小恐怖 背中の文字

@nakamichiko

第1話前編


「他の人と同じことはしたくない」


 案外小さい頃からそう思ってきた。だから、台風の時にベランダに出て小さな妹と一緒に大声で叫んだり、みんなが大好きだというマンガをあえて読まず、流行歌、アイドルも知らず、ということがそのまま今の自分を形成した一部になっている。だがそのアイドルの名前の所に趣味のものがしっかり入り込んでいたので、それは良しとしているのだ。

だが三十も近づく今、自分が

「他人と違う人間になったか」

と言うとそれは残念ながらそこまでは行けなかった。

 

 肯定的に思えば他人の迷惑は考える方だった。ストレス発散のためでも、何もない日に大声で叫べば、子供のやっていることとはいえ近所迷惑甚だしい。しかし台風の日であれば、風自体の音、そして風が引き起こすことによって生じる轟音の中、男の子の叫ぶ声など聴こえようもない。そう考えていたのかもしれない。

また親バカなのか母親は

「お前は小さい頃から優しい子だったしね」と十代の子が鼻で笑うような事を今でも言っている。でも、それは正直うれしいことではある。その優しさが今の自分の趣味の引き金にもなっていると思うからだ。

 


これが歴女からの流れなのかわからないが

「御朱印ブーム」は思いのほか息が長い。しかし、御朱印は多くの場合「神主がいる神社」ということは即ち「古く大きな神社」に限定されてしまいがちだ。このことがもたらす金銭的なことはさておき、自分としては

「ブームに全く乗ることすらできない神社」が可愛そうに思えた。自分の住んでいる所にも、そんな神社が歩いて行けるところだけで数か所存在している。昔は寺社仏閣が緊急時の避難場所であることを考えると、公民館並みに数が存在していても不思議はない。

そして完全に忘れ去られたようなところもあれば、きちんと自治会等々で管理されているところもある。それがとても面白いと感じるようになった。


「タダのへそ曲がりかな」


自分をそう思いながら、この「訪れる人が極めて限られる神社巡り」はスタートした。

近ければ、友人から買ったロードバイクで訪れ、遠ければ車で行った。


「凄い数だな! 」


一日何時間かで、十か所以上の神社をめぐることができる。明治に建て直されたものがほとんどだが、うっそうとした山の中や、住宅地の隙間にあるようなものまで、感心しながら回った。大雨で崩れかけたままの石段もあったが、それでもその本殿は綺麗に掃除されているのを見ると、複雑な思いがした。


「明治の建築ブームだったのかもしれないけど、くぎを使わないで建てているのだから凄いよな」


小さいけれどしっかりとしたものも多かった。

たまには大きな所に行って、その建築様式を見て学ぶこともあったが、逆に人の多さに疲れてしまう気がした。

 

 一体どれくらいの見て回ったのか、半年ほどして数えて見たら、驚くことに「千」をゆうに超えていた。どうも日本全土には八万弱の神社があるらしい。これがとても小さな祠のようなものまで含めてはいないのかもしれないが、とすれば自分のやっていることは「終わりのないこと」なのかもしれない。だが、やめる気にはなれなかった。

それは


「自分の体の変化」


が面白くなってきたからだった。


 僕は生まれつき霊感等みじんもない。だから怖い思いもしたことはないし、この神社巡りも「日の高いうち」に済ませることにしている。恐怖もあるが、前述したように「足場の悪い所」があるので暗くては危ないのだ。だが健全に、お賽銭も五円か十円で悪いなと思い続けているうち、


「嫌な感覚」


がするようになった。それは不思議と神社内ではない。知らない土地をめぐっているときのことだ。


「何だか・・・ここほかの所と違う」


と思って良く調べて見たら、古戦場であったとか、また、別のところでは何かしらの事故が多発しているとか。

雰囲気、といえばそうなのだが、こればっかりは自分でもわからない。そのことを含めて、今までそんなに付き合いのなかった会社の同僚に話すようになった。

「へえ・・・そんなことしているんだ。神様が与えてくれた能力だったりして」

「まさか! 」まあ笑い話程度のことだが、ネタになることだった。

そして、それからしばらくしてのことだった。

 

 


近所の神社はほとんど行きつくしてしまったので、県をまたぐようになったとき、山間の神社に行った。


「えらいなあ、地図を作る人って、絶対にちゃんと書いてあるものな」


綺麗な、長いまっすぐの石段をのぼりながら独り言を言っていると、何故か人の気配を感じる。振り返ってみるがもちろん誰もいない。足早にお参りを済ませて、車に飛び乗った。するとその感覚はすっとなくなり、くねくねした山道を、怖い思いをすることなく運転できた。


「良かった・・・バックミラーなんかに何か映ったら・・・事故るとこだよ」

そう言っていると、街が見えてきた。一安心して、一番近い神社に行こうと田舎のコンビニに車を止めさせてもらって、歩き出した。


「気のせいか・・・」


しかし小さな社の前で礼拝をしていると、急に何かの気配を感じた。そして


「え! 」


自分の背中、肩甲骨の間、背骨からほんのちょっとだけ離れた所に何かが触れた。

さっきのことがあり、自分は何度も何度も後ろを振り返りながらここに来た。誰もいはしない、靴音も全くしなかった。


そして、ふれているものが徐々に動き始めた。


服の上だったが、自分は動けるはずなどなかった。

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