LINE16:Log

「ごちそうさまでした」


 昼食を終え、私と修くんは声を揃えて挨拶し箸を置く。

 ママはお疲れの様子らしく、今日は修くんのぶっきらぼうな料理だった。

 いつものように修くんは洗い物をすべく食器をまとめてキッチンの方へと向かう。

 手伝うよ、と私も箸やコップなどをまとめて運ぶ。

 あら珍しい、遥が片付けなんて天変地異でも起きるのかしら、とママが言う。

 私はどういう目で見られてるんだろうと若干複雑な気分になったが、今までのずぼら加減を省みると致し方ないなと反省するのだった。


 TVからはLINK停止で大混乱といった内容のニュースが流れている。

 LINKが普及しすぎた結果、特に若年層にメールで連絡を取るという方法を知らない人が増えているせいだ。

 後悔はしていないが、これを自分が引き起こしたと思うとパパにもママにも不良娘で申し訳ありませんという気持ちになってくる。

 修くんもたぶん同じ気持ちだろう。パパは私のせいでこの前は帰ってこれなかったし、おそらく今日も残業だ。そんな罪悪感が私を食器洗いに駆り立てるのだった。


 遥、デザートはいいの?とママはソファでくつろぎながら聞く。

 今日はいいや、と答えると修、この子絶対今日おかしいわよ、失恋でもしたのかしら、と怪訝な表情でママが話している。

 さぁ、思春期じゃない?と修くんは適当な発言をしている。もうちょっとましなフォローはないのかとは思ったが、やはり不自然に見えるのだろうか。

 でもさすがに普段通りの感じでいられるほど私のメンタルは強くない。隠し事をするのはストレスなのだった。


 ふう、私部屋に戻るね、とママは立ち上がってフラフラと移動する。なんだか本当に元気がなさそうで心配だ。

 食器をキッチンに運ぶと修くんは手際よくお皿を洗っている。あまり手伝えることはないようなので私はとりあえず部屋に戻ることにした。


 LINKが停止して一晩が過ぎた。

 私がavenueに放ったウイルスは予想よりもかなり早く拡散・浸透し、LINKごとサーバを停止させた。

 ただしこれは時間稼ぎに過ぎず、この隙に人間がvoidの状態に陥る原因を調べなければならない。

 なにかavenue上に「この人は確実にvoidに罹患している」という目印になるものでもあれば少しは絞り込みもできるのだろうけど。

 ログイン頻度が高い、というだけでは根拠としては弱い。気は進まないが現在確実に分かっている優斗くんや竹村さんの会話ログを参照してみるくらいしかないかもしれない。


 ノックの音が響き、洗い物を終えた修くんが部屋にやって来た。

 どう、何か分かりそう?と聞かれたが、地道に罹患者の共通点を洗い出すくらいしか出来ないね、と私はため息混じりに返答した。

 LINK・avenueが動かない現状だと、おそらくはvoidの状態が悪化することはないだろうとは思う。

 しかしこれも憶測の域を出ておらず何か未知の手段で人格が奪われ続けているとしたら、このウイルス騒ぎはムダ骨どころかいたずらに修くんやパパを巻き込み、自分が犯罪に手を染めただけという結果になってしまう。

 何とかして糸口を掴まなくては。実際に人格を奪われている最中の人の身体にはどういう変化が起きているのか、そういうのが分かればまた違う対策も取れるのに。

 唯お姉ちゃんは医療関係者だけど、そんな人体実験みたいなことをやれるのは一部の医師に限られるだろう。

 それに、現実主義者の彼女にSNSアプリを介した奇病なんて話を信じてもらえるとは思えない。


 仕方ない、やっぱり地道に会話ログを探ろう、と言いながらバックアップを取ってあったLINKやavenueの会話ログを開こうとすると家のインターホンが鳴った。修、お客さんだよーと階下からママの声が届く。

 ん、誰だろう、と呟きながら修くんが階段を降りていったので窓から玄関を覗いてみる。

 あ、梨香ちゃんだ、何か用事だろうか。なにやら梨香ちゃんは興奮してるのかやけにアクションが大きい。

 竹村さんの発見以来音沙汰がないと聞いていたが見た感じは元気そうだ。修くんが彼女を家に招き入れ、階段を昇る足音が聞こえた。


「とりあえず、玄関先で話す内容でもなさそうだし、母さんもいるからここでよろしく」


 修くんは玄関先で話していたところママから彼女?とからかわれたらしい。模範的ママ像である。

 梨香ちゃんはなんで遥ちゃんの部屋なんだろう、と言いたげだったが、修くんが先制して口を開いた。


「じゃあまず赤坂、大丈夫なのか?気持ち的な部分とか色々と……」

「うん、完全じゃないけどもう大丈夫。LINKが壊れちゃっててメッセージが送れなかったから、直接来ちゃった」


 梨香ちゃんは元気そうだが相変わらず落ち着かない様子で言う。対する修くんはいちいち来なくても電話すれば良かったのではと普通に返している。無粋な男である。


あの病気の原因というかきっかけが分かったかもしれない、と梨香ちゃんが言った瞬間私はえっ、と間抜けな声を出した。

 修くんも目を見開いている。梨香ちゃんが私の方を少し見てえっと……と口ごもっているといつものように修くんの読心術が発動した。


「遥はまぁ、なんというかいわゆる天才児なんだよ。ちなみにLINKを停止させたのもこの子」

修くんがあまりにもさらりと秘密にしていた内容を伝えてしまったので私は一瞬混乱した。

 梨香ちゃんはオーバーリアクション気味にはぁ?と聞き返した。

 まぁ詳しいことは追々な、それより今は原因について聞きたい、と修くんが彼女の話を遮った。

 マイペースというか無粋というか、こいつ絶対モテないだろとは思ったが、梨香ちゃんのことを信用してるんだろうなとも同時に思った。


自撮りがきっかけ・原因であるという梨香ちゃんの説は今までのどんな仮説よりも強い説得力を持っていた。

 修くんも納得してすごいな赤坂、と感心している。これだけ分かればユーザーの絞り込みや対策も取れるかもしれない。

 私は早速保存してあったLINKの会話ログを参照し、自撮りをアップした人とログイン頻度の相関性をカタカタとグラフにしてゆく。私のPC操作を見て梨香ちゃんは若干引いているようだった。


 ……これはほぼ間違いない、誰しもが自撮りをきっかけにavenueに入り浸るようになっている。

 罹患者に女子中高生が多いという私の取った統計もこれで説明できた。

 自撮り文化は主に女子中高生を中心として流行しており、男子や中高年のユーザー間ではそれほどの流行がないためだ。

 梨香ちゃんすごい、と私が言うと彼女は少し疑問があるの、と話し始めた。


「もちろん私も自撮りを上げたことはあるんだけど、最後に上げたのが今年の一月なのね。で、今は特に問題が出てないってことは一月の時点ではこの病気は存在してなかったってことなのかな?」


 言われてみれば確かに、グラフを参照すると自撮りをきっかけに発症している人は三月くらいからちらほら現れ始めている。

 しかし「最新型うつ」という名前がついたのは最近だが、症例自体はそれこそ年始から報道されていた気がする。

 では三月以前の罹患者は別の経路で感染したということだろうか?だとすれば振り出しに戻るとまではいかないが依然としてその経路は分からないままだ。


「遥、憶測で構わないから三月以前に罹患したと思われる人をリストアップできる?」


 三月以前には急激にログイン頻度が増えている人があまりいない。

 緩やかなカーブというか、ひと月くらいかけて最終的に常時ログインのような状態になっている人は何人かいる、と私は説明した。


「これ、もしかしてLINK・avenueの性能というか感染力というか、その辺が進化してないか?」


 ディスプレイを見ながら修くんが言う。確かにそれもあり得る。

 一月・二月の時点での感染経路は不明だが、三月に自撮りをきっかけとして人格を奪える機能を実装した、という言い方もできる。


 ……まさか。私はavenueのバージョン履歴を確認する。

 具体的な内容は記載されていないが三月にメジャーアップデートが入っている。

 それだ、と私は言う。


 アプリがバージョンアップする度にvoidに関しても何らかの進化が起きている。

 現在LINKはメンテナンス中だが、嫌な予感が頭をかすめる。

 このメンテナンスアップデートが完了したらLINKは新たな機能を実装し、さらに罹患者が増えていくのでは?

 この先の進化は想像もつかないが、いったい誰がこんな現実離れした機能をLINKに搭載し、そして進化させている?

 そもそもOrionは何のためにこんなことをしている?分からないことだらけだ。


 分からない、何も解らない。私が頭を抱えていると梨香ちゃんがどうしたの、と聞く。

 精一杯考えてるけど分からないの、ごめんなさい、と私は謝った。

 でもどうしようもないのだ、私にできることなんて数式を解いたりコードを書くことくらいで、それでは竹村さんも優斗くんも救えなかった。

 そして私は今、唯一の得意分野であるプログラミングでLINK、Orionに負けようとしている。

 そう考えると自分の不甲斐なさで悔しくて泣きそうになる。何が天才少女だ、情けない。


「ひとりで抱え込むなよ、僕らみたいな凡才でも一緒に考えるから解けることもあるだろ?今日赤坂がひとつ有力な仮説を持ってきたみたいに」


修くんが私をなだめるように言う。梨香ちゃんまで勝手に凡才扱いするなよと心の中で突っ込む。


「ちょっとびっくりしたけど、きっと遥ちゃんが色々頑張ってくれたから少しずつでも原因に近づけてるんだと思う、負担ばかりかけてごめんね」


 梨香ちゃんは私の頭を撫でながら言う。

 何かこの二人ってちょっと夫婦みたいだ、と思ったら少し笑えた。でも修くんに梨香ちゃんはもったいないか。

 ふたりともありがとう、もう一度落ち着いて情報を整理してみるね、と私は再びPCに向かう。


 voidは何らかの方法で人格を奪う。

 相変わらず物理的な手段は不明だが、とにかく罹患後はavenueにアクセスすることで人格が奪われてゆくようだ。

 これは洗脳のような一方通行の命令とは性質が違うもののように思える。

 自撮りがアップされた段階でLINKは人格に対してアクセス権のようなものを取得し、avenueを通じてその人の人格を奪っている?

 だとすると、自撮りに限らず写真データさえあれば人格の奪取ができるということになる。

 人の写真を勝手にネット上にアップする、という行為自体が倫理的にあまり宜しくないので、自撮りによる被害が目立っているのではないか。

 自撮り以外での罹患者がいないかどうかを調べるべく、さらに会話ログを参照する。


 見つけた。これは、どこかの中学校のクラスメイトによるいじめの会話ログだ……。

 写真自体は保存期間が終了しているため見られないが、読んでいて気分が悪くなる。

 この子はいじめられて写真を勝手に晒された挙句、voidに罹って人格を奪われていると考えるとその理不尽さに吐き気を覚える。いじめをしているこいつらがvoidに罹ればいいのに。

 私は不快な気分を押し殺し、二人に報告する。


 自撮りかどうかは関係なく、その人が写っている写真が発症のきっかけだ。

 そう告げると修くんも梨香ちゃんも困り果てた表情をしていた。

 当たり前だ、私ももうどうしていいのか分からない。調べれば調べるほど、考えれば考えるほど状況が悪いということばかり分かってくる。

 私たちでこんな大事を解決なんてできるのだろうか。部屋の空気が重い。


 誰も口を開かない中、私の携帯が鳴った。

 今LINKは動かないのでこれはプリインストールのメールアプリの通知だ。しかし私はこのメールアドレスを誰にも教えていないはずだが……?


 普段私が対外的に使用しているのは偽装アドレスで、そこに送信されたメールはいくつかのサーバを経由してこの本アドレスにメールが届くように設定してある。ヘッダから手繰ったりもできないように細工してあるはずだ。

 何かしらの手段でこのアドレスに辿り着いたのだとしたら相手は相当の技術を持っているハッカーかもしれない。


 予想通りというか当然というべきか差出人はアノニマスになっている。見事に痕跡も消されていて、発信元の特定は困難だろう。ただ、それでも何となく差出人に心当たりというか予感があった。

 @shiki-nowhere……。あのユーザーはおそらく何らかの目的を持ってウイルスを実行した。そしてウイルスの制作者が私であることを突き止めた上でメールを送ってきているのだろう。

 最大限の警戒が必要かもしれない。


 私はウイルスチェックを掛け、メールを開いた。

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