#1

@polyphenol

-1 名古屋→岡山→丸亀→徳島

 三月に入った途端に一気に暖かくなってきた。つい数日前まで10度前後を行き来していた最高気温は一気に15度まで上昇し、気象庁は春の嵐の予報を出している。会社帰りにいつものスーパーで惣菜を物色しているとサワラの刺身が目についた。サワラは鰆と書く。字面に反して旬は春ではなく秋か冬にかけてだそうだが、春頃に産卵のために岸に近付くためよく獲れるのだそうだ。食べた記憶のない「鰆の刺身」が気になり、買って帰って食べてみたが思いのほか美味である。味は白身と鯖を足して2で割ったような味で、淡白でありながら旨みがあって臭みが無い。検索をかけてみると、どうやら鰆の本場は岡山らしい。これは行かねばなるまい、と思う。折しも先週四日市と大阪で骨付き鳥を食べ、次は本場の丸亀の骨付き鳥を食べて食べ比べをしようかと考えていた時であったからちょうどよい。四国に渡るのであれば、かねてより使いたいと思っていた南海フェリーも使ってみよう。あのフェリーは南海電車の切符のセットがあったはずだから、ついでに九度山でも回ってこよう…

 私はこのように、「まわりたいところ」がある程度揃いそれらが脳内で繋がったタイミングでふらっと出かけることが多い。何点か候補を用意しておけば、1つがこけたときにもリカバーが効きやすいし、手持無沙汰にもなりにくい。ノープランで出かけるのも悪くはないが、こと18きっぷシーズンにそれをやると、ただ列車に乗り続けるだけの旅行になってしまいがちである。それが悪いとは言わないが、既に全線完乗を成し遂げた今、ただ乗り続けるよりは今まで通り過ぎてきたところに改めて訪問したいという気持ちの方が強い。

 かくして予定が定まり、私は普段通り土曜の早朝に最寄りの名鉄の駅から出発し、名古屋で乗り換えて東海道本線で西へ向かった。この時期は18きっぷの旅行者が多いため名古屋からでも座れないことが多い。故にここで無理に座席を探さず、米原での乗り継ぎに備えるのも一策である。米原の対面乗り継ぎを重視するなら前方の車両が有利だ。青春18きっぷユーザーを満載した列車は1時間ほどで米原に定刻通り8:09に到着し、乗客は一斉に対面に停車中の8:18分発姫路行き新快速に乗り換える。姫路着は10:48だから2時間半ばかりかかるが、ここまでは慣れたもので、庭のようなものである。姫路まではもはや数十往復はしているのではないか。(後日調べてみたところ、名古屋京都間の東海道線はこの3年間で凡そ30往復はしているようであった。実際には近鉄や新幹線、僅かながら関西本線も使用しているから、関西以西への移動回数となるとこの3年間で70回以上になる。随分飛び歩いたものだ)

 姫路からはぐっと本数が減るが、次の播州赤穂行きは11:07発とそこまで接続は悪くない。しかしここまで12両の新快速に分散して乗車していたものが、一気に4両の普通に押し込まれるわけだから当然車内は混雑する。11:26相生着。対面の岡山行きに乗り換える。

 このあたりは山間を縫うように細長く平地が広がっており、線路もそれに沿って敷かれているため緩やかに蛇行しながら列車は進んでゆく。車窓も田畑にまばらに人家があるという程度であり、長閑なものである。兵庫と岡山の県境にあたる上郡-三石間は12.8kmにもなり、山陽本線の駅間距離としては最長だという。運行本数も1時間に1本程度であり、山陽本線を通してみても屈指の閑散区間である。

 12:38岡山着。ここで今回の旅行の1つ目の目的である鰆丼を食べに行く。目当ての店は駅徒歩3分の好立地であるが、昼時だというのに客はカップル1組のみであった。前半を漬け丼として、後半をお茶漬けとして食することを勧められた鰆丼は予想に違わず旨みが強く美味であったが、やはり旬を外れているからか醤油やお茶に旨みが負けかけているように感じた。今度は秋か冬に訪れねばなるまい。旬の刺身や塩焼きも食べてみたいと思う。

 13:12発高松行きのマリンライナーに乗り込む。瀬戸大橋線は鉄道では唯一の本四連絡線であり、毎時2本の高松行きマリンライナーを主力として高知・松山方面の特急も運行される。そのマリンライナーであるが、高松や坂出といった対岸の町と岡山の結びつきが強いためかいつも混んでいるように思う。発車ギリギリに駆け込んだとはいえ、今回も座れなかった。これだけ需要の多い路線でありながら、茶屋町までは単線区間が多くいまいち速度も出ない。しかし茶屋町で宇野線と別れると、1988年に開通した本四備讃線の区間に入り全線複線・線形も良くなり一気に飛ばしてゆく。木見・上の町といった駅がトンネルの合間にあるが、つい見逃してしまいそうになる。

 このあたりはかつて、下津井電鉄という私鉄が茶屋町から児島を経由し、昔風待ちの港として栄えた下津井の港まで運行していたそうだ。モータリゼーションの発達や瀬戸大橋の開通により1991年には全線廃止となっているが、児島~下津井間は遊歩道として転用され、駅舎やホーム等の遺構も一部残っている。天城・琴海・鷲羽山など美しい駅名が多く、鷲羽山からは瀬戸大橋と瀬戸内海が一望できるなど風光明媚なところでもある。1年ほど前に児島から下津井まで自転車で回ったことがあるが、下津井駅にはかつて運行されていた列車も残されており、往時を偲ばせるものがあった。

 瀬戸大橋をわたり、左手にコンビナートを眺めながら四国に上陸し、13:50坂出着。予讃線に乗り換え、松山方面に2つ行った丸亀で下車した。丸亀は国内に12しかない現存木造天守と、総高60mにも及ぶ石垣を誇る丸亀城が見どころの城下町である。大手門正面から天守を見上げるとその高さに圧倒される。10分ほど急坂を登ると本丸であり、市内が一望できる。綺麗な円錐形の讃岐富士と溜池が見える。

 夕食には丸亀名物の骨付き鳥を食べるつもりだが、まだ時間があるので港の方に行ってみる。かつてはこの丸亀から下津井までの航路があったという。今では瀬戸内海の塩飽諸島への船便があるばかりだが、塩飽諸島を経由すれば児島まで船で渡っていくこともできる。いつかやってみたいと思う。最近は人の流れが盛んになったためかどこの地方都市に行っても似たような景観になってしまい面白みがないが、交通の不便な島嶼部では独自の景観を残しているところも多いという。鉄道の次は全国の自治体巡り、離島巡りをやってみるのもよいかもしれぬ。

 時刻は17時近く、ちょうどいい頃合いだろうと骨付き鳥の有名店の本店に向かうと、この時間でもう待ち客がいる。次に乗る予定の列車は17:46分発であるからここで待つのは困るぞ、と慌てていると、一人客なら、と先に通してくれた。ひなどりを注文したが、やはり安定して美味い。心なしか先週行った大阪店よりもジューシーに感じないではなかった。次はおやどりの食べ比べでもしてみようか。

 予定通り17:46初の高松行きで高松へ向かい、高松で高徳線の徳島行きに乗り換える。今回の旅行はここの区間以外は全て電車であるが、ここに限り気動車である。というのも徳島県は日本国内で唯一電車の走らない都道府県だからである。お隣の高知もJRは全線非電化であるが、あちらは路面「電車」がある。

 乗り込んだ車両の重厚感のある車体と鈍重な加速性能は紛れもなく見慣れたキハ40系のものであった。3両繋いでいるが、高松発車時点で各車両10人程度しか乗客がいない。夜間の下り列車であるから、ここから乗客が増えるとも思われない。高松から志度までは琴電志度線と競合しているはずであるが、単線ゆえの行き違い待ちもあり、16km程度の距離を32分もかかっている。こんな気動車では勝負にならず客があちらに流れてしまっているのだろう、などと思い込んでいたが、後日調べてみると志度までの所要時間はむしろJRの方が早いぐらいだという。長閑なものである。

 高徳線はほぼ全線が単線非電化でありながら特急うずしおが毎時1本程度走っているため、頻繁に行き違いや追い越しのために長時間停車があり、高松徳島間75kmを2時間以上かけてゆっくり走る。夜間、ゆっくり走るガラガラの気動車に乗っているときこそが至福の時である、と個人的には思っている。この安心感、解放感は特急列車では味わえないものだ。

 21時07分徳島着。本日の〆に徳島ラーメンを食べたが、濃いめながらあっさりした飲み口の甘みのある豚骨スープに甘めの味付けの肉という、すき焼きのようなラーメンであった。

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