冒険のその先に(3)

 みんなが怪物と闘う最中、僕とリコちゃんは必死になって白い街にある温泉を目指し奮走していた。


「はあはあ!」


 僕を目的地へと案内するためについてきてくれたリコちゃんが苦しそうに息を荒げる。


「リコちゃん、大丈夫?」

「はい! おねえちゃんのために頑張るです!」


 苦しさをうまく誤魔化しながら笑顔をうかべるリコちゃん。

 彼女のほおをつたう汗が、僕をより心苦しくさせた。


(ありがとう、リコちゃん)


 僕はあえて口に出さなかった。

 それからすぐに、街が見えてきた。すでに日も沈みきり、あたり一面漆黒の闇につつまれている。

 人の住む街なのに、明かりが一つも灯っていないことに違和感を覚えた。


「はあはあ……ここが白い街です!」


 リコちゃんは息を整え、律儀にも街を紹介してくれた。


「真っ暗で何も見えないね」

「この世界では、夜は月明りだけが頼りなのです!」


 本来、太陽が出ているときは真っ白な街であろうに、現在のような夜は真っ黒な街で、不思議な感じがした。


「それよりも、はやく温泉に行かなきゃ!」

「はい! ではゆっくりとあたしのあとに続いてください!」


 誰にもバレない様にそろ~りそろ~りと、街の中に入っていく。

 忍者ごっこを始めてから五分くらい経った頃、リコちゃんが足を止めた。


「こちらが最大級の温泉となります!」

「……すごい」


 リコちゃんの指さす先には広大な敷地の温泉があった。実際には柵で囲まれていて中の様子は見えないのだが、外側から見ても分かるくらいに温泉の敷地は大きかった。


「あたしは中に入れませんので、おにいちゃんがおねえちゃんを温泉に入れてあげてください!」

「……マジですか?」


 こんなところでも鼻血の危機に直面するとは。

 いや、ここは腹をくくろう。


「……わかったよ。温泉にはどこから侵入すればいいの?」


 イッちゃんを温泉に浸からせるにはまずそこからだ。


「ここからぴょんっと乗り越えて入ればいいです!」


 リコちゃんがきょとんとした顔で答える。


「いやいやいや! そんなの無理でしょ!?」

「この世界に警備なんてありませんし、おにいちゃんのジャンプ力ならいけます!」


 ええ~、ほんとに?


「……う~ん」

「大丈夫です! 泥船に乗ったつもりで試みてください!」


 うん、沈没するね。


「……仕方ない、やってみるよ!」

「はい! 頑張ってくださいです!」


 僕は足腰に力を込め、ひざをぐぐっと曲げた。

 そして、足のばねを一気に爆発させる。


 ピョーンッ!


「な!?」

「うわあ! すごく跳んでるです!」


 信じられないことに、僕はイッちゃんを抱えたまま数メートルの高さまでジャンプすることができた。

 眼下には、大きなプール並みの広さを持つ露天風呂が広がっている。


「いってらっしゃいです!」


 柵の外側にいるリコちゃんがこちらに向かって手を振ってくれている。


「うん! いってきます!」


 イッちゃんを抱えている手は離せないので、ふり返り笑顔で返事をした。

 上昇していた僕の体は重力に導かれてだんだんと降下していく。


 スタッ


 忍者のごとく見事な着地に成功した。

 僕って意外とできる男らしい。


 キリッ


「……ってそんなことしてる暇はない!」


 頭をふって、現在やるべきことに意識を集中させる。

 とりあえず、抱えていたイッちゃんを地面に寝かせた。


「さて、どうしたものか」


 イッちゃんは血の気の引いた顔で苦しそうに呼吸している。

 僕が温泉に浸からせてあげれば、すぐにこの苦しみから解放してあげることができる。

 ……しかし。


 タラーッ


 すでに鼻血を垂れ流している僕に、やり終えることができるだろうか。

 いやいや、背に腹は代えられないでしょ。


「……よし! せいやあああああああ!」


 僕は雄叫びをあげながらイッちゃんの衣服をはぎ取っていった。

 ……ってはぎ取ってないよ! 脱がせてるだけ!

 まず初めに、ナース服のボタンを一つずつ取っていく。


「ラ~ラ~ラ~ラ~ラ~♪」


 野太い声でベートーベンの運命を熱唱し、煩悩を追い払った。

 すべてのボタンをとり終え、衣服を脱がそうとした時、


「……んっ」


 イッちゃんが色っぽい声を出した。


 ブシャアアアアアアアアアアアッッ


 鼻血が噴水のごとく噴き出た。


「……ま、まだだ」


 煩悩を捨てきれない僕は、まぶたを閉じた。

 そうして体中の神経を研ぎ澄まし、心の眼を見開く。


 カッ!


「うおおおおおおおおおおお!!」


 目にも止まらぬ速さでイッちゃんの身に着けていたものを脱がせ始めた。服を脱ぎ終わらせるのにかかった時間は、わずか二秒だ。


「……ふう、なんとかなったか」


 当初は不可能かと思われていた任務をやり終え、安堵しまぶたを上げた。

 それが間違いだった。

 目の前には生まれたての姿のイッちゃんが横たわっていた。


 ブシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア


 それはそれは、美しい虹が架かったという。


「ミスッタ」


 服を脱がせたんだから、まぶたの向こうには裸のイッちゃんがいて当然じゃないか。

 どうしよう、温泉に浸からせるどころか、直接見ることさえできやしない。 

 頭脳をフル回転させて考えてみた結果、名案を思いつくことに成功した。


「そうだ! 僕の服をバスタオルに変えてイッちゃんに巻こう!」


 僕たちのような存在は衣服を思いどおりに変えることができる。

 それを応用すればなんなく解決だ!


「っほ!」


 いとも簡単に忍者服がバスタオルに変わった。

 これをイッちゃんに巻いてっと。

 あっ、これ僕が全裸になるわ。

 まあ、現状よりはマシかな。


「よっと」


 僕は顔をそむけながらイッちゃんの体にバスタオルを巻いていった。

 途中に感じた大きな凹凸は、ただの山なんだと自分に言い聞かせた。


「ふう」


 なんとかイッちゃんにバスタオルを巻くことに成功した。


「それじゃあ、さっそく浸からせよう。うんしょっと」


 僕はバスタオル姿のイッちゃんを持ち上げ、優しく温泉に浸からせた。

 不思議なことに、イッちゃんの顔にみるみると血気が戻っていく。

 しばらくすると、落ち着いた息遣いをしていた。


「ふう、本当によかったあ」


 緊張の糸がほぐれ、肩の力が抜けていった。


「せっかくだし僕も浸かろうかな」


 チャプ


 イッちゃんを支えながら温泉に入った。

 お湯の温度は少し熱いものだったが、冷たい風のおかげですごく気持ちがよかった。

 身も心も安らいでいるのがわかる。

 極楽浄土とはまさにこのことだろう。

 鼻歌でも歌いたい気分だった。


「ふんふふふ~ん♪」


 歌っちゃったわ。

 僕が幸せを堪能すること数分、イッちゃんに動きがあった。


「むにゃむにゃ……あれっ?」

「ッ!?」


 イッちゃんが目を覚ました。

 目を覚ましたのはとても嬉しかった。心の底からそう思った。

 だけど、今目を覚ましちゃまずいですよ!

 目覚めたイッちゃんと目があう。

 アッ……。


「おはようございますっ、コーく……ん?」


 語尾が疑問形になる。

 自分のまわりの環境に違和感を覚えたからだろう。

 そりゃそうだ、目覚めたら露天風呂なんておかしい。

 ましてや異性の全裸があるなんてありえない。

 端的に言えば。

 僕の頭のてっぺんからつま先までを眺めて、絶句していた。


「きゃあ~~~~~~~~~~っ!!」


 街の端から端まで聞こえるような声をあげた。


「ちょっ、イッちゃん、気持ちも分かるけど静かに!」

「ダメですダメですまだ心の準備ができてませんっ!」


 顔を真っ赤にして聞く耳持たずだった。

 ここまで乱れるイッちゃんを見たのは初めてだ。

 僕があわあわとイッちゃんに対応していると、外から何やらリコちゃんの声が聞こえてきた。


「あっ、お花のおねえちゃん! 危ないです!」


 お花のおねえちゃん?

 それってもしかして。

 バッと、温泉と外を区切る柵から影が現れた。


「コーさま~~~~~~~~!!」


 影の正体は、街の入り口付近で戦っているはずのハナちゃんだった。

 器用なことに、空中でドレス姿からバスタオル姿へと変身した。


「わたくしと混浴ですわ~~~~~~!!」

「え!? 何言ってんのおおおおおおおお!!?」


 ハナちゃんが僕たちのもとへとダイビングしてきた。




 *




(裸のコーくんがわたしの目の前にっ!! 全部……全部見ちゃったっ!! きゃあ~~~~~~~~~~~~~っ!!)


 ウシオが必死になりながら対応していたとき、彼女は心の中でこんなふうに悶絶していたのだった。

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