27:一座との出会い1(公演の誘い)

 メグは踊りを終えた後も、ニースと共にいた。ニースが羊の番をしている間、メグは羊やシェリーと戯れたり、ニースに歌をねだった。ニースは頼まれると喜んで歌を歌った。メグは時折踊ったり、気持ち良さそうに歌声に耳を澄ませた。

 太陽が山の端に近づき、空を赤く染めていく。羊を羊舎へ連れ帰る時間になると、メグは名残惜しそうに呟いた。


「そろそろ帰らないとね」

「メグ。今日はありがとう。これ」


 ニースはメグに、銅貨を差し出した。メグは不思議そうに首を傾げた。


「なによ、これ?」

「たくさん踊りを見せてもらったから。お礼だよ」


 メグは、あははと笑った。


「いらないわよ。私だって、ニースの歌をたくさん聞いたんだから」

「ぼくの歌は関係ないよ」


 メグは優しく、ニースの手に銅貨を握らせた。


「とにかく、いらないわ。これをもらったら、明日来れないもの」

「明日? 明日も来てくれるの?」

「ええ。また遊びに来てもいい?」


 ニースは嬉しさに頬を緩めた。


「もちろんだよ!」

「ふふ。じゃあ、また明日ね」


 メグはひらひらと手を振り、帰って行った。ニースは、メグの姿が見えなくなるまで、シェリーと共に見送った。



 翌朝。朝食を食べ終えたニースは、昼食の弁当を二人分用意していた。マシューにメグのことを話すと、今日はメグの分も用意してやれと、マシューはニースに言ったのだった。

 ニースがサンドイッチにハムを挟んでいると、シェリーが、わんと嬉しそうに声を上げた。シェリーの鳴き声に続けて、誰かが家の扉をノックする音が軽快に響いた。


「こんにちは! ニース、私よ。メグよ」


 ニースは驚き、慌てて玄関へ向かった。暖炉脇に座っていたマシューが、にこにこと嬉しそうに微笑んで、ニースの姿を見ていた。


 扉を開けると、前日とは違い露出の少ない服を着たメグと、二人の男性が立っていた。一人は山賊のような強面だが、ぴっちりとしたスーツを着ており、もう一人は髪を後ろに束ねて、手にワインの瓶を持っていた。

 ニースは面食らいながらも、メグに挨拶をした。


「メグ、おはよう。早かったね。こちらの方々は……?」

「ニース、今日はちょっと話があるのよ。おじいさまはいらっしゃる?」


 ニースは突然のメグの言葉に驚きつつも、マシューに目を向けた。ニースが困っているのを見てとり、マシューは立ち上がると三人を招き入れた。


「やあ、お前さんがメグだね。ニースから話は聞いているよ。はじめまして。わしはニースの祖父のマシューだ」


 マシューが朗らかに挨拶をすると、メグは優雅にお辞儀をした。


「はじめまして。ニースのおじいさま。今日は少しお願いがあって参りました。少しお時間いただいてもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだよ。それで、そちらのお二方はどなたかな?」


 マシューが尋ねると、山賊のような男が一歩前へ出た。


「はじめまして、マシュー殿。私はメグの父のグスタフと申します。旅の一座で座長をやっております。それからこの男は……」

「私は、旅の一座で副座長をやっています。マルコムです。以後お見知り置きを」


 グスタフとマルコムの丁寧な挨拶に、マシューは驚きながらも、椅子を勧めた。


「座長殿と副座長殿ですか。これはまた、ようこそいらっしゃいました。どうぞお座りください」


 椅子に座ったグスタフたちに、ニースは緊張した面持ちで挨拶をした。


「はじめまして、グスタフさん、マルコムさん。ぼくはニースです。昨日メグと友達になりました」


 まさか旅の一座の座長たちが家を訪れると思わず、ニースの胸は驚きと感激で高鳴っていた。

 ニースはヤギの乳をコップに注ぎ、皆に出すと、自分も席に着いた。椅子が足りなかったので、ニースは台所から持ち出した腰掛け椅子に座った。

 ニースは緊張を和らげようと、ヤギ乳を少しずつ飲み始める。マルコムがマシューにワインを差し出した。


「昨日メグがニースくんのお昼を頂いてしまったそうで。どうもありがとうございました。よろしければ、こちらをお近づきの印にもらってください。お口に合うかはわかりませんが」

「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます」


 マシューは見るからに高級そうなワインを、恐る恐る受け取った。メグが微笑み、口を開いた。


「昨日頂いたチーズがすごく美味しかったんです。ニースのおじいさまの手作りだと聞きました。でも、今日伺ったのは、その話ではありません。ねぇ、父さん」


 メグに話を振られたグスタフは、ひとつ頷くと、ニースの顔を見ながら笑顔で口を開いた。


「実は、ニースくんにうちの公演に出てもらいたいんです」

「……!」


 ニースは口にしていたヤギ乳を思わず噴き出した。マシューが謝りながら布巾を取りに台所へ向かう。慌てる二人に、メグたちは驚かせてしまったと、気まずそうに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

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