LINE34:Special Assault Team 2
上へのSAT出動要請は意外にもあっさりと通過し、特殊事件対策部はOrion本社に対して家宅捜索及び強襲作戦を行うことになった。
本作戦の主たる目的は「LINKソフトウェア及びサーバーの停止」であり、少し違うかもしれないが大量破壊兵器や生物兵器の停止、と言えばニュアンスは近いかもしれない。
特定の人物の逮捕などが目的ではないがおそらく海堂匡は重要参考人となるだろう。個人的には、久々に奴と話してみたい。場所は飲み屋ではなく取調室になるかもしれないが。
検証班と野中識らの報告によると、廃人の目に搭載されたカメラから身を守る手段はふたつ。
奴らは目で見たものを画像ファイルとしてサーバーに送信するそうだが、脳に作用するプロトコルを使用する関係上、頭部の映像が必須らしい。従って、フルフェイスのようなヘルメットを装着することで脳情報の奪取を防げるかもしれない、という。
もうひとつは電波の遮断。もし廃人の目のカメラに頭部の映像を捉えられてしまっても、電波が通らなければ情報を盗み取られないかもしれない、とのことだ。
どちらも「かもしれない」レベルの可能性の話でしかなく、この脅威に対抗するには非常に心許ない。
だが言い換えれば戦争に行くのに絶対安全な装備などは存在せず、指令する者はなるべく生存率を上げるよう善処し、兵士は指令を信じて自分の判断で任務を遂行することしか出来ないのだ。
有志を募る会議で「モタモタしてる時間はない、廃人になる覚悟のある奴だけが参加しれくれ」と俺は言った。
よくある「配偶者や子供のいない者から採用」などと言っている余裕はなかった。そんな中、まるで教室で「この問題が解ける人」と言われた時のように即座に手を挙げたのは野中識だった。
こいつには野中真由という家族がいるのは知っている。その上で検証者と兵士、その両方をこなそうというのだ、ガキの癖に。
……というより、そもそもこいつがいなくては作戦がおそらく成立しないのだが。猫の手も借りたいとはこういう状態なのだろう。いや、こいつの場合は虎かそれ以上か。
これらの点を踏まえて、SAT部隊の装備が考案、開発された。
まず出動先が国内のオフィスである関係上、防弾対策はあまり重要でないだろうという観点から戦闘・防護服は軽量の物が選択され、せいぜい刃物を止められる程度の特殊繊維を織り込んだものが採用された。つまり、動きやすさが第一であることだ。これがマル暴の事務所にカチコミとかなら防弾・防刃装備が必須なんだろうが。
次は電波遮断。基本的にアルミホイルのような金属は電波を遮断するとされている。そこで先述の防護服とヘルメットの裏側には電波を遮断する薄い金属が全身を覆うように仕込まれている。
検証チームの島村医師によると、試作品は場合によっては90%以上の電波遮断が可能で、仮説が正しければかなりの効果を発揮するだろうとのことだ。
ただし残念ながら風通しは最悪で、残暑のあるこの9月には過酷な装備だ。
隙間が作れない関係上防護服にファンを付けることもできないのは分かるが、部隊が長時間動けないのは問題だと俺は思った。
「当日が涼しいことを祈りましょう」と島村医師は言っていたが、運動会かよと俺は内心で突っ込んだのだった。
そして攻撃用の装備。殺傷ではなく制圧が目的のため、発射式の有線スタンガンのようなテーザーガンや野中識の制圧に使用した閃光弾といったものを基本装備として採用した。
その他、電波攪乱を目的としたチャフグレネードなども各員に少量携帯させている。……そして、いざという時のために軽量の銃火器も携帯するということになった。
野中識に関しては目カメラの影響を受けないということの他、多少の危険は例の超能力で対処できる、ということで少し頑丈な程度の服装で参加ということになった。
ついでに言うと子供サイズの防護服を用意するのが難しいという問題点もあった。だが困ったのは野中真由もついてくる、という本人達の希望だった。
当然、遊びに行くんじゃねえんだぞと俺や青山、島村医師も猛反対したが、今回の作戦はとにかく野中識をサーバー本体まで連れていくことが主目的だ。こいつが居なければ作戦の根本が成り立たない。
仕方なくこいつらガキどもは後方に配置し、守りながら進むという形で了承せざるを得なかった。
「自分と真由の身くらいは守れますよ。ただ……わがままを言ってすみません」と野中識は生意気ながらも珍しく素直に謝った。
野中真由は常識人だと思っていたが、彼女にしては珍しく強い自己主張をもって常識外れな行動である同行を申し出た。
個人的な感情としては、こいつらを助けてやりたい。ガキに情が移ったのか、それとも大人気なく兵器まで持ち出して攻撃したことに負い目を感じているのか。
もしこの事態が無事鎮静化出来たとして、こいつらはどうなってゆくのだろう。少なくとも野中識は普通の子供ではない。
上の連中が、本人達の望むような平穏で静かな暮らしを送らせてくれるかどうかは分からない。残念だが俺は所詮社会の、国というシステムの歯車でしかないのだ。そしておそらく野中識はもっと大きな、この世界という規模の中で動く歯車なのだろう。
……公務員になる選択をしたのは失敗だったか?とかつての同期である天才に問いかけるように俺はぼそりと呟いた。
隊員60余名と子供1名、一般人1名分の装備が整い、特対部とSATはOrion本社への突入の日を迎えた。
Orion本社のある汐留には大規模なオフィスビルが何棟も建っているがそれらに人の気配はない。かつて空き地だった一角を丸々占拠したOrionの本社ビルは夕方の太陽光を反射してキラキラと光っている。ビル内の照明は点灯しているようで、こんな状況でも営業中のようだ。
今まさに働いているくせに人のことは言えないのだが、まったくブラック企業はよくやるよ、と俺は苦笑した。
俺達の乗ってきた装甲車数台がビルを取り囲むように止まっているが、ビルのサイズを見ると人間の周りに蟻が群がっているような印象だ。だがこちらには毒蟻がいる。毒……というよりはウイルスだな。
人類は、自らが開発したテクノロジーに足を掬われた。結果現在のこの状況がある。毒を以て毒を制することが出来るか、これはそういう賭けなのだろう。
突入、と無線に石橋の無機質な声が響く。石橋とSAT隊を先頭に俺や青山を含む特対部が続き、ガキ2名が後ろからついてくる。
掃除の行き届いたエントランスに人影はない。普段なら受付嬢が座っているであろうカウンターも無人だ。無駄に広々と吹き抜けになっている空間に隊員達の足音がカツカツと響く。
エスカレーターは動いていたが、先頭のSAT隊員が足をかけようとした瞬間に停止した。おそらく今ので同時にエレベーターも停止しただろう。確実に監視されているのだろうが、この広いビル内で無数の監視カメラを見つけ出して停止させている余裕はなく銃弾を消費して破壊するのも得策ではない。
監視室のようなものを発見出来れば良いのだが、そもそも半機械化した人間という得体の知れないものを相手にしているのだ。そいつらの間で監視カメラの映像がリアルタイムで共有されていても不思議はない。俺は石橋にサーバールームの所在特定を目的として動け、残念ながら階段でだ、と指示を出した。
低層階には社員向けのコンビニや飲食店、果ては病院や床屋までもが並び、そのどれもが無人で休業していて当然人影はない。そんな中でATMが無人で動作しており、隊員が近づくと「いらっしゃいませ」というアナウンスが虚しく響く。これは電気代の無駄だな、とくだらないことを考える。
さらに数階層を登っていくとOrionの社員証を首にかけた人々が現れ始めた。彼らは俺達の仰々しい装備を見て警戒したり怯えたりしている。隊員数名を情報収集要員としてその階に留まらせた。隊員の一人がLINKのサーバールームの所在について質問するが誰も答えてはくれない。想像はしていたが彼らには守秘義務が課されているのだろう、特にこの件に関して。愛社精神溢れご苦労なことだ。
こいつらの頭の中は読めないか、と野中識に小声で問いかけたてみたが、えっと……と口ごもるような返答しかなかった。まぁいい、とにかく刑事の基本通り足を使って虱潰しに、アナログに探すだけだ。
そのままさらに階段を上ってゆくが50前のおっさんには中々きつい運動だ。
30階を過ぎた頃、前方から大きな音が響く。SAT隊が武器を使用したようだ。何があった、報告しろと無線で石橋に声をかける。
「廃人の襲撃です。こちらの警告を無視し攻撃の態勢を取ったと判断し、テーザーガンを使用しました」
神経質というか気が小さいというか。こいつは焦って子供に対して閃光弾をブッ放した前例があるからな、勇み足で攻撃した可能性も否定できない。
殺してねえだろうな、と俺は一応確認する。大丈夫です、とだけ石橋は即答した。その直後、上方からさらに騒がしい音が聞こえてくる。おいどうした、と再度石橋に俺は問いかける。
「テーザーガンで、昏倒させたはずの廃人が……」
うわっという悲鳴とともに石橋からの音声は途切れた。先発隊は二階層ほど上にいるはずだ。
おい、何か分かるか?と俺は野中識に問いかける。
「おそらくLINKからの命令信号だ、普通の人間なら痛みや痺れで動けないような状況でも脳がそれを無視して命令を出していれば人体を動かすことが出来る」
……つまり物理的な停止、手足をもぐとか首をはねるしかないということか?いや……物理的な停止、そうだ。瞬間的に閃いた内容をすぐに無線に伝える。
「閃光弾だ、視聴覚を奪え!」
非常階段の踊り場が一瞬明るくなり、上階からの爆音がここまで響く。
この光と音は二度と喰らいたくないな、十数分は動けなくなる、と野中識が皮肉気味に呟く。隊員はヘルメットをしているとはいえ、何名かは視聴覚にまともに衝撃を喰らったかもしれない。石橋から無線が入る。
「閃光弾及びネットランチャーで動きを封じ、このフロア上の廃人の無力化に成功しました。ですが、同時にその影響で数名がしばらく行動不能です」
ふぅ、と俺は溜息をつき上の階へ足を踏み入れると、廊下にへたり込む何名かの隊員の他に、社員と思しき人と、無関係な一般人の罹患者と思われる人々が廊下で網に拘束されていた。
痛みを感じない連中が相手というこの状況を鑑みるに、神経系の毒ガスでも持ってくればそれが一番効果的だったのかもしれない。だがそれを使用するのは警察の職務の範囲ではない。それこそ自衛隊、軍隊の役割だろう。まして彼らは「心神喪失状態の病人」なのだ。市民に対する毒ガス攻撃など沙汰の外だ。
さらに上層階へと進む中、廃人の圧倒的物量とその学習能力の前に何名もの隊員が昏倒していった。奴らはこの短時間でヘルメットを外す、という防護服への対策を学習したのだ。
俺や青山も装備を用いて応戦するが、閃光弾もネットランチャーも数が減り始めている。もはや部隊にはガキどもを守っている余裕はなかった。
その時ふと守るべき対象である後方のガキどもに目をやると俺は目を疑った。
例の超能力を駆使して野中真由を守ろうと廃人の攻撃を捌いている野中識の姿は、大量の鼻血を流している上その頭髪が真っ白に染まっていた。
当然と言えば当然なのだが、何かの力を使うためにはその分何か別の燃料が必要だ。エンジンがシリンダーを回すためにガソリンを消費するように、PCが計算をすれば電力を消費し熱が発生し、それを排熱する必要があるように。人で言うとメシを食わなければ、休まなければ動くことが出来ず、限界を超えて筋力を使い続ければ筋肉痛、果ては繊維の断裂や疲労骨折が起こる。
青山を含め何人かが野中識をサポートするように立ち回っている。その中心にいる野中真由は何も出来ないながらも、泣いたり怯えたりしている様子はない。彼女はただ、自分を守り戦う野中識の姿をただ見つめていた。
消耗した部下とガキどもの姿を見て、出来れば使いたくないんだが、と思いつつ俺はホルスターに手をかけた。
43階のサーバールームに俺達は辿り着く。
かなりの数の行動不能者が発生し、隊員の数はだいぶ減ってしまった。廃人は……罹患者達は今のところ見当たらない。
室内は薄暗く、また低温を保つためなのか真冬のような寒さだ。規則正しく並んだ無数のラック型のサーバーマシンは様々な色にLEDを光らせ、ファンを回しながら低周波音を鳴り響かせていた。
予想通り、部屋の奥にはかつて俺が憧れた天才の姿があった。そして奴は口を開く。
「久しぶりだね、黒澤。そして初めまして、インフルエンサー、それともイノベイターかな?」
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