LINE03:Avenue 1
チャイムが鳴り、教室は一斉にガヤガヤとし始める。
今日の授業も終わり。テスト前で部活もないし、この後は修と一緒に竹村さんのお見舞いに行く予定だ。
赤坂にも声をかけたがあいつは用事があるらしい。というか自分から言い出したのにあいつ俺らをお使い係扱いしてないか。
まぁ、いいんだけど。さて何かお見舞い品とかを買っていった方がいいだろうか?とは言っても病気で休んでいるとは限らないが……。
先週教室で話した時は普通に元気そうだったし、クラスのみんなも特に思い当たる節とかは無いようで少し心配だ。
一応赤坂にもお見舞い品って何がいいかなとメッセージを送ってみるが返事はない。仕方ないので俺は修の席に近付いて話し掛ける。
「なぁ修、なんかお見舞い品とか買ってった方が良くね?」
「入院中とかじゃないんだし別に要らないんじゃ……。まぁでも定番の見舞品ならメロンだな」
確かに定番だが残念ながらメロンを買えるほどの財力はない。もう少しこうリーズナブルに元気が出るようなものはないか、お菓子とか、と提案してみる。
「お菓子とかは本当に病気だった場合身体に良くないだろ、食べ物から離れてみたら?」
俺は唸りながら少し考えた。
「じゃあ御守りとか……」
「渋いな、まぁ優斗らしくていいんじゃないの?可愛いキャラの御守りとかもあるし悪くないかもね。ただ安産祈願とか間違った御守りは買うなよ」
さすがに間違ってもそれは買わないと思う。が、見舞いに合う御守りってなんて書いてあるやつがいいんだろう?家内安全とかだろうか?
「無病息災な」
まあいいや選ぶときまた聞こう、と思っていたら先手を打たれた。
修は物知りだ。成績トップというわけではないがとにかく様々な分野のことを良く知っている。それに機知に富んでいるというのか、物事を先読みする能力がとても優れているような気がする。
俺の頭があんまり良くないだけかもしれないが、中学から付き合っていてどうにも頼り癖がついてしまっている。だが困ったときはお互い様、もし修が困っていたら俺はなんでも相談に乗ってやるつもりだ。
しかし以前遥ちゃんを預かり始めた頃は色々と大変そうだったので何か困ってることはないか、と世話を焼いてみたところはぁ?というような顔をされたが。
ウチは弟も妹も居るし色々助けになれると思ったんだけどなぁ、と廊下を歩きながら考える。
夕方の校門は下校する生徒達でごった返している。みんな帰ってテスト勉強か、あぁ考えたくない。とりあえずお見舞いしてから考えよう。
学校を出てすぐそばの神社でネコのキャラ絵が入った御守りを買う。こんな版権もののキャラクターの御守りに御利益があるのかは疑問だったが、喜んで貰えればそれが一番なので可愛さ重視で選んだ。
商店街に着くと、グループトークで話題になっていた竹村さんの目撃情報を思い出した。
―商店街で立ってるのを見掛けたが携帯をいじっていて気付かれなかった―。
何日前の話かまでは分からないが、外に出られないほどの病気とかではないってことかな。となるとやはりなにか気持ち的な問題なのだろうか。修はどう思うか聞いてみる。
「携帯いじって何してたんだろうな?LINKでは誰にも返信してないみたいだし、電車やバスなら分かるけど、街中でつっ立って調べものとかゲームなんてするかね」
それは確かに少し不可解だ。竹村さん、変なことに巻き込まれたりしてないだろうか……。
もうすぐ彼女の家につく。考えても俺には分からないけど修もいるし、本人に聞いてみれば少しは分かるだろうか。
竹村家に着き、修がインターホンを鳴らす。二階の電気が点いている、初めて訪れたのであれが竹村さんの部屋かは分からないが誰かは家に居るようだ。
はい、とか細い声がインターホンから返ってくる。錦糸高校の松前ですが、と修が言った。
あれ、今の声竹村さんじゃないのか?家の中からゆっくりと階段を降りる音が聞こえ、ドアが開くと竹村さんがそこにいた。
いつもと違って髪も結んでいないし眼鏡も外していて、ラフな普段着なので学校での制服姿とは大分印象が違う。俺はついドキッとして不謹慎というか申し訳ないというか、彼女をいつもより魅力的だな、と思ってしまった。
「あ……本間君も来てくれたんだ」
ちょっと面喰らってしまい「お、おう」みたいな変な声が思わず出た。
「久しぶり。あ、これ連絡事項とかテスト範囲のプリントね」
修がプリントを渡す。竹村さんはかなり痩せている、というよりこれはやつれている。見るからに不健康そうだ。
「竹村さん大丈夫なの?病気?」
と聞いてみる。修がこちらを見ておい、というようなバツの悪い表情をしている。
「うん大丈夫だよ、心配かけてごめんね。ちょっと気力と体力が出なくて……。でもテストは受けに行くから。プリントありがとね。あ、ここまで範囲入るのかぁ……遅れ取り戻さなきゃ」
竹村さんはプリントを眺めつつ呟く。顔色もあまり良くないようだが受け答えはしっかりしているし、テストまでには元気になってくれるといい。
俺は買ってきた御守りを彼女に渡しつつ言う。
「学業成就の方が良かったかな?」
竹村さんはありがとう、と言いつつ少し笑った。同じく修も少し笑った。
「グループトークにお見舞い行ってきたよ的な写真送りたいんだけど、三人で一緒に撮らない?」
俺が提案すると修は僕はいいよ、写真苦手だし、と断られてしまった。クールと言うかノリが悪いと言うか。
無理に付き合わせるのもなんなので竹村さんと二人で自撮りする。
「OK!じゃあこれ送信しとくわ。竹村さん、お大事にね」
LINKを操作してグループトークに送信する。4人ほど既読通知が付く。
「本間君も松前君もわざわざありがとう。また学校でね」
「うん、無理しないように。じゃあ優斗、帰ろう」
療養中の彼女を玄関先でいつまでも立たせておくのも悪いし、俺らは帰ることにした。
振り返ると竹村さんはまだ手を振って見送ってくれていた。いい子だな、と俺は思うのだった。
修の家はすぐ近くだが、俺はふた駅隣の駅に住んでいる。
修は何か少し話したいらしく、駅までついてきてくれるようだ。歩きながらやけに険しい表情で修は口を開く。
「竹村、様子がおかしくなかった?」
大分やつれていたし元気もなかったとは思うが、それ以外は普段の竹村さんのように思えたけど、と返答する。
「体調面じゃなくて。あの子かなり視力悪くて普段は眼鏡じゃん?少なくとも学校でコンタクトにしてるのは見たことがない」
こいつは本当に細かいことに気がつく。探偵にでもなる気だろうか。
「家だし単に眼鏡するの面倒だっただけじゃねえの?」
「いや、あれはコンタクトをしていたはず。でなきゃ竹村にはあの距離でプリントの細かい文字は読めない。前に本人が言ってたんだよ、視力0.1切ってるし眼鏡が無いと人の顔もまともに分からないって」
そう言えばドアを開けて出て来たとき彼女は修だけでなく俺もいることにすぐ気付いた。
俺に関してはいつも修と一緒にいるし、身長もあるからそこで判断することは出来なくもないが、プリントの件は確かに説明できない。
「だから何ってんじゃないけどさ。街での目撃情報といいちょっと気になって。家で療養中なのにコンタクト?でなければまさか1年以上も伊達メガネで見えないふりしてました、なんてことはまずあり得ないだろ?」
もうすぐ駅に着く。
修の鋭い指摘には驚きよりもむしろ不安を感じた。本当に竹村さんに何かおかしなことが起きているんじゃないのか。
しかしどうしてこいつは身近で起きていることなのにこんなに冷静に淡々と分析が出来るんだろう?まるで他人事のような……いや違うか。
おそらく修はフラットなのだ。俺個人から見ると竹村さんの事が他人事ではない、その差なんだろう。また頼ってしまうことになるかもしれないが、修には力を貸して欲しい。
「あのさ修」
「ん?」
一瞬間が空く。呼吸を整えていると修が先に口を開いた。
「竹村が好きとかそういう話?」
俺は頭の中を読み取られた気がして絶句した。信じられない、前言撤回、フラットというかやっぱりこいつはただ空気を読まないだけじゃないのか。
俺が「な、何を!」とか言いながらあたふたしているとニヤニヤしながら修が話し出す。
「まぁまぁ、それは見てれば分かるけどさ。とにかくどうも腑に落ちない事が多くて。最近変な病気が流行ってるだろ?何かあってからじゃ遅いし、僕も調べとくからお前があの子を守ってやりたまえよ」
言おうとしていたことをほぼ先に言われてしまった。本当にこいつは恐ろしい……。
サンキュー、じゃあな、と挨拶すると俺は自動改札を通り抜ける。
サラリーマンやOL達も帰宅の時間なのか、改札口にはICカードの読み取り音がピッピッと何度もこだましている。
次の電車がすぐに来そうなので俺は小走りで階段を上り、ふた駅分の電車に乗る。
ドア付近に立ち窓の外を眺めると大分陽が落ちてきていた。大通りを走る自動車はヘッドライトを灯しはじめている。
夏休み何しようかな、早くテスト終わんねえかな、そんなことを考えていると携帯がメッセージの受信を通知した。
……竹村さんだ。グループトークではなく、俺個人に?
「あとでavenueに来てくれない?私のアドレスはこれ!avenue:kameido@kei-t.0716」
LINK avenueはLINK内で利用できる仮想生活コミュニティで、自分で作成したアバターを利用してイベント等を楽しめるサービスだ。
そう言えば竹村さん、avenueやってるって言ってたな。何か休んでることについての話も聞けるかもしれないし帰ったらアクセスしてみようか。
いずれにせよ今日は色々ありすぎて帰ってもテスト勉強という気分にはなれそうにない。一日でかなりの感情の起伏があった気がする……。
俺は了解、と返事をすると電車を降りて帰路についた。
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