第18話 魔導忍者はゴブリンの集落を壊滅させる(中編)


それは異様な光景だった


人が板に磔にされていた、両手両足に杭を打ち込まれ、杭で固定できていない胴体は紐で縛り止められていた


板は車が付いた台車に固定されており、ゴブリンが二人掛かりで移動させるように作られているようだ


それが10台、つまり10人が磔にされている


幸い全員まだ生きているようで、激しい痛みに、悲鳴を上げている


しかし、その声に力はなく、命の炎が燃え尽きるのも時間の問題に見えた


「人質を盾にして、手出しできないようにする算段か」


「小賢しい!」


前世のでも、仲間を人質に取られ盾にされた事がある


その仲間は、即座に敵と共に斬り捨てられた


忍びは敵に捕らえられる前に自害する


自分が捕まる事は敵に情報が洩れるばかりか、人質として使われるからだ


強力な催眠にかけられ自分でも気づかないうちに間者にされることもあり得る


故に、忍びにとって囚われ人質になる事は恥とされる


達人同士の戦いでは一瞬の隙が勝敗を決める


人質にされた忍びは仲間であろうと躊躇なく殺す事が掟であった




生前は、いくら手練れとは言え、ひとりの忍びでは出来る事に限界があった


だが今の相手は数こそ多いが、手練れの忍びには遠く及ばない


そして、6000年と言う長い歳月をかけて生み出された、最強の兵装を身に纏っている


今の雷蔵に人質を見殺しにすると言う選択肢は無い!




計算通り20体のゴブリンが磔にされた者たちを甚振っている


しかしそれは一瞬にして終焉を迎える


数秒と掛からずゴブリンが姿を消したからだ


磔にされている者たちは、何が起こったのかわからず呆然としている


そこに、ひとつの人影が姿を現す


今まで何もなかったはずの場所に、忽然と


全身に黒い鎧を纏った冒険者らしき姿だった




「待っていろ、すぐに助ける」


声で若い男だと分かったが、そんな若い男が、今の信じられない光景を起こした張本人だとは信じられなかった


信じられなかったが、男の声を聴いていると何故だか安心させられた


物音すら立てず、見る間に人質になった者たちは次々と解放され、一人一人に手当を施されていく


手を当てられたものは、その手から暖かい何かが流れ込んでくるのを感じる


そして、体中の激しい痛みが和らいでいくのを




全員に処置を終えると、一人一人ににポーションらしき容器を二つずつ手渡し


「体力回復ポーションと、傷の回復ポーションだ、出来るだけすぐに飲んでおけ」


いつまたゴブリンが現れるかもしれない、そういう事だと察した全員が急いでポーションを飲み干す


渡したのは、賢者の塔での生成された高性能の回復ポーション


効果は世に出回っている者よりはるかに優秀だ


飲み干してまもなく、全員が歩けるくらいに回復した




「他に生き残りは?」


男が尋ねてくる


「女は繁殖小屋に連れていかれた」


「二人いたが、恐らくもう・・・」


死んでいるだろうと、沈黙がそう告げていた


「それは、どの建物か分かるか?」


「あの小屋だ」


一人の男が指さした




男は回復した全員を、柵の外に連れ出し


木の陰にたどり着くと、周囲に結界が表れた


「腹が減っているだろう 良かったらこれを食べておけ」


銀色の見たこともない素材で包装された棒状の物体を一つずつ渡してくれた


手でちぎると簡単に剥けて、中からうすい黄色の食べ物らしきものが姿を現した


「ゴブリ、いや、『えなじーばー』と言うらしい栄養満点だ」


食べてみると、味もなかなか美味かった、何で出来ているかは男か語られる事は無かった


「この中にいれば安心だ、しばらく待っていてくれ」


「俺は女たちを助けてくる」


そう言って、男は繁殖小屋と呼ばれる小屋へと向かう




部屋の戸を開ける


中からは異様な臭いがした、汚物と体液、血が混ざり合った不快な臭い


中には2体のゴブリンがいた1体は何かにかぶりつき、もう1体は何かに覆いかぶさり、体を揺さぶっていた


ゴブリンたちは侵入者に気が付き振り返ろうとした瞬間に姿を消す


命と共に


残されたのは、食い荒らされた女の死体と、逃げ出さないように四肢を切断され体液にまみれた女の姿だった




雷蔵は、すぐに駆け寄り声をかける


「待っていろすぐに助ける」


洗浄の魔法をかけ体を奇麗にしてやり、収納から毛布を取り出し体を包む


『マスター この方は非常に危険な状態です』


『分かっている!』


『失礼しました 非礼をお許しください』


『いや、すまないイブに怒っているわけじゃない』


そう詫びながら、女に体力回復のポーションを飲ませようと試みる


「回復ポーションだゆっくり飲め」


女に話しかけるが、返事をする体力も残っていないようだ


女の口へポーションを流し込むが、あまりの衰弱の為のみこむことが出来ず、口から零れ落ちてしまう


雷蔵は躊躇なくポーションを口に含み、口移しで飲ませた


何とか、すべて飲ませることに成功すると、蒼白だった女の顔に少し赤みがさす


「これで少し時間が稼げる」


『イブ これから俺はしばらく集中の為動けなくなる』


『背中を任せてもいいか?』


その瞬間、魔導外骨格が雷蔵から剥がれ、ひとりでに立ち上がる


『私の全身全霊をもってお守りいたします』


『殲滅モード起動 ライゾー様に近づく敵をすべて排除します』


『頼んだ』


そういうと雷蔵は眼を閉じて、気を練り上げていくのだった




古来より仙人は気を練り上げ、そこから秘薬を生み出したと言う


そのなかでも最高峰の秘薬とされる仙丹は、飲めば不老不死と成れる霊薬


精を気とし、気を神(シン)まで昇華させそれを、最上位のチャクラ第7チャクラで練り上げることによって生み出されると言う


ちなみに、それぞれチャクラで生み出せる秘薬は


第1チャクラ 回復の秘薬

第2チャクラ 解毒の秘薬

第3チャクラ 病魔を退ける秘薬

第4チャクラ 石化・麻痺あらゆる異常状態から回復させる秘薬

第5チャクラ 四肢の欠損からも回復させる秘薬

第6チャクラ 死者をを蘇生させる秘薬

第7チャクラ 飲めば、不老不死となる霊薬:仙丹を生み出す


前世でも、雷蔵は秘薬を生み出せたが、第3チャクラまでで、効果は病魔を退ける秘薬


今回は、四肢の欠損から回復させなければならない


でも今の自分ならば出来るかもしれない


いや、やらなければ女が死ぬ




体内の精そして、この森に存在する精も体内に取り込む


ここは魔境の森、強力な魔素で満たされており、強力な魔物が跋扈するまさに魔境


つまり命の塊と言っても過言ではない


今回はそれが役に立つ




強力な精を体内に取り込み、第5のチャクラに限界まで集める


神経を研ぎ澄まし、精を気に、気を神へと昇華させんとする


(だめだ何かが足りない)


強力な精から練り上げた神


チャクラの制御も今回は問題ない


なのに秘薬が生まれる感覚がない


(なぜだ 俺にはまだ無理なのか・・・)




考える、何かを見落としている


もう誰も殺したくない、死んでほしくない


でも、すべては救えない、まだ自分の手は小さすぎる


指の隙間から命が零れ落ちる




あの時もそうだった


『佳代、小吉、小春』


その名を、心の中でつぶやき


(今の俺にはあの時の忍びではない)


(魔力と気の力をもって不可能を可能にする)


(魔導忍者だ!)


凝縮された気に、さらに魔力を合わせて練り上げる


『われ精を気とし、気を神とする』


『魔素を魔力とし、神と合一せんとす』


『わが命の力をもって、秘薬を生み出さん』


『魔導忍法:秘薬練成の術』




無意識に印を結んだ両手の中に、命の結晶が生み出された


真珠のように虹色光り輝く石:超回復の秘石


『バベル 乳鉢とすり棒、それから、ポーション用の溶液が入った瓶を送ってくれ』


『かしこまりました』


乳鉢に光り輝く石を置き乳鉢で磨り潰す


秘石は何の抵抗もなく光る粉へと姿を変える


それを、ポーション用の溶液が入った瓶へと入れる



通常、ポーションの材料を液体に溶かし込むには、かなりの時間がかかる


秘薬ともなれば、数日はかかる


だが、賢者の塔で作られた溶液は、数日を一瞬に縮めた




出来上がった秘薬、瓶の中にあっても神秘的な光を放っている


それを、少し口に含んでは、女に口移しで飲ませていく


全てを飲ませ終えた


ほどなくして女の体が光に包まれる


温かい光、命が燃えるその力は、あらゆる傷を治す


光が消えると、女は安心したように眠りについた




『イブ 終わった戻ってきてくれ』


『屋外にいたゴブリンの殲滅は完了しました』


『残るは屋内の上位種と思われる10体のみです』


魔導骨格を再び纏った雷蔵は、磔にされていた者たちの元へと、四肢の欠損から回復した女を抱えて向かった




結界の中へ戻ると、女を見た数人が叫んだ


「「「「ジスレア!生きていたのか!」」」」


「静かに、疲れて眠っている」


「彼女を頼む、俺は残りを片付けてくる」




再び、集落に戻ると、9体のゴブリンの姿があった


ようやく異変に気付き、のこのこ出てきたようだ


100体近い同法の居場所を探すが一体も見つからない


このゴブリンたちは明らかに上位種


通常は、緑色の肌のはずのゴブリンだが、赤みが掛かった色をしていた


体の大きさも大きい、中でも1体は2m近い、首領格の個体のようだ


『ゴブリンウォーリア2体ゴブリンアーチャー2体にゴブリンメイジ2体、ゴブリンロード2体と最後の1体はゴブリンキングと思われます』


『ああ皆殺しだ』


雷蔵は、目の前にいるゴブリンたちの方へと歩き出した




ゴブリンアーチャーの弓とゴブリンメイジの魔法(ファイヤーボール)が雷蔵に迫る


矢と魔法が、『魔導外骨格』の装甲にぶち当たるが、衝撃すら感じない


毒を塗り殺傷力を上げた矢も、炎の魔法も雷蔵の歩みを止めることは出来なかった


向かってくるゴブリンウォーリアは、雷蔵の姿を見失う


何かが煌めいたと思った瞬間には、ウォーリアたちは忽然と姿を消した




自分たちの渾身の一撃が、全く歯が立たないばかりか、屈強なウォーリアが一瞬で姿を消した


混乱に陥ったゴブリンアーチャーとゴブリンメイジの眼前に、忽然と姿を現す雷蔵


敵わぬと悟り、あわてて逃げようとするが、その前に光が一閃する


首を切り裂かれたことにも気づけず、そのことごとくが絶命


亜空間へと送り込まれた




ゴブリンキングはもっと早くに気付くべきだった


自分たちが敵対している存在が、ただの冒険者でないことを


そしてその者の逆鱗に触れてしまった事を


大事な部下であるはずの2匹を置き去りにして、ゴブリンの王は逃げ去ろうとした


情けなく走り去ろうとするゴブリンに、王の威厳など微塵も無かった


巨大な力が迫ってくるのを感じて振り返ると、目の前でゴブリンロード達の姿が消えた


そして惨めな王の姿も程なく消えた




『残りは10体だと言っていたな』


『はい後1体反応があります』


『どこだ?』


『左100mにある建物の中です』




建物の中に足を踏み入れる


そこには、ひときわ大きなゴブリンがいた


『ゴブリンクイーンです』


建物の天井に頭が付きそうな大きさだ


その割に手足が小さくとても自力で移動できそうにない


よく見ると、目はうつろで、意識もなさそうだった




ゴブリンクイーン:ごくまれに生まれるゴブリンの奇形種、食べ物を与えれば与えるほど、ゴブリンを生み出す


ただそれだけの存在


意識もなく、自分で身動きを取ることさえも出来ない


「哀れな」


母親とは、子供を産み、育て、慈しむ存在で会って欲しいと雷蔵は思う


「せめて苦しむことなく逝くがいい」


「今度生まれ変わるときは本当の母親になれるといいな」


「慈悲の炎」


魔導忍術:慈悲の炎 その炎に包まれても、痛みを感じることはなく、その魂は慈悲の心をもってあの世へと送られる


『ありがとう』


聴こえるはずの無い声が聞こえた気がした


そして、ゴブリンの集落は壊滅した


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