35:初めての公演3(公演を終えて)

 傾き始めた太陽が、山へと徐々に降りて行く。興奮冷めやらぬまま、観客が広場を後にし始めると、ジーナとラチェットが馬車から降りて、広場に散らばる硬貨を拾い集めた。

 大きめの籠に全て入れても収まりきらず、さらに二人が持つ小さな籠にもこんもりと硬貨の山が作り上げられた。投げ入れられた中には金貨も混ざっているほど、午後の公演は大盛況だった。

 馬車の中では、グスタフたちがお疲れ様と労い合い、果実水の入ったグラスを傾ける。マルコムは集まった硬貨を銅貨と銀貨に分けて数えながら、厚手の皮袋へと入れていた。

 ニースは達成感と心地良い疲労感を感じ、グラスに注がれた果実水を一気に飲み干した。やりきった表情のニースに、メグとグスタフが笑いかけた。


「ニース、今日はありがとう! 最後のアンコールも、即興なのに上手に合わせてくれて、すっごく助かったわ」

「ああ、今日はニースくんのおかげでいつも以上に大盛況だった。本当にありがとう」


 二人に頭を下げられて、ニースは慌てて答えた。


「いえ、そんな。ぼく、今日はみなさんと歌えて、本当に楽しかったです。初めてだったから、緊張したけれど、本当に楽しかったんです。だから、お礼を言うのはぼくの方です。ありがとうございました」


 ニースは照れながらお礼を言うと、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。そこへ、ジーナとラチェットが馬車へと戻ってきた。


「いーの、いーのー。こっちは本当に助かったんだからー。こーんなにたくさんの投げ銭は、これまでで初めてよー」


 ジーナはニースの背中をばんばんと叩きながら笑った。ラチェットは、よろめくニースを支えた。


「ジーナさんの言う通りだよ。だから、そんなに恐縮しなくて大丈夫だよ」


 ラチェットが支えている間も、ジーナは上機嫌でニースの背を叩く。マルコムがニースを助けようと、立ち上がった。


「ジーナ、そんなに叩くとニースが潰れるぞ」


 マルコムの言葉で、ジーナはようやく叩くのをやめた。マルコムは微笑み、解放されたニースの手に小さめの皮袋を乗せた。


「ニース、本当に今日はありがとう。これは、約束のだよ」


 皮袋は、ずっしりと重かった。ニースは驚いて中身を確認した。皮袋の中には、ニースが見たことのないぐらい、たくさんの銀貨がぎっしりと詰まっていた。


「こ、こんなにたくさん……いいんですか!?」

 

 ニースは、幼い頃は伯爵家で暮らしていたが、金を扱うことはなかった。そして、マシューと共に暮らし始めてからは、大金を扱うことなどなかったのだ。

 唖然とするニースに、マルコムは、はははと笑った。


「もちろんだ。君はそれだけの働きをしたんだ」


 グスタフが深く頷き、声を挟んだ。


「ニースくんが受け取らなかったら、どうせマルコムが女に使ってしまうんだ。遠慮せず受け取ってくれ」

「グスタフ、そんな言い方はないだろう」


 二人が言い合いをする中で、ニースはぎゅっと銀貨の詰まった袋を抱きしめた。ニースはしっかりと袋の口を縛ると、腰のベルトへ袋を丁寧に結びつけ、グスタフたちに、ぺこりとお辞儀をした。


「本当に、本当にありがとうございました!」


 笑顔でお礼を言うニースに、ラチェットが語りかけた。


「ニース。もしよかったら、明日また会いに行ってもいいかな?」


 マルコムがニヤニヤと、からかうような目をラチェットに向けた。


「なんだ、ラチェット。お前、男に興味が出たのか?」

「違いますよ! 子どもの前で、なんてこと言うんですか!」


 ラチェットがマルコムへ抗議の声を上げると、マルコムは肩をすくめた。ニースは不思議に思い、首を傾げた。


「ぼくはいいですけど……何かご用なら、いつでも聞きますよ?」


 ニースの言葉に、ラチェットは意味ありげな笑みを浮かべた。


「いや、ニースのおじいさんも交えて、ちょっと相談したいことがあるんだ。座長たちには、今夜話しますよ」


 ラチェットの話は、グスタフたちにも予想のつかないものだった。皆が顔を見合わせて首を傾げる中、ラチェットは馬車の外にちらりと目を向け、微笑んだ。


「さて、お迎えも来たみたいだし、ニースはそろそろ帰った方がいいんじゃないかな?」


 ニースたちが振り返ると、馬車の入り口にはマシューとマーサが、嬉しそうな笑みを浮かべて立っていた。ニースは、はっとして笑みを浮かべた。


「おじいちゃん、待っててくれたんだ! それでは、みなさん。本当に今日はありがとうございました!」


 ニースは元気よく挨拶をして、馬車を降りた。メグたちは笑顔で手を振り、見送った。


 ニースが馬車から降りると、マシューがニースの頭をわしゃわしゃと撫でた。マシューもマーサも、顔をほころばせていた。


「お疲れ様。素晴らしい歌だったよ」

「本当、すごかったわ。女の子の踊りも素晴らしかった!」


 大好きな二人に褒められて、ニースは嬉しくて仕方なかった。

 三人は笑い合いながら家路を急ぐ。夕陽が赤く染め上げた空に、森の巣へ帰るのだろう、鳥たちの影が渡った。お疲れ様と、ニースを労うように鳥の声が空に響いた。

 夕陽に染まる牧場への道で、三つの影が手を繋ぐ。ニースたちは、互いの温もりに幸せを感じて歩いて行った。

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