書きたくなった時に書き散らす短いの

@kanesada2

『ヘッドライト』

「街灯が2秒後の未来を照らしてオートバイが走る」

大好きな歌を思わず口ずさむ。風景が目に浮かぶようないい詞だ。ちょうど今みたいに静かな道でバイクに乗っている時、ふと頭によぎっては度々歌うことがある。


ただ、今走っている道はこの歌からすれば少し静かすぎて、少し似つかわしくないかもしれない。だいいち、この道にはほとんど街灯もない。灯りといえばこのバイクのヘッドライトくらいで、さしづめ「ヘッドライトが5秒後の未来を照らして…」と言ったところだろうか。あんまり語呂がよくない。


まず、歌を口ずさむこと自体あんまり今の状況とそぐわないかもしれない。普通に考えたら、そんなに晴れやかな気分でいられる時じゃない。後部座席に乗った君は、さっき、僕の家を出る前に、別れ話を切り出した。


突然のことで僕は驚いたけど、君にしてみればとても悩んだ結果だったらしい。とても言いにくそうにしながら、それでも涙を浮かべるでもなく、しっかりとした口調で話した君の言葉の一つ一つが、慎重に選びぬかれたものだと感じられた。少しきつ目の言葉も、それを選ぶことで僕に何かを伝えたいんだろうと素直に思えた。


「あなたとじゃ未来が見えない」

数十分前の君はそう言った。そう言われて仕方ないことは、自分で痛いほど分かっている。君の言うとおりだ。

プロのイラストレーターになりたいと言いながら、さして努力もせず描きたいものを気が向いた時に描くだけ。ギリギリ一人が食べられるくらいのお金をバイトでなんとかしながら、それで奪われた時間と気力を言い訳にいつまでも現状を変えるための行動を起こさない。

自分自身前に進もうと言う気持ちがあるのかないのか、君に言われるまで正直よく分からなかった。


腰を抱く君の腕が、どうしてもいつもよりも緩い。それともこれは僕がそう思うだけなのか。いや、優しい君は、これまで悩んでいた時も、それを僕に悟らせないように強く抱きしめていてくれたはずだ。君は本当に素晴らしい女の子だった。君のことが大好きだ。


大学を出て君が職場の近くに引っ越してから、一体この道を何度通っただろう。距離にしてみれば大したことはないんだけど、君の町との間にはちょっとした山があって、君が来てくれる度にここを越えなくちゃいけなかった。家のデートと夜のツーリングが一遍に楽しめるからお得じゃん、なんて君は言ってくれたっけ。

この距離を君の気持ちが僕から離れた理由にできれば、いくらか気が休まるのかもしれない。でも、そういう気にもならない。君が悪いんじゃなく、誰も悪くない訳でもない。悪いのは僕だ。


さっきまで緩かった君の腕が少しきつくなる。かといってそこに深い意味はない。山の傾斜がきつくなって、そのぶんカーブが増えただけだ。もう少しして下りになれば、少しスピードも上がって、もっときつく抱きしめてくれるだろう。だけどもうそれも悲しいだけだ。


今君はどんな顔をしてるんだろうか。さっきの凛とした表情のままだろうか。涙なんか流してくれていれば、少しは救われるんだけど。でも君はそういう子じゃない。もしも泣いてくれるとしても、僕と別れて、一人になって、誰にも見られないところで泣くつもりだろう。君は強い。君は本当に素晴らしい女の子だった。


道が下りに差し掛かって、少し木々の開けた所から君の町が見える。山のふもとの君の家はまだ見えないけど、この帰り道ももうすぐ終わりだ。腰に君の腕を感じる。悲しいだけではあるけれど、この感覚を、やっぱり覚えていたいなあ。


この山道には相変わらず街灯がほとんどなくて、前を照らすのはこのヘッドライトだけだ。5秒後の未来を見つめながら、僕はまた歌を口ずさむ。下り道は相変わらず曲がりくねっている。


君の腕がまた少し腰に食い込む。強い君でも、少しは寂しくなってくれているんだろうか?そうだったら嬉しいな。でも、多分違うんだろうな。下りの山道をろくにブレーキもかけず、歌を歌いながら走る彼氏――いや、運転手か。に不安を抱いているだけなんだろう。


身体を大きく倒して、次のカーブを曲がる。君の腕がもっときつくなる。もう痛いほどだ。必死にしがみつきながら、君が何かを叫んでいるのが聞こえる。君は今どんな顔をしているんだろう?もうさっきみたいな表情のままという訳にはいかないだろう。取れるものならヘルメットをとって、君の顔を見てみたかった。


もう一つカーブを曲がって、僕は思い切りアクセルを回す。君が金切り声を上げながら僕を必死に揺する。ヘッドライトが5秒後の未来を映す。今はまだ、白いガードレールが見えている。


4秒。君が僕の身体を叩く。

3秒。君の声が聞こえる。

2秒。何が聞こえているのか、もうよくわからない。

1秒。ガードレールの衝撃。


ヘッドライトは5秒後の未来を映す。

あなたとじゃ未来が見えない、と君は言った。

君の言うとおりだ。何も映っちゃいない。

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