扇ガ谷

『奥様、奥様!凄いです、本物の『ダイブツ』です!』

『間近で見ると、やっぱり大きいわねー』

『これより更に大きいという、奈良東大寺の『ダイブツ』も、いつか見に行ってみたいものですね』


 神奈川県の南部にある、日本の古都の一つ、鎌倉。

 グロリア、ヘレナ、パトリックの三人は陽が傾きつつある長谷の高徳院にいて、国宝にもなっている鎌倉大仏を間近に見てはしゃいでいた。ドルテ語を全開で、観光客らしさ満点である。

 東京都内に拠点を借りて、大概の居酒屋には日帰りで行っているグロリアだが、今日は泊りがけだ。一泊二日の鎌倉観光旅行である。

 故に帰りの電車を心配する必要が無い。ホテルのチェックインも既に済ませているから安心して観光が出来、その後に酒を堪能することが出来る。

 ヘレナもパトリックも、久しぶりに心置きなく楽しめる旅行ということもあって、気持ちが浮き立っている様子だ。


『この後は、鎌倉に戻るんでしたよね?』

『そうネ。鶴岡八幡宮も長谷寺も鎌倉文学館ももう見たから、カフェで一休みしてから鎌倉に戻りましょう。報国寺と銭洗弁財天は、明日でいいわよね?』

『異論ありません。今日はあちこち歩いて疲れましたし、そろそろ切り上げましょう』


 そう話しながら、大仏の写真を撮影する異世界人三人。

 その三人と鎌倉大仏とを一緒に画角に収めて撮影する人が、ちらほらといる。

 自分にカメラが向けられている様子をちらちらと見ながら、グロリアはワンピースの背中の切れ込みから出した両の翼を、ばさりと広げた。自分の両側に立って写真を撮影するヘレナとパトリックを、自身の大きな翼で隠す。

 小さく、おぉーっという歓声が上がった。




 太陽がだんだんと沈み、彼方の空が赤く染まり始めた頃。

 三人は江ノ島電鉄に乗って鎌倉駅まで移動、そこから西口に出て歩くこと数分。

 煤けた木製の看板と、コンクリート打ちっぱなしの外観が特徴的なレストランバーの前に立っていた。


『ここね』

『雰囲気のいいお店ですね。どうやって見つけたんですか?』

『アガターさんの娘さんから伺ったんです。鎌倉に宿泊するならここがおすすめだと。娘さん夫婦は横須賀に住まわれていますから、よくご存じなのでしょう』


 クールな店の外観に頬を紅潮させながら階段を登るヘレナに、パトリックが頷きつつ言葉を投げた。

 勉には娘が二人いて、いずれも地球で家庭を持って暮らしている。一人は横須賀に、一人は豊中に。このうち横須賀に住む娘夫婦とグロリアは、幾らか親交があるのだ。故にホットな情報も入ってくる。

 今回宿泊しているホテルも勉の娘からオススメだと教えてもらったし、このレストランバーも宿の近辺にあるオススメとして教えてもらったのだ。地元民の情報だから、間違いはそうそう起こらないだろう。

 カーブを描く階段を登り、重さのある扉を開けると、木を中心に使った店内の風景が視界に広がる。

 入り口の傍で来客を待っていたエプロン姿の店員が、にこやかに微笑みながらグロリアたち三人を出迎えた。


「いらっしゃいませ、ご予約は頂いておりますか?」

「エエ。18時から三名で予約しているグロリアヨ」

「グロリア様ですね、かしこまりました。お席にご案内いたします」


 店員の応対と共に、案内されたのは店内の奥の方、窓際のテーブル席だ。

 そこに腰掛けると、大きな窓から眼下に見える、鎌倉市街地の素朴な街並み。何とも、風情のある風景だ。窓際に座り帽子を取ったグロリアの姿を認めて、写真を撮影する人の姿もない。

 ホッと肩の力を抜きながら、グロリアとパトリックがメニューに視線を落とし、その後同時にお互いの顔を見やった。視線が互いにぶつかり合う。


『今日は私も、ワインにしようかしら』

『かしこまりました。ボトルをお入れいたしましょうか?』

『そうね、それでお願い』


 そこまで話すと、パトリックがさっと手を挙げた。すぐに店員が三人の座るテーブルへと近づいてくる。


「ご注文はお決まりですか?」

「クラレーザをボトルで。奥様、グラスは三つでよろしいですネ?」

「エエ、三つお願いネ」

「かしこまりました。他にご注文はございますか?」

「デハ、ほうれん草とベーコンとポーチドエッグのサラダ、チーズ盛り合わせ、ジャーマンポテト、若鳥の唐揚げ。以上を一つずつお願いいたしマス」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 一礼して去っていく若い店員が、程なくしてワインクーラーから一本のボトルを取り出した。ワイングラス三脚も手に持って、グラスをテーブルの上へ。

 流れるような動作でワインを開栓、コルクを抜くと、グラスに少量を注いで、グロリアの前にすっと差し出した。


「お客様、ご確認いただけますか?」

「私でいいノネ?分かったワ」


 グラスを出されたグロリアが、一つ頷いてワイングラスの脚をつまむ。ワインを味わう経験はパトリックの方が多いだろうが、このグループで最も立場が高いのは他ならぬグロリアだ。それに、ワインについて全くの門外漢と言うわけでもない。作法はきっちり身に付いている。

 くるりとグラスを回してワインに空気を含ませ、長い鼻先を寄せる。少々長めに香りを確認した後、くい、とグラスに注がれた分を飲み込んだ。

 目を閉じて風味を確かめた後、こくりと頷く。


「大丈夫ヨ、美味しいワ」

「ありがとうございます。それではお注ぎいたします」


 グロリアのテイスティングを受けて、改めて店員がワインをグラスに注いでいく。

 明るい小麦色をした液体が三脚のワイングラスに均等に注がれ、ボトルに残ったのはおよそ半分と少し。そのボトルに抜栓したコルクを差し込むと、店員はテーブルの上にボトルをそっと置いた。


「お料理は出来上がり次第お持ちいたします。ごゆっくりお楽しみください」

「アリガトウ」


 御礼を告げたグロリアに一礼して、テーブルから離れていく店員の背中を見送りながら、グロリアはワイングラスに手を伸ばした。続けてヘレナも、パトリックも、同様にワイングラスを手に取る。


『テイスティングまでさせてくれるなんて、私聞いていなかったわ』

『私も予想外でした。かなりレベルの高いお店のようですね、奥様』

『ワイングラスもピカピカです……綺麗……』


 天井の灯りにワイングラスをかざすヘレナと、その光がテーブルの上で拡散してクロスの上に黄金色の波を作るのを、グロリアは微笑ましく見ていた。

 店内は綺麗で、酒のバリエーションも豊富、店員の対応もいい。ここまで来れば、料理を頼む前からそのクオリティも推し量れるというもの。

 本当にいい店だ。予想していたのの数倍はいい店だ。

 いい店を紹介してもらえた喜びを感じながら、グロリアは改めてグラスを目線の高さに掲げる。そうして柔らかく、ヘレナへと声をかけた。


『さぁ、乾杯しましょう。折角いいワインを出していただいたのだから』

『ハッ、ハイ、奥様。すみません』

『気持ちは分かりますよヘレナ、ワインの色を見ることも、ワインを飲むうえで大事ですからね』


 グロリアの言葉を受けて、ヘレナもパトリックもグラスを目線の高さに保つ。

 そして、ゆっくりと差し出しながら。


『『『乾杯ノロック!』』』


 高らかに、しかし声を張りすぎずに、行われる乾杯の発声。

 そこから引き戻したワイングラスを、三人同時に自分の口元に運ぶと、くいと傾ける。

 しばし、口の中で転がしながら風味を楽しんで、こくりと飲み込むと。


「「「ハァァ~」」」


 三人が三人とも、感嘆のため息を同時に漏らしたのだった。

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