LINE39.1:School Days 2

 夏よりは冬の方が好きだ。僕は基本的に活動的なタイプの人間ではないので運動会も苦手だし、海に泳ぎに行こうという気にもなれない。

 今年の夏もみんなで海に行こうというようなお誘いがLINKのグループトーク上に飛び交っていたが、そもそも泳ぐためにパンツ一丁……半裸というか9割裸にならないといけないと言うのがどうにも理解できない。かといってサーフィンをするわけでもないのにウエットスーツ姿で参加したらお笑いの種だろう。

 女子は女子で普段下着が見えたら恥ずかしがったり怒ったりするのに海だったらほぼ下着のような格好を晒せるというのも理解に苦しむ。肉体を誇示するボディビル大会のようなものだと思えば「細い」「ガタイがいい」といったアドバンテージを示せる良い機会と言えるのかもしれない。

 優斗くらい鍛えていれば脱ぐのにも抵抗はないのかもしれないが、帰宅部の僕は脱ぎたいとはあまり思えない。しかしその優斗は女子の目など一切気にせず体育や部活後などしょっちゅう上半身裸で制汗スプレーの粉を教室にまき散らしているが単純に暑いだけで誇示目的とかではないのだろう。デリカシーが無いだけとも言えるかもしれないがそんな優斗が羨ましくもある。


 11月の外気はかなり冷たくなってきている。

「うー寒……」と 優斗は肘を抱え呟きながら通学路を歩いている。お前は上着のブレザーも着ずYシャツ姿で何を言っているんだと内心で突っ込みながら赤坂の方に視線を移す。

 彼女はさすがに優斗と違ってコートを着用しているが制服を折りたたんだミニスカートでこの気温の中元気に歩いている。

 赤坂に限らず同年代の女子は誰もがそうなのだが、何故この寒い中こんな格好で外を出歩けるのかといつも不思議に思う。姉ちゃんや母さん曰く、若いうちはオシャレのためならなんでも我慢できるのだそうだ。

 そう言えば姉ちゃんも学生の頃は短いスカートで派手な格好をしていた。冬だろうと雪国だろうとそれは変わらないのかもしれない。


「ハロウィンも終わっちゃったな、次はクリスマスか」と優斗が言う。近頃はクリスマスよりもハロウィンの方が世の中は盛り上がっている。

 10月の終わりにクラスで渋谷に集まったとき、赤坂は角の生えた悪魔だか魔女だかのコスプレをしていた。優斗はネズミみたいなゆるキャラのかぶりもので登場して周りを大いに笑わせていたが、僕は学園祭の時と同じ執事の格好でお茶を濁したのだった。もう少し時間があればもっとこだわった衣装が用意できた気がするのだが……。

 僕は別にお祭りごとが好きな方ではなかったのだが、この二人が「一緒にやろう」と半ば無理やり誘ってくれることでまぁ楽しそうだな、と思えるようになった。


 優斗はまたコスプレするの?トナカイとか、と僕が適当に発言するとそれじゃ普通過ぎて面白くないでしょ、と赤坂に突っ込まれる。

 なんで俺はいつもかぶりものなんだよ、と優斗が苦笑する。個人的にはまた変な格好でみんなを笑わせて欲しいと思ったが、面白いかどうかが立脚点なのは何か違うのではとも思った。


 確かにコスプレの多様性という意味ではクリスマスに比べるとハロウィンの自由度は相当に高く、前者はサンタ、トナカイくらいしか思い浮かばない。

 しかし「仮装であれば何でもあり」という日本のハロウィンの風潮はそもそも元のコンセプトと全然違うと思うし、お化けでも何でもない版権ものの変なネズミのコスプレなんて全く関係ないのでは……と無粋な考えが浮かんだが、楽しかったからいいか、と空気を読んで発言するのはやめておいた。

 赤坂の魔女コスはギリギリセーフだったのかもしれない。


 クリスマスに関しても元々カップルでイチャイチャするものでもないしな、そもそもあれは創造主が……とさらにくだらない思考を巡らせていると私はクリスマスはたぶんパスかな、と赤坂が口を開く。

 あら残念、と優斗が言う。自分でも意外だったが僕の口からもえっマジで、と思わず声が出る。


「親が仕事だから結希の保育園のクリスマス会行かないといけなくて。だからまぁ後夜祭的なのがもしあったらくらい。そもそも沙耶と遠藤みたいなカップル勢はクラスの集まりには来ないだろうし、あんたらもクリスマスくらい家族とか彼女と過ごせば?」


 彼女がいればな、と優斗は下唇を前に出してふざけたような微妙な表情で言い、まぁ俺もチビ共と過ごすかー、と軽く笑いながら続ける。うちは姉ちゃんが結婚していてもういないし、弟や妹もいないのでその点は少し羨ましく感じた。

 優斗は停めてあったロードバイクに跨るとうーっしまた明日、と言いながら自宅の方向へ猛スピードで走り去っていく。さてこの二人がクラスの集まりに来ないとなると僕はどうすべきか。


「はぁ、兄弟姉妹が家にいるってのは少し羨ましいな」


 僕は素直に気持ちを吐露する。


「あんたお姉さんが嫁いで行ったから家で気を遣う必要がなくなったって前言ってたじゃん、それにイベントごとに参加するより家で本でも読んでたいとかも言ってたし。完全に陰キャだよね」


 別に陰キャラなのは自覚しているし確かにそうは言ったのだが。騒がしいのも悪くないって最近は思ってね、と僕は返答する。


「変なの。てかあんた印象変わったよね。具体的にどこがってわけじゃないけど」


 赤坂も最近変わったんじゃない?と僕は返す。


「なんというかこう、以前より可愛らしい部分が見えやすくなったというか」


……しまった何を言ってるんだ僕は、と思う間もなく赤坂が口を開く。


「……馬鹿じゃないの。別に今までだって可愛かったし」


 ふと視線を移すと彼女はマフラーで顔を半分以上隠していてその表情は見えない。


「そう、思ったよりしおらしい反応というか、そういうとこなんだけど。普段だったら突き飛ばされてそうな……」


 ここまで発言した時点で結局僕は突き飛ばされた。また考えるより先に言葉が出てしまった、まったく今日の僕はどうかしてるな。

 完全に僕のせいでなんだか気まずい空気になってしまった中、赤坂と取り留めのない会話をしながら日も暮れた地元の道を歩く。こういう時に微妙な空気にするのではなく、優斗のように和むような言葉がサッと出てくればいいのに。

 そろそろ別方向に曲がる交差点が近づいてきている。ふと右手に引力を感じ、立ち止まって視線を移すと赤坂が僕のコートの袖をつまんでいる。えっと、こういう場合は……。


「保育園のあと。たぶん空いてる」


 ……あぁ、これはあれだ。僕が察して何か気の利いたことを言わないといけない状況だ。今度は不用意な発言はしないぞ、と思考をフル回転させる。


「梨香は、何処か行ってみたいところとか食べたいものはある?」


 と僕は聞いてみる。……発言してすぐにまたやってしまったと後悔した。

 なんで僕はナチュラルに下の名前で呼んでるんだ。完全に失敗だ、本当に今日はどうかしている。

 しどろもどろになりながら僕は謝ると赤坂は不思議そうな表情で呟く。


「私、前にもあんたに梨香って呼ばれたことなかったっけ……?」


 彼女の顔の方へ視線を移すと何故か涙がこぼれている。自分の失態も含め何が起きているのか分からず僕はもはや半パニック状態だった。

 どうしていいか分からない僕に、突然しがみつくように赤坂はその頭を預けてきた。僕はどうしたの、と聞くことしか出来ない。


「分からない……どうしてか分からないけど、松前が今ここにいることが本当に嬉しくて、すごく安心してるのに、同じくらい悲しくて寂しいの」


 赤坂は小さく涙声で僕に言う。そう言われても僕にも赤坂が何故泣いているのかは分からない。

 解らない、判らない。それらを必死に調べて考えて解き明かすこと、100%ではないにしろ真実に出来るだけ近づくこと。そういう学問や、そうやって頑張ることが僕は好きだ。


 人は自分のことすらも完全には理解出来ていないのかもしれない。それでも、今泣いている赤坂に対して優しくしてあげたいと思った。


 それは、今この瞬間に100%僕が思ったことだ。


 僕はあやすように赤坂の背中に手を回すと、右手に彼女の鼓動を感じた。

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