ゴウマは人と接することに苦手意識を持っておる娘セリアウィルテットのことで悩んでいた。

どうにか彼女の心を開けるようにと、誠児が話をしてみるが、それは逆効果のようで、結果的にセリアを疲れさせてしまった。


 医務室に来たセリアは、医師に許可をもらった後、ベッドの上で横になった。

ぼんやりと天井を見つめていると、少しずつセリアの目は閉じていき、そのまま眠りについた。


 眠ったセリアの脳内で、再生された光景は、彼女自身の忌まわしい記憶であった・・・。



 子供の頃からコミュニケーションが苦手だったセリアは、通っていた学び舎やプライベートでも、人を避け、遊んだり話をしたりする友達はほとんどいなかった。

セリアの通っていた学び舎は、王族や貴族といった身分の高い者、または何らかの才能がある子供のみが通えるエリート養成所であった。


 周りの人間はコミュニケーションが苦手という概念がよくわかっていなかったため、一国の姫である立場を鼻に掛けて、下々の者とは話したくないのだと周りから誤解されていた。

だがセリアは容姿が良い上、成績優秀、護身のために身に着けていた剣術の腕もずば抜けているため、先生の評価は高かった。

そのことで同級生はセリアを嫌味な女だと煙たがっていた。


 特にその傾向が強かったのは、同級生の女子。

セリアのコミュ障な態度が気に喰わないのもあるが、彼女らが特にイラつく原因になったのは、セリアの幼馴染の”ゼロン”であった。

幼い頃に家族が行方知れずとなったゼロンをゴウマが引き取り、ウィルテット家の使用人として迎えられた。

だが使用人という肩書きでも、ゴウマは我が子のように可愛がっていた。


「あの・・・えっと・・・ゼロン」


「セリア、焦らなくていいよ、ゆっくり話して。 僕はイライラしたりしないから」


「あっありが・・・とう・・・」


 コミュ障で、家族と使用人以外の人間と話すことが苦手であったセリアに対しても、ゼロンは唯一優しく接してくれた。

セリアにとって、ゼロンは気軽に話せるたった1人の友達であった。



 ゼロンは学び舎では成績優秀、特に機械に関しては天才と称されるほどの技術を持ち、運動神経も抜群で人当たりも良く、おまけに美形。

女子からすれば、完璧な美少年。

ゼロンに憧れを抱く女子は後を絶たなかったが、ゼロン本人は全く相手にしなかった。

その理由は、セリアに対する友達以上の感情・・・初恋であった。


 「セリア。 僕はずっと前から君のことが好きだった。 どうか僕と付き合ってください!」


 ある日、気持ちを抑えきれなくなったゼロンが学び舎でセリアに告白した。


「ごっごめんなさい、ゼロン」


 家族のような存在であるゼロンを異性として見ていないことと、まだ子供であった故に恋愛に関して、あまり理解できていないという理由で、セリアはゼロンの気持ちに応えることはできなかった。


「いいんだ。 気にしないでくれ」


 それでもゼロンはセリアと友達でいてくれたので、2人の関係が壊れることはなかった。

しかし、ゼロンがセリアに告白した瞬間を同級生の1人が目撃し、それが学び舎全体に伝わってしまったことが悲劇の始まりだった。

一部の女子に人気なゼロンが、嫌みな女であるセリアに告白し、あろうことかそれを断る。

彼女達にとって嫌味な女であるセリアが、王族である上にイケメンな幼馴染までいることが、かなり気に入らなかった。


 最初こそ、無視や物を隠すといった嫌がらせじみたことが多かったが、影からゴミを投げつけられたり、足を引っかけて転倒させたりと、嫌がらせは徐々にいじめへと変わっていった。

普通に考えれたら、一国の姫であるセリアをいじめるなんて下手をすれば極刑になるかもしれないが、セリア自身が人と話すことを避けている上、証拠もないので、いじめがあったことを証明することができない。

しかし、そのような境遇になっても、セリアは誰にも相談しなかった。

当時、両親はホーム建設に勤しんでいたため、2人に迷惑を掛けたくないと気を使ってしまったのだ。

ゼロンも、夢であった機械技術師としての道が見えてきた大事な時期であったため、相談なんてとてもできなかった。



 そして、いじめが始まってから4ヶ月が経ったある日。

セリアのクラスは、卒業記念のための絵を書いていた。

セリアの通っていた学び舎は14歳で卒業し、その思い出を残すために、クラスで絵を書いたり、物を作る風習がある。


 クラス全員が協力し合って、大きな紙にのどかなお花畑をみんなで楽しく書いていた。

だがセリアだけは、絵を描かずに、絵を描くのに必要なペンや絵の具を準備したり運んだりと雑用のような仕事1人でやっていた。

ほかの同級生たちは絵を描いたり思い出話をしたりするのに夢中で、誰もセリアに手を貸そうとはしなかった。

初めはセリアも少しだけ絵を描いていたが、女子グループに邪魔者扱いされるため、絵を描くことを諦めたのだ。

後片付けもいじめを行っている女子グループに押し付けられる形で、セリアが1人で行ってるが、女子達がわざと絵の具をこぼしたり、片付けたペン等を散らかしたりして、セリアの仕事を増やし、セリアをこき使っていた。



 ある日、遅くまで学び舎に残り、教室で後片付けをしていたセリアを見かけたゼロンが「大丈夫?」と声を掛けながら、手伝ってくれた。

それ以降もゼロンはセリアの雑用を手伝ってくれたが、セリアだけが雑用をしている現状を見てゼロンは「みんなからいじめられているの?」と尋ねる。

だがセリアは無理やり笑顔を作り「そんなことはありません」と答えた。

だがゼロンは気付いていた、それがセリアの嘘だということに・・・。



 翌日の昼、絵がほぼできあがり、あとわずかで完成するところまできていた。。

クラスのみんなは昼食に行き、セリアは女子全員に、絵を描く準備をするように言われ、一足先に、絵のある教室で作業をしていた。

ところが、早めに昼を済ませて戻ってきた女子グループが「準備にいつまでかかってんの!?」、「絵の具で汚れた床もきれいにしておいて」とまるでセリアを奴隷のように扱う女子達。


「はっはい。 申し訳ありません」


 長らくひどい扱いを受けてきたせいで、女子達に逆らうことができなくなったセリア。

女子グループに蔑まれながら、絵の具を運んでいたその時であった。


「きゃ!」


 セリアが転倒してしまい、手に持っていた絵の具が絵に大きくかかり、絵は台無しになってしまった。

女子グループはセリアを囲むように集まり、セリアが逃げられないようにした。


「テメェ! どうしてくれるんだよ!」


「あたし達の努力をぶち壊して楽しい訳? 頭イカれてんじゃない!?」


 次々と飛び交う罵倒に、セリアは「ごめんなさい」と涙ながらに謝罪を繰り返す。


 最悪なことに、そこへ昼食を終えたクラスメイトたちが戻ってきた。


 全員、絵の具で台無しになった絵を見て茫然とし、そこへ女子グループの1人がセリアを指してこう言う。


「この女がやったのよ! こいつ、あたしらが雑用任せていたのが気に入らないからって、絵を台無しにしたのよ!!」


 もちろんこれは真っ赤な嘘。

しかし、ほかの女子達もそう主張している上、セリア自身は怖くて謝るだけなので、全員その主張を信じてしまい。セリアを責め始めた。


「ひどい! 雑用が嫌だからって、こんなことするなんて・・・」


「最低女!!」


「俺達の絵を返せ!」


 女子グループだけでなく、クラスにまで罵声を浴びせられるセリア。

だが実は、セリアは不注意で転んだ訳ではない。

実はセリアが絵の具を運んでいた時に、女子グループの1人がセリアの足を引っかけたのだ。

両手いっぱいに絵の具を抱えていたため、セリアは足元が見えなかったのだ。

しかし、クラス全員から責められている中で、その事実を告げる勇気が出ず、ただただ泣いて謝罪することしかできなかった。


 そんな中、女子グループの1人が、「はい、罪人は死刑~」と戸棚に入れていた絵の具をセリアの頭からぶっかけた。

絵の具でセリアの髪と服がぐちゃぐちゃになり、それを見て教室中に大きな笑い声が響いた。

数名の男子は「一国の姫にこんなことして大丈夫なのか?」と自分達の身を案じたが、女子グループから「黙っていればバレない」、「証拠はないからとぼけられる」という声があがり、クラスメイト全員は安堵と共にセリアへの怒りを露わにした。


 女子グループを筆頭に、クラスメイト達は次々と戸棚にある絵の具をセリアに掛けていった。

絵の具を浴び続け、みすぼらしい姿となってしまったセリア。

囲まれているため逃げることはできず、まだ昼休み中で、ほかの生徒や教師は食堂で昼食を食べているので、セリアが責められていることに気づく者はいない。


 「うっ・・・うっ・・・」


溢れる涙を抑え、身を守るように手で頭を守る態勢を取るセリア。

「(いっそこのまま死んでしまいたい・・・)」

セリアは身も心もすでに限界だった。


 絵の具が尽きると、女子グループの1人がセリアの髪を掴んで顔を無理やり上げさせる。


「おい、最低女! これで終わりじゃねぇぞ! 次は男子全員に奉仕して詫びろ!」


 その言葉を合図に、いやらしい笑みを浮かべた男子達が一斉に服を脱ぎだした。

これから何をされるか、セリアには見当がついていた。

だがすでに気力を失い、逃げることも抵抗することもできなかった。

周りの女子達は、にやにやとセリアが犯されることを今か今かと待ちわびているようであった。

その上、女子の1人が口封じのためにカメラでセリアの現状を撮影していた。


「ひひひ」


 いやらしい笑みを浮かべる金髪の男子がセリアの腕を掴んだその時であった!


「がはっ!!」


 突然部屋に響いた銃声と共に、金髪の男子は頭を撃ち抜かれ即死した。


「ひぃ、ぜっゼロン!」


 ロン毛の男子が腰を抜かして、刺した男の名を呼ぶ。

実は、セリアの身が心配になったゼロンは、昼食を早めに済ませて、セリアの教室に来ていたのだ。

そして、ドアの影に隠れてセリアがいじめを受けていた場面を目撃したのだ。

愛するセリアが絵の具塗れにされた上、男達の慰み者にされようとしている。

ゼロンにとって、それが何より許せず、護身用に持っていた自作の銃を握りしめていた。


「ひっ人殺し!!」


 恐怖のあまりその場から逃げ出そうとする女子生徒であったが、ゼロンは銃口を向け、ためらいもせず女子を撃ち殺した。


 クラスメイトが2人も目の前で殺されたことで、クラス全員がパニックとかし、その場から逃げようとドア走った。

だがドアの鍵が壊れており、開くことができない。

ゼロンがクラス全員を逃がさないために、教室に入る際に鍵を常時していた工具で壊していた。

天才的な技術力のあるゼロンだからできる芸当である。


 必至にドアを開けようとするクラスメイト達に、ゼロンは何発もの銃弾を浴びせる。

さらなるパニックにより、「助けてぇぇぇ!!」と発狂しながら教室内を逃げ回るクラスメイト達。

窓から飛び降りて逃げる者もいたが、飛び降りた際に足を骨折し、上からゼロンに射殺された。


「ごめんなさい! セリアを責めていたことは謝るから!!」


「おっ俺達が悪かった! だから許してくれ!!」


 中にはセリアへの仕打ちを懺悔し、土下座して詫びる者もいたが、ゼロンは聞く耳を持たず撃ち殺した。


「・・・うっ!」


 クラスメイト達に責められ、意識が朦朧としていたセリアが我に返り、辺りを見渡す。


「!!!」


 セリアの目の前に広がっていたのは、部屋中血まみれの教室と、クラスメイト全員の死体。

そして、全身を血で染め、茫然と立ちすくんでいるゼロンがゆっくりとセリアの元に歩み寄る。


 「セリア。 大丈夫だったかい? ごめんね、助けるのは遅くなってしまって。 でも安心して。 セリアをいじめていた奴らはみんないなくなったから」


「ぜ・・・ろん・・・」


 申し訳なさそうに謝罪したかと思えば、笑顔でクラスメイトをみな殺しにしたことを告げるゼロンに対し、セリアは背筋が凍りついた。


 そのすぐ後、銃声を聞きつけてやってきた教師たちがドアを破って教室に入ってきた。

その惨状に教師たちは震えながらも、血まみれで銃を所持していたゼロンを取り押さえた。

ゼロンは抵抗することもなく、満足そうな笑みを浮かべてセリアにこう言う。


「愛してるよ。 セリア」


 そしてゼロンは教師達の手で騎士団に突き出され、セリアもこの日を境に学び舎を去った。


 後日、全く反省の色を見せないことと、殺された生徒たちの遺族の要求で、ゼロンは死刑となった。


 それ以降、心に深い傷を負ったセリアは自室に引きこもりがちになった。



「・・・夢?」


 悪夢から覚めたセリアが窓を見ると、すでに夕暮れとなっていた。

夕日に照らされたセリアの頬には一筋の光が流れていた・・・

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