LINE38.3:Mirrorge 4
私はまたトンネルに戻ってくる。
ここも大分雰囲気が変わった。最初の頃のような寂寞感は影を潜め、だいぶ明るい感じになったと思う。
それは私の、あるいは(私)の寂しさが埋められたからなのか、少なくともここは一人きりの空間ではなくなった。
「現在、レストアが実行されている。あなたは、これで良かったのか?」
(私)が珍しく質問する。しかも私を心配する内容だ。こいつも少しずつ感情というものを手に入れ始めているのかもしれない。
「分からないよ。でももう止めることもできないし、そのつもりもない。修くんを……ついでに野中識も助けなきゃ、今はそれ以外のことは考えられない。復元が成功したら、今度はこんなことにならないように頑張るつもり」
そうではない、と(私)が言う。
「以前あなたは私に孤独は寂しいものだ、と教えた。そのあなたは今、この先孤独になる道を自ら選択している。その矛盾の理解が難しい。質問を変えよう。あなたの考えを、気持ちを教えて欲しい」
「……さみしいよ……あの時のママみたいに、みんなが私を忘れちゃうなんて耐えられないよ……」
私は涙を溢れさせながら強がるように精一杯微笑みを作り、答える。
「でもいいの、こんな壊れた世界で、修くんがいなくなった世界で生き続けるよりずっといい」
そうか、と(私)はこちらをまっすぐに見て頷く。二名は意識レベルが弱いので上手く行くか分からないが――と(私)が呟く。
なんのこと?と聞き返すと、トンネル内に野中識と真由さん、そして修くんの3人が現れた。
野中識以外は何が起きたのか分からないといった様子でなにやら話している。さっきまで死にかけてたのに突然知らない場所に呼び出されて怪我もなくなっているのだから無理もない。
(私)が、外にいる彼らの人格を私の脳内であるこのトンネルに呼び出したのだろうか。だが普通に考えれば3人分もの人格をコピーしたら脳が容量不足でパンクしてしまう。
おそらくこれは彼らの精神をテンポラリ的にストリーミングしているような処理ではないかと私は考える。
けど今そんなことはどうだっていい。色々な意味で残り僅かしかない時間に彼らと少しでも話が出来る、その機会をくれた(私)に、私は心から感謝した。
「何が起こってるんだ、ここはどこだ?それになんで遥が二人いるんだ?」と修くんが混乱気味に私に問いかける。
私は感情を制御することが出来ず、とても冷静に説明することは出来なかった。修君の方へ駆け寄ると、畳み掛けるように言葉がこぼれ出す。
修くん、話したいことがたくさん、まだまだあるの。知らないこと、教えてほしいこともいっぱい。行きたいところも、食べたいものも。だけどもう時間が無いの。もしまた会えたら……また私のお兄ちゃんになってくれる?
修くんは一瞬困った顔をして、何となく察したのかそれとも空気を読んだのか、いつものような無粋な感じではなく、優しく微笑みながら勿論、と答えてくれた。
ありがとう、と伝えると私は修くんと手を繋ぎ、野中識の方に視線を移す。
「僕達はおそらく、また会うことになるだろう。システムの一部だと思われる僕達は、復元が完了した後も何らかのロールを持ってこの世界と関わっていくことになると思う」
野中識は真由さんと手を繋ぎながら必要事項だけを簡潔に述べている。こいつらしいと言えばこいつらしい。少し(私)に似ているような気もした。
「……あとは、慰めにもならないかもしれないけど。メモリーに、完全な消去はあり得ない。この星そのものが記憶装置だと言うなら、僕らがしてきたこと、存在した形跡、痕跡は必ずどこかに残るはずだ」
……確かに一理ある。世の中にはボッタクリ料金でデータをサルベージする会社なんてものがあり、一説によるとバラバラに破壊されたHDDやSSDからでもデータを復元出来る場合があるらしい。
「松前遥、君と僕は友達だ。次のフェーズでまた会おう。……それと悪いんだけど、もし可能なら黒澤のおっさんと青山を呼んでもらえないかな?」
こいつが真由さん以外の人と話したいと言うとは少し意外だった。
振り返り(私)の方をちらりと見ると彼女は頷き、数秒のちに二人の男性が現れた。彼らは集まって何かを話している。説明から始まり、挨拶やお礼がその主な内容のようだ。
挨拶が済んだのか真由さんがこっちを見て口を開く。
「あの……識くんを助けてくれてありがとう。私にはよく分からないけど、これまでのことが無かったことになっちゃうのかな?」
頷きつつごめんなさい、と私がまた謝るとううん、謝らないで、と真由さんは続ける。
「もし、世界が巻き戻ったとしても、記憶が失くなったとしても、この一年くらいの経験で私が変わった部分って残っていくような気がしてるの。考え方とか、気持ちとか……私だけじゃなくて、みんな。うまく言えないんだけど」
先程の野中識の発言を鑑みるとそうなのかもしれない、と私は希望的観測を持つ。何となくまた会えるって確信してるの、とさらに真由さんは付け加える。
「だから、またね。それとありがとう。ほら、識くんもお礼言いなさい」
真由さんに促されて恥ずかしそうにありがとう、と野中識は言った。こいつにも年齢なりのところがあるんだな、と思って私はくすりと笑った。
二人は手を振っている。黒澤?さんと青山?の刑事コンビは軽く頭を下げ、全員がこのトンネルからフェードアウトしていった。
私はパパにも挨拶をしたかったが、近くにいないらしくデータをストリームすることは出来ないようだ。
修くんは全体を少し見まわし発言する。
「今まさに人格をコピーされてここに来た僕が言うのも何だけど、ここにいる遥以外の存在はavenue上にコピーされた人格と同じで、本物かどうかという判断が難しくないか?」
確かにその通りで、これは哲学的な命題かもしれない。
オリジナルが存在していて、そのデータをコピーされた存在がavenueや私の脳内に今存在している。
しかしそれはBMTPのようなものを介さずとも、人が他人を認識するという行為そのものではないだろうか?
私の認識の中の修くん、修くんの認識上の私。それらには当然乖離があるし、人は完全に相手を理解できないから近づこうとするのだろうとも思う。すると修くんはまぁそんなことはどうでもいいか、と話し始める。
「人は、認識出来ているものがその人にとってのすべてであって、遥から見えている僕は今こう話している。僕はまたみんなに会いたいと思った。それが伝わって、遥がそう認識してくれればいいのかなと思う」
修くんは優しい、それが伝わっている。それで十分だよ、と私は答える。
「何というか、今起こっていることについては何も説明されてないからみんなが話してる内容から推察するしかないんだけど……遥は、これで良かったのか?」
修くんが(私)と全く同じ質問をする。
なんだか本人を前にさっきと同じ回答をするのは少し恥ずかしい。ややはぐらかすように、真
由さんの言葉を借りながら答える。
「真由さんが言っていたように、記憶が消えてしまっても私達が経験したことは記憶領域の……心のどこかにきっと残ってると思う」
「そう、システムが再起動後、今と全く同じ形になることはあり得ない」
(私)が後ろから発言する。
ねぇ修くん、あの子とも手を繋いであげて、と私が言うと修くんは頷きつつおいで、とひとこと言う。
(私)は珍しく明るい表情で駆け寄ってくる。彼女はなんというか、固い口調で喋るわりに猫か何かのように修くんにじゃれついている。やっぱり寂しかったんだな、こいつも。自然に私も口を開く。
「だから、これでいいんだと思う。死んじゃったらもう会えないもの。また出会えればきっと、思い出はまた作れる」
「なんとか記憶を保ったまま戻る方法はないもんかな、色々と普通では知り得ないような情報も得たのに勿体ないなぁ」と修くんは顎に手を当てながらいつもの調子で呟いている。
せっかく私がいいこと言ってるのにまったく。
「ま、凡人があれこれ考えても仕方がない、死ななくて……いや消えなくて済むだけでも十分過ぎるか」
この男は呆れるほどいつも通りでもはや逆に安心する。
でも「この修くん」に会えるのはこれが最後なのかと思うとやはりとても寂しい。続けて(私)もまた発言する。
「復元後の世界が、あなた達にとって善いものになるよう、私も全力を尽くそう」
ありがとう、と感謝を伝えると、そろそろ時間だね、と私は(私)に言う。修くんのも同様にこのトンネルから去ってゆくようだ。ゆっくりと手を振りながら修くんは言う。
「遥、家で待ってるよ」
うん、と私が頷くと修くんの姿はフェードアウトしていった。私の意識もいずれ薄れてゆくだろう。願わくば、次の世界が幸せなものであるように。また修くんと出会えるように。
「修くん行っちゃったね……。なんかさ、色々ありがと」
おそらくは残り少ない時間で、私は素直に感謝の気持ちを伝える。(私)は修くんが消えたことで何やら寂しそうだ。それは私も同じなのだが。
「ところでさ、あんたさっき何か言いかけたよね?意識が遠のいちゃって聞き取れなかったんだけど……」
崩れゆくトンネルを横目に私が問いかけると(私)は少し考えこんだ様子で答える。
「あなたは以前、私達がひとつになることで元の姿に戻る、と発言した」
……?
確かに言った。それはこいつが自分のことを「私に欠けている部分」と表現したからだ。何が言いたいの、と私は返答する。
「本当の姿、という表現が何を指すかという点は理解が難しいのだが。『同じ姿をしている者同士を統合する』、それを元の姿を取り戻すと定義するのなら、現在の私達は未だ本当の姿では無いと言える」
はぁ?と私は間抜けな声を出す。
ということは何か?こいつの他にも私と同じ見た目の自律思考体が存在するということだろうか?
「それってアカシック……じゃなかった、記憶領域にアクセスしてみればそいつがどこにいるか検索出来るの?」
それは不可能だ、と(私)は即答する。
またこいつはこの土壇場で分かりづらい上に重要そうな話をしやがって、と私は溜息をつく。
「もう時間が無い。単刀直入に聞くけど、そいつはどこの誰なの?」
トンネルは崩落……というより消滅しかけている。
私達が立っている地面はもうほんの1㎡程度しか残っていない。周りを見渡すとモノクロの崖を下っているような風景が目に映る。私の意識も途絶寸前だ。
なんとかこの場に意識を留めるように頑張って(私)の言葉に耳を傾ける。
「名称や身分は分からない。少なくとも対象はこの世界に存在していない。これは私の推察だが、対象はおそらく私達を……ザ……存……
私の意識は途切れた。
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