神様のいない街
とーご
第1話 職業は神様代理
この街には神様がいない。
彼が殺した。
殺してしまった。
だから彼、
「こいつは酷いな……」
そこは人通りの多い大通りから少し離れた路地裏であった。
備え付けられた室外機から出た生温い風が 鳴継の体を撫でる。
鼻腔を突くようなアンモニアの刺激臭と、鉄の匂いがする生暖かい風を掻き分けるように進むとその奇妙な遺体が横たわっていた。
それはもとは人間であったモノだろうが、今はその面影も残していない。
弾けたように花開く頭部は脳漿を壁にこびりつかせ、まるで体内を食い破ったかのように腹部から内臓が床に投げ出されている。
そこには人らしい形跡なんて欠片もない。赤黒く変色した肉の塊が無残な姿で放置されていた。
アンモニア臭はその遺体の股に染み込んでいる大量の尿が原因であった。
鳴継は眉をひそめつつも、慣れた様子で遺体の状況を調べ始めた。
それは異様な光景であった。
見た目成人もしていないだろう、中肉中背のどこにでもいる私服の高校生といった様子の少年が熟練の刑事でも気分の悪くなる光景を作業的に見つめているのだ。
「衣類の残骸から察するに、多分男性だよな……?」
誰がどう見てもそれは人間が起こした出来事ではなかった。
どんな凶器や方法を用いればこんな残虐な光景を生み出せるのか全く想像が出来ないからである。
「と、なればやっぱりこれは俺の仕事か」
彼が呟くと同時、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動する。
着信だ。
相手は
鳴継の上司のような人物だ。
『現場は見たか?』
「ああ、見たよ。酷いもんだ、写真送るか?」
『やめろ、夕飯が不味くなる。……やはり仕事か?』
「間違いない。こんなの普通の人間に出来るもんじゃないよ」
『普通じゃない人間の仕業かそれとも人間ではないのかの判別は可能か?』
「やってみる」
鳴継は少し意識して現場を視る。
それだけで本来人間の視界には映らない光景が脳裏に刻み込まれた。
大気に含まれる魔力濃度、精霊の数、種類、霊体から思念まで様々な情報がいとも簡単に集まっていく。
それだけ鳴継の瞳が規格外ということだ。
「魔術が使われた形跡はない。精霊術も。固有の特殊な能力でもない。思念が残ってないから悪霊でもない。……でも、微かだけど神気を感じる」
『……最悪だな』
「神が本気で隠せば俺じゃ神気を感じ取れない。隠す気がないならこんな微かな残り方をしないし、眷属とかそこらへんだと思う」
『そこから気配を追えるか?』
「いや流石に――」
鳴継の言葉が途中で途切れる。
背後に気配を感じ取ったからだ。
遺体を背に振り替えると、目の前に少女が立っていた。
『どうした? 何かあったのか?』
「あとで掛けなおす」
『は? おい、鳴つg――』
そうとだけ言い残し、鳴継は香織の言葉を最後まで待たずに通話を切る。
そうしてこちらを睨みつける少女を見た。
見たこともない制服を着ているが高校生だろうか。逆光になっている為、顔は影になってよく見えない。
彼女が一歩を踏み出す。
後頭部で纏めた黒い髪がまるで尻尾のように揺らめいた。
「それをやったのは貴様か?」
凛とした声が路地裏の埃っぽい空気を震わせる。
鈴の音のような澄んだ声だ。
「違うって言ったら信じるのか?」
鳴継は笑いながら言う。
「いや、こいつで確かめるさ」
彼女はそう言うといつの間にか立派な日本刀を握っていた。
先程までは何も持っていなかった右手には抜身の刀が。そして左手には鞘が握られている。
魔力の気配は感じ取れなかった。
鳴継のチートじみた感覚を誤魔化すことは不可能だと断言出来る。
少なくとも人間には。
音もなく。
大気の揺らぎさえも感じさせぬ静けさで。
彼女は鳴継の目の前に現れた。
まるで瞬間移動のような踏み込みだ。
それとほぼ同時、気付けばもう既にその刀は振り抜かれていた。
そんな芸術的とまで称賛出来る剣術の極限を鳴継は冷めた目で眺めていた。
確かに凄い。
どれ程の鍛錬の積み重ねの果てに辿り着ける境地か鳴継は正しく理解していた。
けれどもそれは決して鳴継の脅威にはなりえない。
人間としてどれほどの高みにあっても、彼女は所詮人間の枠を超えてはいないからである。
「は?」
それは間抜けな声であった。
それほどまでに彼女の目の前で起きた出来事はあり得ない光景だったのだ。
振り抜いた彼女の日本刀はその刀身の半ばから折れ、折れた刀身の片割れは鳴継の指先に摘ままれていた。
「どこの達人かはご存じないけど、まだ俺を殺そうなんて人間が残ってたのか」
幾度襲撃されたのか鳴継自身覚えてない程命を狙われ続けた。
その全てをことごとく薙ぎ払って生き残ってきた。
最近は鳴継の強さも安定し、襲撃されることもなくなったのでどこか懐かしさすらある。
車のライトだろうか。一瞬だけ路地裏に光が差し込んだ。
反射する光で彼女の顔がはっきりと浮かび上がる。
驚愕の色に染まって尚、損なわれない程の美しさだった。
雪のようにきめ細かく白い肌、輝くような艶のある黒い髪。
強い意志力を秘めたまっすぐな眼差し。
普段から美少女を見慣れている鳴継でさえ、息を呑む程だ。
「何、者……っ」
「俺は神谷鳴継。この街の神様――」
美少女だったが、鳴継は一切容赦はしなかった。
彼女の額に一瞬だけ触れると、彼女の意識は一瞬で失われた。
そこに抵抗出来るような余地はない。
あまりにも理不尽に一方的に、彼女の意識は刈り取られた。
「――代理だよ」
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