壊れ砕けるヴィルゴ・シック

女良 息子

番外編 十二時を迎えた街に銃声は轟く

 K市は蟹玉県に位置する地方都市だ。

 市の中心にはショッピングモールや繁華街といった施設が建ち並び、そこから大きな川を挟んだ場所には、山々や田園が形成する自然豊かな景色が見られる。

 都会過ぎず田舎過ぎない街並みは暮らしやすく、また電車一本で都心に行けることもあり、K市は『住みたい町調査』で五年連続上位に君臨していた。

 だが、そんな土地にも闇は存在する。実際に住んでいる人々ですら知らない、あるいは見て見ぬふりをしている闇が、確かにあるのだ。

 その闇とは、街の外れのスラム街だ。

 そこに名前は無い。単に『スラム街』、あるいは『ゴミ捨て場』や『ゴーストタウン』といった感じだ──その通称で、そこがどのような場所なのかはだいたい想像がつくだろう。

 スラムがどのようにして誕生したかについての話は、90年代前半まで遡る。

 当時、某企業が工場を建設し始めていた。遠京ドーム六個分はある巨大な重化学工場だ。そんな大きな働き場所があれば、当然それに見合う大規模な労働力が必要とされるし、そうなればそれらを収納する住居もいるだろう。というわけで、不動産会社たちは工場の周囲に集合住宅をこぞって建築した。

 建物が次々と生え、人がどんどん入ってくる──その時のK市は活気に満ちていた。

 そして、翌年にはバブルが崩壊し、全てが台無しとなった。

 持ち主の会社が不況の煽りを受けて倒産したため、当然ながら工場の計画は中止。立てかけだった施設を取り壊すにも莫大な金が掛かる上、そんな無駄に巨大な土地に手を出すものがバブル崩壊直後の時世に居るはずがなく、結果的に工場未満の何かはそこに放置されることになった。周囲にぼこぼこと生えていた集合できてない集合住宅も、同様の末路を辿ることになる。

 こうして突如として用途を失われた工業団地モドキは誰からも必要とされなくなった──かのように思われたが、違った。

 大不況と共に世に溢れた無職やホームレスたちにとっては、雨風を凌げる巨大施設は格好の寝床となった。

 管理も監視も碌に行き届いていないそこに不法侵入をした彼らは、独自のコミュニティを形成し、遂には一つの街になるまで発展する。それこそが現在のスラム街だ。

 とはいえ、それから三十年近くの時が経ち、土地の値段も時世もすっかり変わった。スラム街がある場所にも、それなりの価値が出始めている。そこに目を付けた自治体や建築業界は、スラムの住人に立ち退きを要請したのだが、聞き入れられるはずもない。

 強制退去を試みたこともあったが、それも失敗に終わった。住民の反発や、弱者を守ろうとする世論に負けたわけではない。不法滞在者の中にいた、特異な能力を行使する少女ひとりに、強制退去にあたっていた百余名の大人たちは敗北したのだ。無論、そんな荒唐無稽すぎる事実が世間に流されることは無かったが。

 そういうわけで、今日もスラム街は不法滞在者に不法占拠されている。

 だが、利権と金が絡んでいる以上、何としてでも目標を達成しようとする者は一定数居る。某国家機関に所属するAは、そういう人種だった。

 遅々として進まない『K市旧開発地区再開発計画』を進めるため、彼はある組織に依頼をするという強硬手段を実行した。

 Aが依頼したのは、表の地上げ屋ではない。ならば裏のヤクザ者かというと、それでもない。

 表でなければ裏でもない、夢に所属する者たち──宇宙夢という特異な能力を使う少女たちが集うヴィランギルド『獏夜』に、その依頼は託されたのであった。


 ◆


 『足長手長』という妖怪をご存知だろうか。

 日本各地の民間伝承に見られる妖怪であり、その特徴は何と言っても、その名前通りに手が長い個体と足が長い個体の二人一組というところだ。

 「急にそんな話をし始めてどうした」「宇宙夢シリーズはいつから妖怪の存在が許されるようになったんだ」と思っている読者がいるかもしれないが、安心してほしい。本作は異能バトルTRPGのトレーラーであって、現代伝奇怪異譚ではない。

 時刻は深夜。場所はK市スラム街。

 長年の風雨に晒されて表面のコンクリートがはがれた結果、中の骨組みが見えている倉庫の傍を、ふたりの少女が歩いていた。

 いや、『ふたりの少女が歩いていた』という言い方はやや語弊がある。より正確に言うと、『片方がもう片方に肩車されるという、まるで仲睦まじい親子のような恰好で歩いていた』だ。

 担いでいる側は身長がやたら高く、その分足も長い。小学校低学年の児童なら股下にすっぽりと収まりそうなくらいだ。

 一方、担がれている方は身長が小さいが、手に握っているやけに長い筒状の『何か』によって、腕のシルエットが大幅に延長されていた。

 足が長いひとりに担がれている、腕が長いひとり──まさに昔話でよく見る足長手長の姿である。

 そんなふたりから離れた場所で、影が横切った。それは一瞬のことだったが、手長は見逃さなかった。


「ズバリいたねっ! 逃がさないよぉ~!!」


 声変りを迎えていない幼げな少女の声と共に、手長が握っている筒状の『何か』の先端が光った。マズルフラッシュだ。手長の正体は、両手に猟銃を握った小柄な少女だった。

 それからゼロコンマ秒の時間を置いて、影は倒れた。「ぎゃあああ」と苦しそうに叫びながら、左の太腿を押さえている。そこには直径1センチくらいの穴が開いており、赤黒い血がどくどくと溢れ出していた。


「悲鳴!? あっちか!?」


 心配した誰かが暗闇の中から現れた。薄汚い服に身を包んだ老爺だった。


「マドハンドAは なかまを よんだ! マドハンドBが あらわれた!」


 おどけた様子でそう言った少女は引き金を再び絞った。

 すると老爺の腹に穴が開いた。あとは先ほどの焼き直しのような光景の出来上がりだ。

 それを遠巻きに眺めていた人々は、ようやく事態を理解して逃げ出そうとする。しかし間に合わない。音速を超えて襲来する弾丸に追いかけっこで勝てる人間が何処にいるというのだ。

 中には弾丸の軌道を読んで、わざと曲がりくねった走り方で逃げようとしたものもいたが、少女が放った弾丸は不思議なことに物理法則を無視した曲線軌道を描き、しっかり着弾した。「なんで」と断末魔が響く。

 

「あはっははははは!! いやぁ~、人を撃つのってやっぱ最高だねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっへっへへへ」


 少女は哄笑を上げ、引き金を何度も引く。

 ぱん。ぱん。ぱん。ぱん。

 その度に彼女の視界にいる人影は倒れ、悲鳴はどんどん増えていく。

 ぱん。ぱん。ぱん。ぱん。

 肉が貫かれた。頭が弾けた。血飛沫が舞った。腸が零れた。

 それでも彼女の得物が尽きる様子は見られない。なにせ、このスラムには街ひとつ分の人口があるのだから。

 的はまだまだあるのだから。

 狩りは始まったばかりである。

 そんな彼女を背負っている巨人のような女は、心配そうな顔を上げながら口を開いた。


「ねえ、どろしーちゃん……雑魚相手にそんなに弾丸を使って大丈夫デスカ?」

「んああ? んだよ、アクア。あんたも知っているはずだろ? この『チックタック』はボクの宇宙夢で作られた銃なんだから、弾切れなんかとはズバリ無縁なことくらいさ」

「あ、そういえばそうデシタ」

「あはは、うっかりさんだなぁ、こいつぅ」


 『どろしーちゃん』と呼ばれた少女は『アクア』と呼んだ少女の頭頂を銃床でこつんと叩いた。

 穏やかな雰囲気のふたりであるが、周囲は屍山血河のスプラッタだ。

 とはいえ、『獏夜』の超実力派コンビ、弦弓泥詩と指尾屋アクアにかかればこのくらいの惨劇は日常茶飯事であった。

 二時間サスペンス二十四時間連続放送スペシャルでもここまでならないだろうという光景をものの数分で作り上げた彼女たちは、先ほどと変わらぬペースで足を進める。


「それにしても歯ごたえがありませんネ」

「歯ごたえなんてどうでもいいだろ。ボカぁ、人を撃てれば十分だぜ。高望みしすぎるとロクなことにならねーんだよ」

「そりゃあ、どろしーちゃんはそれでいいのかもしれないケド……ほんとうに、夢遊者がこんなところにいるんですかネ」

「いなきゃわざわざウチの、それもボクたち実戦コンビに声が掛かるはずないだろ。いやあ、それにしても良い任務貰っちゃったなあ。あ、見っけ」銃声。「受けるだけで前金ゥン十万、達成すればさらにその十倍が貰えるなんてボロい商売だぜ。これが終わったら何買お~~。アクアは何か買う予定ある?」

「ミーは貯金するつも」発砲。「りデス」

「えー、うちのババアかよ。せっかくの大金だしズバリ使っちゃおうぜ」

「そんなにポンポン使ってたら、いざという時にお金がなくて困ることになってしまうって名言があるんですヨ」

「誰の名言だよ」

「織田信長デス」

「絶対嘘だ! 誰にそんな大嘘教わったんだよ。ボクの大切なアクアにそんなこと吹き込むなんて許せないな~」射撃。

「? どろしーちゃんからですケド」

「え」

「去年の正月、私が貰ったお年玉を代わりに貯金してくれた時に言ってましたヨネ? そういえば、あのお金って結局ちゃんと貯金してくれたんですカ?」

「あー、えっと、その」


 まずい、そんなこと覚えてなかったし、そのお金は元日セール中に銃器コレクションの一品へ姿を変えてしまっている。どうしよう──泥詩が頭を悩ませていると、新たな人影が現れた。

 まずはコイツを撃ち殺してから解決策を考えようと、泥詩は視線を向ける。しかし、そこに立っていたものを見た途端、彼女の指は止まった。

 そこにいたのはひとりの女だった。見た目から窺える年齢は二十前後。身長は高いが、肉付きが少なく、全体的に栄養不足な体型だ。片目を隠すように伸びた黒髪の頭頂付近に白髪が混じっており、まるで灰を被ったかのような色合いを生み出している。

 肩にモッズコートを羽織っており、頭には針金で作ったティアラを被っていた。

 スラムの住人らしからぬ、派手な見た目。

 それが意味することは決まっていた。


「ズバリ、アンタが噂の夢遊者だね」


 ようやく発見したターゲットを前に、泥詩は嬉しそうな顔を見せる。

 トリガーさえ引けば必ず当たる魔弾を持つ彼女にとって、敵がすぐ近くにいることは危機感を煽る要素にならない。


「わざわざそっちから出て来てくれて嬉しいよん。いいかげんゴミ掃除にも飽きてきたからさ」

「…………ゴミはてめえだろうが」


 灰被りの女は静かな、しかし怒気がはっきりと伝わる声音で返した。


「よくもアタシの家族を殺してくれたな」

「はああぁぁぁぁん? え、もしかして法律破ってるゴミクズがいっちょ前に命の尊さを語ろうとしちゃってる系? ズバリウケるんだけど笑。弱肉強食未把握?」

「どろしーちゃんの言う通りデス。そもそも戸籍もなさそうなユーたちが死んだところで、誰も知ったこっちゃないんデース! 大人しくデスしてくださいデース!」


 ふたりして煽るような台詞を返す。


「……とあるどん底で、どうあがいても普通にはなれないと宿命づけられた少女がいた」

「ん?」


 これまでの文脈を無視して突如として始められた灰被りの語りに、ふたりは怪訝な表情になる。


「少女は全てに絶望したが、それでもどん底なりに必死に生きて、そこでささやかながら幸せを得ていた。しかし、だ。ある日、少女は知ることになる、自分と似たような境遇で、幸せになった少女がいたことを。それは現実ではなく空想上の話だったが、少女は嫉妬し、狂い悶えた。どうして自分はこうなれないのだろう、どうして自分は変われないのだろうってな」

「急になに言い出してんだこいつ。ズバリ意味不明だよ~~!?」

「まあ、つまり」


 そこで灰被りは構えを取った。空手やボクシングといった特定の流派に属する構えではない、それは彼女オリジナルの、誰も見たことが無い構えだった。


「てめえらは助からない」


 ザッ。

 地面を踏みしめる音が鳴った時には、灰被りとふたりの間の距離はほとんどゼロになっていた。縮地に等しい練度のステップである。

 

「!? ぬああああああ!!!!」


 急接近を把握した泥詩は、躊躇いなく両手の引き金を絞る。

 咄嗟の発砲で構えも照準も滅茶苦茶だったが、それでも対象への着弾を約束するのが彼女の宇宙夢だ。

 放たれた弾丸は、両方とも灰被りの体にぶつかった──が。


「え……?」


 ありえないものを見たような声を漏らす泥詩。

 当たり前だ、高速の鉛弾に撃ちぬかれたはずの相手がピンピンとしているのだから。

 見ると、灰被りの体には口が生えていた。ギザギザとした乱杭歯が並び、「ガァルル」と唸る凶悪な口。それがひとつやふたつではなく、いくつも生えている。直撃した弾丸はアレに噛み砕かれたのだろう。


「まさかこいつ……」「『自己強化系』ですカ……!?」


 目の前の敵が希少な夢遊者の中でも更に希少なタイプの能力者であることを理解した泥詩とアクアは驚愕する。

 しかし、彼らに驚いてばかりいる時間の余裕はなかった。何故なら弾丸を文字通り喰らった灰被りが右腕を振りかぶっているからだ。それもただの右腕ではない。筋肉が空気を入れた風船のように怒張し、あちこちから鋭い爪や鱗が伸びている攻撃性の高い腕だ。こんなもので殴られれば、ただではすまない。

 

「まずっ……アクアっ! 『ビッグ・メートル』を……」


 相方に指示を出そうとした泥詩だったが、遅かった。

 彼女のセリフは突如として襲ってきた浮遊感によって中断された。

 担ぎ手が居なくなったことで一メートルの高さから落下し、腰を強かに打ち付けた泥詩は、目尻に涙を浮かべる。もしやアクアは自分を置いて逃げたのではという絶望的な推測が頭に浮かび、辺りを見渡したが、慣れ親しんだ背中は見えない。

 代わりに灰被りの右腕に生えた口からくちゃくちゃと咀嚼音が漏れていた。


「も、もしかしてお前……」

「食ったよ。こういうのを弱肉強食って言うんだろ? ちゃんと知ってるんだぜ。舐めんな」


 言って、灰被りは食事中の右腕を振り上げた。「ひぃっ」と泥詩は頭上で腕を交差する。なんとも頼りない盾だ。


「ご、ごめんよぉ~。ボクだってほんとは君の家族を殺したくなかったんだよ~。『獏夜』に強制されて仕方なかったんだよ~~。およよ」


 下半身から液体を漏らしながら、みっともなく命乞いをする泥詩。

 仲間が死んだばかりだというのに、かたき討ちをしてみせようという気概は一ミリも見られない。「これで立場が逆だったらズバリお前もこうするじゃん? だから許してね」とあの世のアクアに謝罪し、命乞いを続ける。

 大丈夫! 獏夜で培ったトークスキルの全てを使えば、見逃してもらうとまではいかなくても逃げる隙くらいなら作れるはず! ここからが第二ラウンドだ!


「ボクに出来ることなら何でもするからさぁ。お願い! 命だけは」有刺鉄線を巻いた釘バットのような右腕が振り下ろされ、泥詩は死んだ。


 ◆


 一方、マイティウォーリアーズは湾岸地区にて着実に勢力を伸ばしつつあった……!


─────────────────────────────


 PLの皆さんとのセッションでは、この後日にあたる時系列でシナリオを進めます。正直、この話で重要なのはスラムの設定くらいだし、なんならそれはセッション中にまた話す予定なんで、全部忘れても大丈夫です。

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