落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。

円城寺正市

第一章 暗緑鋼始末

プロローグ 耐えがたき曖昧

「アンタ、そんなに貯め込んでどうする気だい?」 


 受け取ったばかりの金貨。それを手の中でじゃらじゃらと弄びながら、やたらと煽情的な恰好をした女が問いかけた。


「どうもしやしねぇ……こいつはただの境界線。それ以上の意味はねぇ」


 少年は女の口元の小さな黒子ほくろに惹き付けられていた視線を逸らすようにして、路地裏の四角く切り取られた空を見上げる。


「ああ、そうだ。それ以上の意味はねぇ。それ以上の意味は無ぇんだ。ここからここまでが生き延びて、ここからここまでが死んでいく。それ以上の意味は無ぇんだよ」


 少年は聖堂の生臭教主が唱える胡散臭うさんくさい祈りさながらに、ボソボソと意味がないと繰り返す。


 実際、この『金貨』ってヤツには生き死にの間を分つ、その役目を負わせているだけでしかない。これは行き場の無い金、必要の無い金、生きていく内に沈殿したおりみたいなものだ。せいぜい少年が死んだら、ちょっと豪勢な墓に換わる。その程度の代物でしかない。


 だが、女は何がおかしいのか、少年のその返答をコロコロと笑い、少年は、女が自分の言わんとしていることを、これっぽっちも理解しようとしていないことを鋭敏に感じとって、眉間の皺を深めながら目をつぶった。


「じゃあ……おめぇさんよお、自分の指を見てごらんよ」


 不意打ちのような少年のその問いかけに不思議そうな顔をしながらも、女は大きく指を広げ、手の甲の方から自分の指を眺める。


「で、指がなんだって言うのさ」


 広げた指の間に少年の全身を収めて、女はからかう様に問い返す。紙風船を膨らますかのように気軽な女の口調に、少年はただでさえ酷い猫背を一層丸めて、再び口を開いた。


「なあ、おめえさん、どっからどこまでが指なのか言ってごらんよ。付け根からが指だとか馬鹿なことは言うんじゃねえぞ。指の付け根なんてのは、どこからどこまでが指なのかがはっきりしてから、はじめて言える物言いだ」 


 女は一瞬考え込むような素振りを見せた後、口をへの字に歪ませる。


「ほら見やがれ、説明なんてできやしないだろ。どこからどこまでが指、どこからどこまでが掌で、どこからどこまでが腕だなんて、そりゃあもう曖昧なもんさ。どいつもこいつも曖昧に曖昧を積み重ねながら、それを曖昧とも思わねェで、何食わぬ顔して暮らしてやがる。反吐へどが出るならまだ良いが、吐くものも無くてはらわたを絞られるような気になるぜ。どっかに確かな境界線が欲しくなったとしても、仕方がねえと……なあ、そう思うだろう?」


 少年は苦々しげにそう吐き捨てると、足元に突っ伏して息絶えている、つい先ほどまでは幼い男の子だった冷たい身体を見下ろして、深い溜息を吐いた。

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