鬼神伝 赤鉄
こたろうくん
第1話
夜の街に瞬く一閃の連続。
一つ、二つ。三つ四つ五つ。
切り裂くは無情なる世に救われぬ魂をさ迷わせし異形のもの。人はそれを無縁衆生と言う。
異様に痩せ細りながらも灰色に沈む鉄のように頑強な皮膚を持ち、枯れ木のような一見頼りないひ弱な四肢を振るえばか弱い人はちぎれ飛んだ。
しかし今はそれら無縁衆生こそが切り裂かれ捨て置かれては土へと還って行く。
「マジで数多い、ガチで。こりゃマジ禍宴でちげーねえってホントガチ。ヤベーよヤベー」
憐れ無縁衆生となった魂は滅する他に術は無く、そしてそれを果たすのが
闇夜に沈む紺のアーマーをネオンの光で輝かせた兵士の一人が手にした刀を鞘へと納め、そこに充填されているエレメントに刀を浸し浄化を行いながら言う。
その言葉は無線で他の兵士たちにも届いており、刀の浄化を行う隙を別の同じアーマーを纏った兵士が補う形で迫った無縁衆生を切り捨てた。
「禍宴てそりゃトーゼンでしょ、おバカ。おい、ムサシ。早いとこ決着つけてくれ。もうもたねーぞ」
浄化を終え、再び抜刀し構える兵士二人。無縁衆生の群れはそれを取り囲み、じりじりと迫りすり潰す時を数える。
兵士の内、ぶっきらぼうだが女の声で喋るそれが発した声は見えざる波となり夜の東京を駆け抜ける。
路地を抜け、ビル街の谷間を越えて、やがて舞い上がり夜空へ。瞬く星の内、人が打ち上げたる輝きへと到ったそれは再び地上へと舞い戻る。
――そこは高層ビルの屋上、ヘリポート。
そこでは他の兵士たち同様、紺色のアーマーを纏ったものが一人。しかしその者は一瞬たりとて足を止めること無く、その両手に握り締めた大小二振りの剣は煌めくことを止めずにいた。
スーツの至る箇所には陥没や裂傷が見られ、特に傷の深い箇所からは内部構造に問題が起きているのかぱちぱちとスパークを起こす光が見ることが出来た。
「――理解している。
スパークによる光の帯を流しながら、スーツによるパワーアシスト。それにより重いアーマーを纏いながらも軽快さを損なうことの無い対捌きで二刀を振るう兵士。
ぎんっ、とそれを弾く音が響くと共に放られる小太刀。しかして、“ムサシ”と呼ばれたそれは左足を差し出し、残る一太刀を上段、八相に近しい姿で構えた。握り締めたる右手、添えたるは左手。
アーマーを装備するインナーたるマッスルスーツの硬化機能により右手首を固定したそれは、バイザーの奥に控える双眼に力を宿し、睨む。
「俺は、
ちえやああっ。撤兵の気合いの籠もった雄叫びが、ヘルメットの遮音措置すら突き破り轟いた。
腰を入れ、右足と共に構えた剣を右肩、右手にて放る勢いで振り下ろす撤兵。投球にすら通ずるその打ち込みの勢いたるや凄まじく、例え不浄が溜まる剣と言えどもその威力、岩をも断つほどである。
その一太刀を受けるは今宵、無縁衆生が宴を催せし元凶。その名も“落胤”。
この世に生を受けながらも、産まれ出でる事の叶わなかった哀れなる赤子の魂。穢れ、肥大し、爛れたその救われぬ魂が無縁衆生となった姿。
痩せ細り、その他の無縁衆生と同じく灰色の体色をした女体。反り返り仰向けになった体を捻れ曲がった四肢が持ち上げるその異形の股座。腹部まで大きく引き裂け、ひだの垂れ下がった赤黒い“ほと”から姿を覗かせるのは、まるで水死体のようにぶよぶよにふやけ膨れ上がった胎児である。
落胤は今まさに撤兵の振り下ろせし一撃必殺の太刀を受けようとしていた。そして撤兵は当然、無縁衆生相手に容赦はしない。例えそれが本来何の罪も無い魂であったとしても。これを救う術は無いのだから。
その一閃は落胤の硬い肌を容易く切り裂いた。甲高くも歪な女の悲鳴のような声を発し、落胤はその体を真っ二つに叩き割られた。
「なっ、しまった」
しかし撤兵の口から出たのは歓喜の言葉では無く、驚きや己の不甲斐無さを呪うかのような癇声であった。
彼のその声を聞き、通信したままであった地上で戦う女兵士の疑問の言葉が飛んだ。
撤兵は外界からヘルメットにより隔絶された顔に無数のしわを寄せ、奥歯を噛み砕かんほど歯噛みをした。
繰り返される女兵士の声に、ようやく撤兵はその歯噛みを解いて答える。
「――すまん。落胤を逃した。斬ったのは、母体だ」
その返答に女兵士はただ冷えた声で「マジかよ」 とだけ。
「それってガチヤベくないスか。落胤ってェ、テキトーな女にテメー孕ませて母体にしちゃうんしょ。ピンチスよ。世の女チョーピンチスよ。ヤベーパネェ~。どうすんスか、どうすんスかパイセン。ヤベースよ。主にパイセンがパネエヤベエスよ」
しかしまるで空気など読まずに、女兵士と共に居た若い声の兵士が薄情な調子で言う。女兵士が彼を咎めるが、撤兵は間違っていないと告げる。そして――
「お前たちはその場を撤収。本隊へと合流し、落胤逃走を知らせるんだ」
それは保身無き指示であった。「ウス」 と即答する若い兵士であったが、女兵士はそれを止めようとする。だが撤兵は引かなかった。
「自分のケツは自分で拭う。それよりも、一刻も早く落胤を捕らえ、滅さなきゃならん。この街の闇に紛れてでは、総出でなきゃそれは無理だ。急げ」
女兵士が撤兵はと問うと、彼は自分も落胤を追うと告げる。
「あー、パイセンもワルッスね。そう言って逐電しちゃうんだ~」
その言葉の後、女兵士の怒号と共に鈍い音が通信機から撤兵の耳に届き、二人からの通信は途絶えた。
撤兵は無縁衆生の血で穢れに穢れた己の二刀。手放してしまったそれも回収を果たすとその二振りを浄化装置たる鞘へと収め、そして屋上の縁へと立つと広大な東京の夜の街並みを見下ろす。
「ケモノ生活もこれで最後か――不肖、撤兵。いざ、参る」
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