贋作は真作たり得るか

第25話 昔話

第2章 贋作は真作足りえるか


『あるところに、小さな集落がありました。その村に住む人々は、貧しくも日々幸せに暮らしていました。そんなある日、村に住むとある夫妻の間に子供が生まれました。生まれた子はタナトスと名付けられ、周りの大人たちからたいそう可愛がられて育ちました。


しかし、そんな幸せな日々は長くは続きませんでした。タナトスが10歳になるころ、事件は起こりました。岩場で作業をしていたタナトスの父親が、足を滑らせて谷底に落ちてしまいまったのです。幸い、谷底に落ちる前に岩のくぼみに引っ掛かりましたが、足を怪我してしまい、自力では岩場を上ることもできません。


村人たちは困りました、なぜならその村には、男が落ちたところまで伸ばせるロープがなかったのです。タナトスの父親の出血はひどく、時間をかけて救い出す猶予はありませんでした。タナトスは願いました、父親が助かることを。そんな時、突然タナトスの父親の体がふわりと浮きあがり、崖の上までゆっくりと登り始めたのです。村人たちは目を丸くしてそんな光景を眺めていました。けれど、タナトスにはその軌跡を自分が起こしたのだという確信を持っていました。


その日以降、タナトスは自分の中にある力の練習を始めました。そして、タナトスが13歳になるころにはその力はさらに増し、ある程度力をコントロールすることが出来るようになっていました。そして、タナトスは自身の力を村人のために使いたいと考え、村人たちに自身の力を見せました。きっと優しい村人たちは、自分のこの特別な力を祝福してくれるだろうと、タナトスは思っていました。


しかし、そんなタナトスの期待とは裏腹に、村人たちはひっ、と叫び声をあげ、彼を化け物を見るような目で見ました。タナトスは自分の力は安全なものだと、村人たちに訴えかけましたが、誰一人として彼に歩み寄ってはくれませんでした。


そして、その日の夜、タナトスは村人たちの会話を聞いてしまいました。なんと彼らは、タナトスを村から追放する話し合いをしていました。タナトスはショックを受けました、今までずっと仲良く暮らしていた村人たちが自分をもう村民だと思っていないという事実に。そんな事実に打ちのめされたタナトスは、何も考えられず、ふらふらとその場を離れ、自身の家に帰ろうとしました。その時、彼は地面の石に躓いてこけてしまいました。ドサッという音を聞きつけ、村人の一人がガラっと扉を開け放ちました。そして、タナトスは見てしまいました。なんと扉を開けたのはタナトスの父親だったのです。


タナトスは縋るような目で父親を見ました。父親は一瞬目をそらしましたが、ぎゅっと口を結び、タナトスを睨みつけました。そして、父親は鍬を手に取ると、タナトスへ向け、この村から出て行け!と言いました。タナトスの力を使えば、父親を吹き飛ばすことなど簡単でしたが、彼はそんなことをしたくありませんでした。そこで、言われるがままにふらふらと自分の生まれ育った村から出てゆきました。


タナトスは様々な町を転々としながらも、なんとか生きていました。けれど、彼の力を知られるたびに、町を追い出されるという日々が続いていました。2年ほどたったある日、心身とも疲れ果てていたタナトスは、どうしても自分の故郷に帰りたいと思いました。迎えられなくてもいい、遠くから眺めるだけでもいいという気持ちでタナトスは村まで帰りました。そして、タナトスはこっそりと村に入り込み、自分の家の窓を覗き、一目でも両親を見ようと思いました。すると家の中には、両親と一人の赤ん坊がいました。両親はタナトスが小さい頃に向けられていた笑顔を、その赤ん坊に向けていました。どこかでタナトスは、両親が自分のことを心配しているのではないかと期待していました。しかし、両親の表情はまるで自分の子供は目の前にいる赤ん坊ただ一人であるといわれているようにタナトスは感じました。その瞬間、タナトスの心にわずかに残っていた何かが壊れてしまいました。


タナトスは村人たちを憎みませんでした。彼は、人間そのものをひどく憎みました。そして、彼はいつの日か自分自身を否定した人間を滅ぼしたいと考えるようになりました。しかし、いかに強大な力を持っているとはいえ、自分一人の力では人間全員を相手にするには不足があることも理解していました。そこで、彼は自分と同じ力を使えるものを多く集め、自分の国を創ろうと決心しました。そして、長い長い時を経て、彼はついに自身の国、オーディム帝国を築き上げました。そして、彼は自身の力を皮肉を込め、悪を為す事象とし、“魔法”と呼ぶようになりました。


それからまた、長い時間をかけてオーディム帝国は力をつけ、人間の国に戦いを挑み、多くの人間をやっつけることに成功しました。そして、その戦いの後、オーディム帝国初代国王でもあるタナトスは安らかに息を引き取りました。めでたし、めでたし。』


「いや、暗いわ!」


話し終えたアリスにそうツッコミをいれたクロウの声が、暗闇の草原に響き渡った。


「なんだい、不服かい?君が、なんか魔族に関わる面白い話はないかと聞いてきたから、魔族に伝わる昔話を話してあげたんじゃないか」


アリスは唇を尖らせてそう言った。


「いや、よくある昔話だっていうから、ほんわかした話かと思ったら、予想以上に重い話がきてびっくりしたわ。しかも、寝る前にこんな話聞いたら、夢に出てくるかもしれないだろ」


アリスはあきれ顔で言った。


「君はよくよく、メンタルが弱いなぁ。そんなに不満なら、君が何か寝る前にぴったりの話をすればいいんじゃないかい」


「……仕方ないなぁ、そこまで言うならとっておきの不思議な話をしてやろうじゃないか。あれは、俺が魔王討伐に出て、10日目くらいの頃の話だ。すっげぇ高い寺みたいな場所があってな、登っても登っても全然つかねぇんだわ。それで——」


とクロウが話し始めると、


「ふーん、なるほどー。明日も結構歩きそうだし、君も一人でしゃべってないで、早く寝ないと疲れが取れないよ。んじゃあお休み。」


とアリスは言って、マリーからもらった小さい毛布をかぶり、芝生に寝転んだ。


「いや、話振ったんだから聞けよ!……はぁ、寝よ」


微動だにしないアリスを見て、クロウはあきらめて、自身も草むらに寝転がり眠りについた。話声の無くなった草原には、焚火のぱちぱちという音だけが響いていた。

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