ライス・ライフ~女の子に食べられた僕は獣に目覚めてしまった~
空超未来一
第?部:第?章 月夜の斬首
実りの前夜
ボクと彼女は世界の傷を治して回った。
世界の傷はたいそうな言い方かもしれない。ただし傷ついた者たちを癒すという面ではぴったりな言い回しだ。
彼女との出会いは不意に訪れた。
記憶のないボクに手を差し伸べ、居場所をくれた。
振り返れば長い旅路だったと思う。
崖から落ちた少年を助け、感謝されたことがあった。
この世界で忌み嫌われる獣人の本当の姿を知った。ただの偏見で人々から拒絶されることの苦しみ。強靱的な力を手に入れたところで、守るものがなければ意味がない。
ボクは人々と獣人との架け橋になろうとした。
彼女がボクと世界をつなげてくれたように。
――――世界は残酷だった。
分厚い雲が空を覆う。
まだ夜が来ていないというのに闇があたりを支配していた。
ボクの目の前に二重構造の城壁が左右にひろがっている。まるで古代ローマのような建築物がたち並んでいた。名もなき王の石像や、不死鳥、阿修羅といったように文化の入り混じった異質感がそこにある。
その中心にらせん型の塔が天高くそびえ立つ。
頂上には古びた首切り台がぽつりとたたずんでいる。
「……っ」
ボクは息を呑んだ。
首切り台に彼女がかけられているのだ。
「イッちゃん!」
「レディース、アンド、ジェントルメン!」
ボクの呼び声はかき消された。
彼女のすぐそばの黒装束の男が宣戦布告をうたったのだ。
「ご機嫌はいかがかな、みなさん。とはいっても招待客は君だけだけどね」
「ふざけるな。彼女に何をするつもりだ……ッ!」
「なにって、処刑だよ処刑」
彼はあくまでも軽々しく、朝食は米じゃなくパンだといわんばかりの調子で言う。
ボクはあたりの様子を見渡した。
彼女はただ気を失っているだけで息はある。黒装束の男のもつロープさえ奪えばひとまず彼女の安全は確保できるだろう。
話はそこからだ。
しかし事態は急変した。
男の手からロープが離れたのだ。
力の均衡がくずれた今、彼女の真上のギロチンが刃を光らせる。
「おっと、手が滑ってしまった」
意図的なのは分かりきっていた。だが、そんなことはどうでもいい!
ボクの能力である『瞬間移動』を使い、瞬く間に斬首塔のてっぺんへと移動する。
男の不意をつき蹴りとばした。彼は重力のなされるがまま塔の真下へと落ちていく。
ボクはあがりゆくロープに手を伸ばした。
ガッ
「残念だが私も『瞬間移動』できるんだよ」
突如として背後に現れた男の手がボクの腕をつかまれる。
これではロープに届かない。
地を蹴って片方の手でロープに手を伸ばすが、そちらも簡単にホールドされてしまった。身体をひねろうとしたところで余裕はない。
諦めてたまるものか……ッ!!
歯を食いしばりロープをにらみつけるが――――瞬間、予想外の出来事が起こった。
「ありがとうっ」
彼女がこちらに振りむき笑顔を見せたのだ。
いつ目覚めたのだとか、自分の状況を理解できているのかなど、そんな疑問はもはやどうでもよかった。
どうして笑うんだ。
これじゃあまるで君が救われたみたいじゃないか。
ストンっ
あまりにもあっけないものだった。
憎々しい刃はすでに動力を失っている。
そこに彼女の笑顔はどこにもない。
「あ、ああ……」
ボクは簡単に壊れた。
「ア、 アア……ッ」
音の出るただの傀儡だ。
「ううううううううううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!??!?!」
一度壊れてしまえば楽なものだった。
内側からどす黒い感情の渦が溢れ出す。ちっぽけなボクが呑みこまれるのは速かった。
薄れゆく世界のなかで、弱々しく、けれど確固として誓う。
生まれ変わった『僕』は、必ず君を守り抜くから。
どうか、もう一度『ボク』に君の顔を見せてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます