第24話 奇跡
「本当にいいのかい?」
ローレンスがクロウに問いかける。
「あぁ、龍の鱗とかは高値で取引されるようですからね、村もこんなんになっちまったし使ってください」
そう言ってクロウは蒼龍の襲来で損壊した村を見まわした。村は昨日までの簡素だが穏やかな様子とは打って変わり、地面はところどころ大きく削れ、ひどいところともなると半壊している民家も見受けられた。しかし、幸いなことに村人に深刻なけがを負ったものはいなかった。
「じゃあ、これだけでも持っていきなさい」
そう言ってローレンスは蒼く輝く小さな球状の物体を手渡してきた。
「……これは何ですか?」
「これは龍玉と言っての、龍から一つしか採取できない希少な部位なんじゃよ。君にはいくら礼を重ねても足りない、せめてこれくらいは受け取ってほしい。これは村民全員の総意じゃ」
「——それではありがたく頂戴します。それにしても皆さんにけががなくて本当に良かったです」
クロウはそう言って、村人の様子を見て安堵するように息を吐き、そして軽く息を吸い彼女の——マリーに向かって歩を進め始めた。
マリーは歩み寄ってくるクロウを悲しげな眼で見ながら、アレンを抱きかかえていた。一瞬彼女の顔には逡巡が浮かんだが、意を決したように口を開いた。
「クロウ君、あなたにお願いがあるの。この子――アレンを終わらせてほしいの、あなたの手で。勝手なのはわかっているわ、それでもあなたにお願いしたいの」
きっとその言葉を紡ぐのにたくさんの葛藤があっただろう。そんな決意のこもった言葉を聞き、クロウは野暮だと思いつつも尋ねた。
「本当にいいんですか、後悔しませんか?」
そう、彼女自身の手で終わらせることだってできる、無理にクロウに介錯してもらう必要はない。
「後悔は——するでしょうね、たくさん。私の手で終わらせたらよかったかもしれない、もしくはあなたと争うことになってでもこの子を無理に生かし続けたほうがよかったかもしれないって……」
だったら、と言おうとするクロウを遮るように
「後悔なんてどうしたってする、それでも進まなきゃいけない。そうなんでしょう?」
そう言ってクロウへと笑いかけた。クロウにはもうかける言葉は何もなかった。彼はさやに手を伸ばすこともなく、ただアレンと同じ目線となる高さまでかがんだ。
そして、黙って彼の頭を撫でた。クロウは直感的に確信していた、彼にかかった魔法を解くのに刀は必要ないと。そして、そんなこと言っても無意味だとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
「今まで彼女を支えてくれてありがとう、君という存在がいなかったらきっと俺はこの結末にたどり着けなかったよ。でも、もう大丈夫だ。マリーさん——君のお母さんは君の死を受け止めて前に歩みだしたよ。だから、彼女にまた会ういつかその日まで、ゆっくりお休み」
手のひらからぬくもりのような不思議な感覚が伝わってくる。きっとこれが魔力というものなのだろう。アレンの中に流れる、彼を動かしている魔力をクロウは操って彼の中から出した。
するとアレスの手からぽろぽろと灰がこぼれ落ちた。この時クロウはすべてを理解した、クロウの呪いで死んでいった人々が一様に灰になったわけを。アレンの体が崩れ去っていく時、彼の唇が動いて何かを話した気がした。だが結局彼が何と言おうとしたのかわからなかった、そもそも死体である彼が自分の意志など持っているはずがない。きっと何かの見間違いだろう——。そうしている間にも、彼の灰化は進んでいき、ついに体を支えることができなくなり、マリーのもとへ倒れこんだ。彼女はアレンを抱きとめたが、すでに彼の体は灰塵と化してしまっていた。しかし、彼女は我が子の服をとても愛おしそうにぎゅっと抱き留めていた。そうして数刻の時間が経つと、彼女は彼の服を丁寧にたたんでしまいこみ、立ち上がった。そして、クロウのもとへ歩みよってきた。その眼にはわずかに涙がたまっている。
「まず始めに、クロウ君、あなたへお礼を言わなくちゃね。ありがとう、私の息子を解放してくれて。……でもね、やっぱり私の夫を殺したあなたを私は許せないわ」
そう、それは当然のことである。クロウ自身もそう思っていたが、言われた瞬間心臓がぎゅっと縮むような感覚に陥った。彼は、自分がまだ救われたがっているのだと感じ少なからずショックを受けた。しかし、彼女は続けてこう言った。
「だから、またこの村へいらっしゃい」
一瞬、クロウは何を言われたかわからなかった。
「どうして……?あなたは俺を恨んでいるんでしょう?だったらなんで、また会いに来いなんて言えるんですか」
マリーは微笑んで言った。
「あなたは勘違いしているわ、クロウ君。人を恨み憎むことと許すことは全然違うのよ。確かにあなたは夫を殺したけれど、あなたは紛れもなく私たちを救ってくれたんだもの。魔族だろうと人だろうとね、きっと長く人を憎み呪い続けることって相当難しいのよ。どこかできっと息苦しくなってしまうんだと思う。だけどもし、君が納得できないっていうなら、君に呪いをかけてあげる」
マリーさんはクロウの頬に手を当てた。あてられた瞬間、クロウの脳裏には魔王から呪いを受けたあの場面が思い浮かんだ。だけど、今この場を動くわけにはいかない彼は、こぶしを握り締め恐怖に耐えた。しかし、聞こえてきたのはマリーの優しい声だった。
「私みたいに救いを求めている人はたくさんいると思うの。だから、この先あなたがそんな悲しい思いをしている人に会ったら、助けてあげて、幸せにしてあげて。そして、君自身も幸せになりなさい。それができたなら、またこの村に、私たちに会いに来なさい。おいしいお茶でも飲みながら君が経験したことを話してちょうだい。君が来るまで私はずっとここにいるからね」
それは紛れもなく呪いなのだろう。今後クロウは目の前に現れた、救われたがっている人を見て見ぬ振りができなくなる。あまつさえ、彼自身も救わなければならないなんて……だけど——。
「俺が知っている呪いとはずいぶん違う呪いですね。えぇ、分かりました、こんなに心が温かくなる呪いなら謹んでお受けします。たくさん救ってくるんで土産話に期待しといてください」
そう言ってクロウは微笑みながら言った。彼女の呪いはほんの少しだけ、彼の心を救ってくれた。とても久しぶりにクロウは安らぎを感じていた。エクリースの花が太陽の光を受けて蒼く青く輝いていた。
村人たちに見送られながらクロウとアリスは村を出た。
「なぁ、アリス? 死体がしゃべるってあると思うか?」
アリスは怪訝な顔でいきなりどうしたんだ?と聞いてきた。そこでクロウは先ほどのアレスの様子を話した。
「まぁ、ふつうは死体が話すなんて普通ありえないよ」
それを聞いてクロウはやっぱ見間違いかぁ、とつぶやいた。
「いや、見間違えじゃないさ、アレンは間違いなく言っていたよ“ありがとう”とね」
はっきりとそういった。
「どういうことだよ、ふつうはそんなことありえないんだろう?」
そう、現実的に考えるなら、マリーが操作したと考えるべきなのだろう。だが、彼女はいたずらっぽく笑って、
「だって、エクリースの花は奇跡の花なんだよ。そんな花が出てくる物語で奇跡の1つや2つ起こらないなんて嘘じゃないかい?」
そう言った。そんなアリスの笑い顔にクロウもつられて微笑んだ。そしてアリスは続けざまに聞いてきた。
「君はこれからどうするつもりだい?」
「……今回の一件で、魔族にもいろいろな人がいるってわかったからな。もう少し、魔族の国を見て回ろうと思うよ、呪いのおかげで時間はたっぷりあるしな」
それに、とクロウはいたずらっぽく笑って続けた。
「どっかの誰かさんが住む場所を吹っ飛ばしちまったしなぁ」
風に揺れる草原に、クロウの発言に憤慨するアリスの声が響く。口喧嘩をしながらも、二人は同じ方向へと歩みを止めることなく進んでいく。二人の長い旅はまだ始まったばかりである。
第一章 -冒険の終わりと物語の始まりー 完
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