結婚初夜のデスループ〜脳筋令嬢は何度死んでもめげません〜

焦田シューマイ

第1話ループ0-1



 教会の天井は恐ろしく高く、壁一面には花弁を敷き詰めたようなステンドグラスがはめ込まれていた。入り口から祭壇までの回廊は、赤、白、緑、様々な色に照らされ宝石のように輝いている。


 ここを私が歩くの?


 現実感がなくて隣に立つ父様を見上げると、「キョロキョロするな」と叱られた。


 ここは聖ホルティア教会。国内でも屈指の歴史と華美を誇る古い建造物で、昔から高貴な人々はここで結婚式をあげるのが慣例になっている。

 観光地としても有名で、普段は世界中から多くの観光客が押し寄せてくるらしい。私も死ぬ前に一度くらいはここのバラ窓を拝んでおきたいなあとは思っていたものである。

 けど今は、暢気に中を見て回る余裕はない。


 何せ、今日は私、カトレア・バルトとクリュセルド・ヴラージュ公爵閣下の結婚式なのだから。


 回廊の奥——主祭壇には、既に司教様と公爵様が立って私を待ち構えていた。


「もたもたするな」


 また父様が厳しい声で言う。結婚式の日くらい、優しくしてくれてもいいのに。

 ……と考えつつ私はスタスタ歩く父様の横をついていく。憧れのバージンロードなのに、何故か情緒がない。

 主祭壇に到着すると、父様は私を置いてさっさと脇に移動する。代わりに新郎である公爵様が、私の手をとった。

 

 滑らかな銀髪に、透き通るような碧眼。ちょっと怖くなるほど整った綺麗な横顔。

 彫刻のような公爵様の美貌を間近で見て、私の口から「ほう」と変な息が漏れてしまう。


 この超絶に麗しい公爵様を拝見するのは、これで2度目になる。ちなみに1回目は今日の朝。

 そしてこの人との結婚が正式に決まったのは4週間前。いくらなんでも急すぎじゃないかって? 私もそう思います。


 一族郎党全員武人という、ややバーバリアンなバルト家に、公爵家から縁談が持ちかけられたのは更に遡ること約1ヶ月とちょっと前のことだった。

 理由はよく分からない。ただ、ある日突然父様に呼び出されて、「お前ヴラージュ公爵と結婚したいか?」と聞かれたから、「はい」って答えたら結婚が決まった。式の日取りも決まっていた。


 我がバルト家は貴族といっても地方の弱小子爵家で、資産はないし、特別格のある家というわけでもない。故に、貴族として私と結婚するメリットなんてあまりない。だから、いつか結婚するにしても、相手はバツ2くらいの子持ちおじさん貴族だと思っていた。

 そこに華麗な若き公爵様との結婚話が転がり込んで来たら、誰だって二つ返事でOK出しちゃうよね。


 ただ、肝心の公爵様はこの結婚に乗り気ではないようだった。今日初めて会ったとき、公爵様は私と目も合わせようともせず、眉間に皺を寄せて険しい表情をしていた。

 私が話しかけてもろくに返事すらしない。たまに「ああ」とどうでも良さそうに返事するだけ。

 お陰で舞い上がっていた気持ちはすっかり萎んでしまった。

 

 だがイケメン無罪とはよく言ったものだ。

 冷たくあしらわれちょっと傷ついたにも関わらず、再び公爵様の隣に立つと、不覚にも胸がどきどき高鳴った。


 普段、パンツ一丁で自慢げに筋肉を晒しながら家の中をうろつく兄様たちを見慣れているせいだろうか。まるでおとぎ話の王子様のような公爵様の姿は、乙女心をチクチクと刺激してくるのだ。


「新婦よ、誓いますか?」

「はい?」


 急に話しかけられて、つい間抜けな声が出てしまう。

 気付くと、司教様が私のことをじっと見ていた。隣の公爵様も、「こいつなにしてんだ」って顔で私を見下ろしている。


 どうやら誓いの言葉の順番が回ってきていたらしい。物思いに耽って全く聞いていなかった。


「はい、誓います!」


 とりあえず元気に答えておく。


「はい、では誓いのキスを」


 なんだか面倒くさそうな言い方だ。さっさと終わらせてくれ、と司教様の心の声が聞こえてくるようだった。


 私は隣の公爵様を見上げる。冷たい美貌が、ちっとも嬉しくなさそうにしながらこちらに近づいて来る。


 ちゅっ


 ……あら?

 

 唇に感触がない。頬が少しぷにっとしただけ。

 誓いのキスにもかかわらず、公爵様は私のほっぺたに軽くキスをしただけで済ませてしまった。

 あー……。これはちょっと傷つく。


「それでは皆様、この2人に祝福の拍手を」


 司教様の言葉に、まばらに立つ参列者たちがおざなりな拍手を始める。

 振り返ると、難しい顔をした父様と、その隣で欠伸を噛みしめるハルトリス兄様の姿が目に入った。



 ——こうして、なんだか残念なかんじで、私の結婚式は終了するのだった。

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