LINE14:Photogenics

 ここ数日間、私は部屋にこもりきっている。

 

 学校を休むと親がうるさいので登校日には一応出席したくらいで、世間の情報をほぼ遮断して過ごしていた。

 その間にもLINKの着信音が幾度となく響いたが、携帯を手に取る気にはなれなかった。もちろん松前に言われてからavenueも開いていない。

 普段は見ないTVをぼんやりと眺めたり何度も読み返した漫画や小説を読んだりしながら、極力嫌なことを思い出さないで済むように現実逃避を繰り返しているだけで数日が過ぎた。


 こんな時、恵と話が出来たらと思うとavenueにアクセスしそうになる。

 みんなで夏祭りに行こうと言ってたのに、こんな状況じゃもう無理かもな、と考えるとまた沈んだ気分になる。


 松前はクラス全体にavenueの利用を控えるように、と警告したが、誰もが彼に冷ややかな目を向けただけだった。

 無理もない、本間の件も恵の件もTV等で報道されていないし、彼らが入院した原因がavenueをやっていたからだなどと説明したところで誰も納得などしないだろう。

 私が恵の部屋に踏み込んだとき、彼女はノートPCの横側に突っ伏すような形で気を失っていた。

 呼吸やまばたきはしているものの焦点は定まらず、身体は脱力しきっていて、半開きの口の端からは涎が垂れていた。

 救急車を呼ぶよ、と私は大声で話しかけたが、彼女は一向に呼びかけに応えなかった。

 そして松前が言っていた通り、ノートPC上にはavenueの画面が表示され、紫のカーテンが閉じられた薄暗い部屋をぼんやりと照らしていた。


 松前はきっと何らかの確信があってavenueから恵を離せと言ったのだろう。

 けど私には分かることもできることもなにもない……少し落ち着いては来たが、その無力感と精神的なショックが私を引きこもらせている。


 携帯が鳴る。これはメッセージではなくLINKの無料通話の着信音だ。誰だろう、と机の方を見るとクラスメイトの麻紀からだ。

 気は重いが誰かと少し話したい気分ではあったので出ることにした。電話マークを応答の方向にスワイプする。


「梨香、生きてる?あんた全然返信ないし既読つかないし何やってんの?本間くんとか竹村さんのこととかあったし心配するじゃんか」


 ごめんね、あの件ですっかりまいっちゃって、第一発見者は私だったし……と返答する。

 久々に声を出したような気がする。思った以上に元気のない、私らしくない声が出てしまった。


「元気ないなぁ……まあとにかく、あんたは大丈夫なのね?遠藤と沙耶のバカップルもここ何日か連絡が取れないんだけど何か知らない?」


ごめんね、分からないと返答する。さっきから私は謝ってばかりだ……良く分からないけれど、情けない。

 そう思いながらもそんな話を聞いたらやはり嫌な予感がして、倒れている恵の姿が一瞬フラッシュバックする。

 あんな状態の子をこれ以上増やしてはいけないという気持ちが少しずつ湧き上がってくる。

 私は麻紀にさっきより強い口調で、松前が言う通りavenueは危ないかもしれない、と伝えた。

 彼女は「はぁ?」と猜疑的な声をあげたが、恵も本間もavenueの画面を開いたままPCの前で倒れていたこと、入院中のはずの彼らとavenue内では普段通りの会話ができること、家に踏み込む前に松前が恵をavenueから離せと私に言ったこと、それらすべてを伝えた。

 すると麻紀は「マジで……?」とかなり動揺した様子で答えた。

 分かった、でもあんたもみんなに心配かけないようにグループトークには顔出しなよ、元気出してね、と彼女は言って通話は切れた。

 そうだ、塞ぎ込んでばかりではいられない、みんなに心配をかけてばかりでもいけない。大したことはできないかもしれないけど、私なりにできることを探そう。


 相変わらずピンポン、ピンポンとひっきりなしに鳴るLINKを久々に開くとグループトークの通知数は300を越えていた。

 まずはなるべく味方を増やしたい。何から書いていいものか、どうしたら信じてもらえる?たった今麻紀にした説明と同じで大丈夫だろうか。

 松前はきっと何かを知っている、とにかくクラス内の松前に対する誤解を解かなくては。


 グループトークのルームに入ると、私が今した説明をすでに麻紀がみんなに伝えていた。

 アンテナが高いというか噂話好きというか。でもありがとう麻紀、と思うと私の口元は少し緩んだ。


 私は失っていた社会性を取り戻すように300件以上溜まっていたトーク履歴を辿り、ここ数日間のクラスの様子を把握してゆく。

 基本的には他愛のないやり取りが続いており、焼肉を食べに行こうとか海へ行こうといった夏休みらしい遊びのお誘いが並んでいる。

 夏祭りに行こう、という提案を見つけて恵や本間のことを思い出し、少し胸が苦しくなった。

 その他は「ここに行ってきたよ」というような写真、返信代わりの「了解!」「よろしく!」というようなキャラクターのシールなどが並んでいる。

 麻紀は遠藤と沙耶と連絡が取れないと言っていた。彼らの連絡が途絶えたのはいつからだろう?

 ちょうど一週間前くらいまでは二人とも普通に発言している。avenueを覗いてみようかとも一瞬考えたが今はやめておこう、一度松前に相談しなくてはと思った。


 こうしてトーク履歴を辿っている間にも新着メッセージは届き続けていて、あらかたの履歴を読み終えたので今度は最新のメッセージに目を通す。

 みんな松前の警告に信憑性を感じ始めている様子で、私は少し安心した。

「確かに中学の友達で連絡が取れない子もavenue上では元気に話しているのでおかしい気がする」というような情報も寄せられている。

 私は普段料理の時くらいにしか使わない頭をフル回転させて考える。

 きっと連絡が取れなくなった子たちには「avenueに入り浸っている」という点以外に何らかの共通点があるはずだ。そう、原因となる何かの共通点が。


 性格?違う。派手ギャルの沙耶とチャラチャラした遠藤は確かに似たもの同士のようにも見えるが、大人しい恵とがさつな本間では似ても似つかない。

 身長などの体格、これも違う。本間は無駄にでかいし恵は小さい。

 avenue内で何か原因となるものに触れている?これが一番有力な気がするが、それが何かが分からない。


 本間は恵の見舞いに行ったあの日を境に様子が変わってしまった。彼らはavenue内で何かをしたのだろうか?

 しかし私も含めクラス内の大勢がavenueのアカウントは持っているし、本間や恵があの状態になってしまってからの彼らのアバターと話した子たちもいるが、特にこれといった変化は出ていない。

 やっぱり私の頭ではこれ以上考えてもらちが明かないか。松前なら頭も切れるし、あの日私が倒れている恵を見つけたのと同じように本間を見つけている。あいつと話をしなくては。


 そう思いながらぼんやりとさらに過去のグループトーク履歴を遡る。

 この日は本間と松前が恵のお見舞いに行った日だな、何か本間が画像を送信しているが、保存期間が終了していて閲覧が出来なかった。

 さらに遡ってゆく。その一週間ほど前、恵が画像を送信しているが、同様に保存期間は終了している。

 でもこの日に恵が送った画像は覚えている。あの日私はイメチェンと称して半ば無理やりあの子を美容院に連れて行き、結希の迎えがあるから後で仕上がったら自撮りをグループに送ってよ、と私がそそのかしたからだ。

 恥ずかしいよ、とはにかむ彼女に私がいいからいいから、と押し通した結果、彼女は夜に「髪型変えたけど、どうかな?」と自撮りをアップしたのだった。

 その後は女子陣の「かわいい!」という決まり文句と、ノリの軽い男子からも同様に「似合ってるじゃん!」などの賛辞、本間の「お、おう、いいんじゃね?」というなんとも歯切れの悪い感想などが並んでいた。

 何を勝手に照れてるんだこいつは、と私は苦笑するが、そんな本間も今や入院中と考えるとやり切れない気持ちになった。


その時、目の前が光るような感覚が私の脳裏に閃いた。

 自撮り……自撮りだ。恵はこの日LINK上に自撮りをアップして、そこからavenue中毒のような状態に陥っている。

 本間がお見舞いの日にアップしていたのは恵と二人の自撮り、確か松前は写っていなかった。

 私は震える指を携帯にあてがい、急いで最近のトーク履歴まで画面をスクロールする。今日から数えて四日前の履歴を見る。


「ディグリーランド行ってきたよ!」


 そこには変に格好をつけたポーズの遠藤とウインクをしながらピースサインを作っている沙耶が写っていた。


 分からないことがある。

 かくいう私もLINK上に自撮りをアップしたこと自体は何度もあるはずだが、今の時点では特に身体や精神に不調は感じない。

 自撮りをアップした時期が関係しているのだろうか?私が最後にLINK上に自撮りをアップしたのは確かお正月、着物を着ていたので数人で記念に写真を撮ってグループトーク等に送った。

 ということは少なくとも一月の時点では自撮りをアップしてもおかしくなることはなかったということだろうか?

 そもそもこの病気のような状態はいつ、どこの誰から始まったものなのだろう?それについては考えても仕方がない。

 自撮りについては今の時点ではまだ確信が持てない、グループトークでみんなに警告する前に松前の意見を聞こう。


 私は松前に個人メッセージを送るため、携帯を手に取ってLINKを開く。

 松前、明日会えない?とメッセージを打ち込み、送信ボタンをタップすると、「メッセージの送信に失敗しました」というナビゲーションウィンドウが表示された。


その後何度か送信を試みたが結果は同様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る