仇討ちストーリー

トマト

第1話

「さあ。


  物語を始めよう。」



[


 平田は気難しい顔をして机に座っていた。


 五二歳と言う年齢以上に、深く濃く刻まれた皺が、さらに深くなる。


 「できた」


 不意に呟き笑う。


 顔の皺が全て動く。


 笑顔がさらに深くなる。


 輝くばかりの笑顔だ。


 手にしたゲーム機を満足気に机の上に投げ出した。


 「とうとう、全面クリアだぜ! トシちゃん!」


 「おめでとうございます。所長」


 トシは顔も上げず、自分の机でファイルをめくりながら言った。


 トシは平凡な容姿の若い女性だ。


 事務仕事をしているが、事務員ではない。


 適当に平田をあしらっているのが丸わかりの態度だ。


 「おお!」


 平田はそれでも満足そうだ。


 平田は人の反応など、基本どうでもいい。


 自分がどうしたいかが、平田の関心の全てなのだ。


 呼び鈴が鳴った。


 「カギはかかってないから、入ってきて!」


 平田は怒鳴った。


 「所長。インターフォンを使ってください」


 トシが顔をしかめる。


 平田はそれを聞き流す。


 聞きたくないことは聞かない。


 これも平田の特徴だ。


 扉を開き少女が事務所に入ってきた。



[


 高校生だ。


 制服を着用していたから、そう分かった。


 少女がひどく緊張して現れたから、平田は思った。


 


 ああ、珍しいな、「仇討ち」依頼のお客さんか。


 


 「仇討ち」の依頼は少ない。


  法のシステム上、なかなか行うものは少ないからだ。


 


 しかも、こんなお嬢さんが依頼者だとは!


 


 平田は顔には出さないが、多少、驚いている。


 平田の事務所に来る依頼のほとんどは、人探しだ。


 追跡し、身柄を確保する。


 そのことにかけてはこの業界でも、屈指の事務所だ。


 まぁ、やり方を選ばないなどの困った点でも有名なことも事実だが。  


 そして、数少ない「助太刀」を行えること、行うことを、公然と宣言している事務所でもある。


 「お座りになってください」


 トシが立ち上がり、少女に椅子をすすめる。 


 少女は小さく頷き、部屋の中央にある、応接用の椅子にこしかけた。


 「お飲み物をお持ちしましょう。コーヒー? 紅茶? ココアもありますよ」


 トシは机から離れ、少女の隣に立ち、優しく話しかけた。


 トシは人が良さそうで、柔らかな印象を与える。


 それ以外は記憶にのこらない平凡な容姿だ。


 それは、不安を持つ人間の心をほぐすには適している。


 だからこそ、少女は気になったようだ。


 「あなたみたいな女の方が?」


 少女は驚いたように言った。


 自己紹介よりも、用件よりも、何よりも、そこが一番気になったのだろう。


 「女性もいますよ、この業界。確かに荒っぽい仕事ですが。でも、私は優秀ですよ。所長の代わりに私がお話をお伺いします」


 トシは少女の肩に手を置き、優しく顔をのぞきこむ。


 「おい、オレならいるぜ!」 


 平田が異議を申し立てる。




 一応看板は、「平田事務所」なのである。


 「いたっていないのと一緒でしょ」


 トシが冷たく言い放つ。


 「確かに」


 平田は面白そうに笑う。


 気を悪くした様子もない。


 「あなたが『賞金稼ぎ』?」


 少女はそこがどうしても、そこが気になるらしい。


 「ええ、この業界じゃトップクラスのね」


 トシが柔らかに笑う。


 ウソでも誇張でもない。


 トシは業界でも、トップクラスの「バウンティハンター(賞金稼ぎ)」だ。


 だが、業界でトシが有名なのはそちらではない。


 トシは確かに、優秀なる「賞金稼ぎ」である。


 だが、それ以上にこの業界でトシが有名であり、畏怖されているのは、最強の「ヘルパー」であるからだ。


 少女にココアをいれてやり、少女の前にある、応接用の椅子にトシは腰掛けた。


 その様子を、面白そうに平田は見つめる。


 この優しげな、平凡な女を見て誰が、「    」だと思うだろうか。


 「ウチの事務所は―――」


 言いかけたトシの言葉を、平田が遮る。 


 「お嬢ちゃん。仇討ち志望かい。やめときな」


 平田からは、トシの背中だけしか見えず、顔が見えない。 


 だが、トシの顔が嫌そうに歪んだのは分かる。


 そうなると、分かっていて言っているからだ。


 少女は大きく目を見開き、平田を見つめる。


 小さく、何度も首を振る。


 「復讐なんか、やるもんじゃない。全部忘れて生きていく。それが前向きってもんだ」


 それほどの熱意はなく、平田は言う。


 言ってみただけ、と言った感じだ。


 そして多分、言ってみただけなのだろう。


 「ここまで来たんだもの、色々考えた上だわね。……黙っていてもらえますか」


 前半は少女に優しく、後半は冷たく平田に怒って、トシが言う。





「へいへい」


 平田は肩をすくめ、再びゲーム機をとりあげる。


 もう一度挑戦することに決めたらしい。


 少女に興味を完全に失って、「よっ!」、などと言いながらゲームを始めた。


 楽しそうだ。


 トシはそれを見て、少し顔をしかめたが、少女の不安げな顔に、優しく微笑みをかえす。


 「でも、そうなのでしょう?」


 トシは少女に尋ねる。


 「ウチの事務所だから、来たのでしょう」


 トシは少女の返事を聞かずに断じる。


 「……仇が、討ちたいのでしょう」


 トシは、柔らかな微笑みをそのままに、その目だけを変化させる。


 凍てつくような眼差しに。


 少女は納得しただろう。


 この目の前にいる女が、凄腕の「賞金稼ぎ」で、最強の「ヘルパー」だと。


 「それで、誰を殺したいの?」


 柔らかく、柔らかく、トシは言う。


 「この私に。この私に! 誰を殺すのを、手伝って欲しいの?」


 微笑みはゆらぐことさえない。


 「十人斬りのトシ」、トシの異名だ。


 もっとも、面と向かってトシをその名で呼ぶものはいない。


 最強のヘルパー、「十人斬りのトシ」。


 平田事務所は、「仇討ち業務」を引き受けることを、公然と宣言している数少ない事務所なのである。


 


「仇討ち」、海外からは蛮法、悪法と言われているこの日本独自の制度。


 過去の遺物。


 江戸時代に制定され、文明開化後も形を変え、今現在にいたるまで残った悪法。


 今、利用するものの少ないこの制度。


 だが、なくなりはしない制度。


 それは、それでも、これほど野蛮な行為を行うことがやめることなどできない人間が存在し、そして、それを金で助ける人間が存在することによって証明されている。


 それが少女のような「遂行人」であり、トシのような「ヘルパー」である。


 「ヘルパー」とはその昔、「助太刀」と呼ばれたものから来た言葉だ。




 「仇討ち」を助ける者。


 「ヘルパー」現代では登録制である。


 現代では、十数年前、法改正によってうまれた限定された逮捕権を持つ「犯罪者逮捕業務」の免許を持つ人達が、その仕事を買って出る。


 つまり、民間の「賞金稼ぎ」事務所や、「探偵」免許を持つ私立探偵事務所が、業務の一環として行っていることが多いのだ。


 ちなみに平田事務所は、「賞金稼ぎ」と「探偵」の両方を行っている。


 「誰を殺されたの?」


 トシはささやく。


 まるで堕落へと誘う、悪魔のようだ、と、ゲームをしながら平田は思う。


 そう、誘っているのだ。


 トシは。


 復讐と言う名の、合法的な殺人を。


 


 でも仇討ちは、復讐と言う遺族感情のためにつくられた制度ではなかったけれどな。


 平田は思う。


 遺族感情ももちろん、考慮されてはいただろう。


 しかし、この法がつくられた江戸時代、仇を討つことを許されたのは、父、兄、家の長たるものの死に対してだけだった。


 子、弟、妹、妻の死に対しては、仇討ちは、許されることはなかったのだ。


 (現代では、そのような差別はなくなったが。)


 つまり、家の名誉ための制度。


家長のための制度。


 封建制のために都合が良かったための、制度だったのだ。


 そして当時、この制度がつくられたもう一つの理由。


 それは現代賞金稼ぎが認められるようになったのと、同じ理由だ。


 警察機構の、能力の無さの、穴埋め。


 江戸時代は藩ごとに犯罪を取り締まっていた。


 つまり、犯罪者が違う藩に逃げてしまえば、役人が追うことは難しかった。


 大犯罪者ならともかく、一殺人犯を追うくらいでは全国指名は難しい。


 ならば、遺族に逮捕、処刑してもらえれば、手間が省けてありがたい。


 そういう一面もあったのだ。


 今増えすぎた犯罪者、巧妙になる逃走、それらから、警察機構の穴を埋めるように賞金稼ぎが生まれた。



 賞金稼ぎが合法、そして必然、として認められたように。


 (もっとも、賞金稼ぎがお金を稼ぐ方法は、国からの賞金よりも、保釈金貸し出し業者から賞金のほうが多い。保釈金を踏み倒してにげた犯罪者を捕まえることで、保釈金の何パーセントかを、貰えることになっている。)


 現代では、仇討ち制度とは、遺族に、逮捕権と処刑執行権を与える制度なのだ。


 死には死をもって!


 一定の条件下での、私刑を認める制度である。


 海外から野蛮と言われるのはこのためだ。


 ただ、リスクも存在する。


 「返り討ち」も認められているのだ。


 ここで順を追って説明する。


 あなたが肉親を殺されたとする。


 犯人が特定され、裁判で有罪とされたとしよう。


 そこであなたは、「仇討ち」を申請することができる。


 もちろん、申請しないで司法にゆだねることもできる。


 大多数の人間がこちらを選択する。


 しかし、その場合、望む量刑になることは確実ではない。


 相手が未成年なり、初犯なり、精神疾患などで責任能力がないとされたならなおさらだ。


 それでは納得がいかない場合、許せない場合、どうしても、命には命で購ってもらいたい場合、あなたは「仇討ち」を申請することができる。


 それが、審査により妥当とされた場合、(事故の場合は認められない。あくまでも殺意を持っての殺人であるとみなされた時にのみ)仇討ちは認められ、「仇」と認定された犯罪者は一旦釈放される。


 釈放と言っても、ある一定の期間は、住所や居場所を警察に届ける義務があるが、「仇討ち」が行われるまで、基本自由の身である。


 ある一定の期間を過ぎ、仇討ちが執行されない場合、もしくは仇討ちで相手を「返り討ち」にした場合、犯罪者は無罪放免となる。


 あなたは犯罪者をその手で殺し、恨みを晴らすことができるかもしれない。


 それとも、あなたは返り討ちにされ、犯罪者を自由にしてしまうのかもしれない。


 もしくは途中であきらめ、犯罪者をやはり自由にしてしまうのかもしれない。


 そういうわけで「仇討ち」は、ハイリスクである。


 だから実行するものが少ない。


 もっとも、そのリスクを少なくするために、「助太刀」が認められてはいるのだ。


 さて、そんなこんなで、いざ仇討ちを開始するとしよう。



 仇討ちをする「遂行人」であるあなたは、武器を一つ選ぶことができる。


 仇である犯罪者もまた、法に基づく基準を満たした武器を一つ選ぶことができる。


 大概、日本刀やナイフで落ち着く。


 銃等の飛び道具は認められない。


 そして、あなたと仇は警察に指名された場所で、警察の立会いのもと仇討ちを行う。 (川原、グラウンドなど、野外が多い)


 ただ、ここで、あなたが望むなら、あなたには「助太刀」が認められる。


 「助太刀」はあなたの代行として、果し合いを行ってくれる。


 あなたの代りに仇と戦ってくれるのだ。


 ただし、とどめは必ずあなたが刺さねばならない。


 でも、助太刀が敗れたならば(参ったをした場合)、その後、あなたは自分自身で仇と戦わなければならないのだ。


 その結果あなたも殺されるかもしれない。


 今日、毎日のように人は理不尽に殺されている。


 だけど、仇討ちを実行するものがほとんどいないことはこれで、納得できるだろう。


 リスクが多過ぎるのだ。


 あなたならどうするだろうか。


 それでも、仇討ちをするのだろうか。


 助太刀を求めるのだろうか。


 大方の事務所では、合法とは言え殺人幇助である「ヘルパー(助太刀)」を行うことを公式には、認めていない。


 でも、こっそり引き受けることはある。


 「ヘルパー」の報酬は高額であるからだ。


 それは、それは。


 被害者の高額の、生命保険金が、全額報酬となるのが通例だ。


命を賭けるのだから、当然である。


 そう、お金がなければ助太刀を頼むことはできない。


これもまた、真実だ。


 


 「平田事務所は、正義の代行を、格安で引き受けています!」


 少女がおずおずと差し出した、古いチラシにはそう書いてあった。


 トシが笑う。


 平田が笑う。


 「ソイツは懐かしいねぇ。殺人を割引宣言するんじゃねえって、お上から厳重注意うけ うけて、ちょっとしか配れなかったヤツじゃないか」

「私はこの文面はマズイって言いました。だけど、所長がそれで行けって言うから、二万枚も刷ったのに! 大損でしたよ。まだ倉庫にありますよ」


 トシが冷たく言い放つ。


 「でも、ちゃんとこうやってお客さまが来たじゃないか。なぁ、お嬢ちゃん」


 平田は、少女に、にやりと笑いかける。


 少女は泣きそうな顔のまま、トシを見つめる。


 大人しげな、気の弱そうな、優しげな少女。


 そんな少女が「助太刀」を望むのだ。


 その細い指で、トドメをさしたいと望むのだ。


 どれだけの憎しみがあるのだろう。


 どれだけの悲しみがあるのだろう。


 平田は興味を持つ。


 「お嬢ちゃん、話を聞こうじゃないか。聞かせてもらおう、君のお話を、君の物語を」


 平田はゲーム機を置いて、机に頬杖をつき、少女を見つめた。


 ガラスのように光る目が少女を見つめる。


 平田は告げる。


物語の始まりを。









 「さあ。


 物語を始めよう。」

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