第2話銀河の憂鬱

それから1ヶ月、銀河は出来る限り優しくしてきたが、子供は一向になつかない。かといって手が掛かるわけでもない。


言いつけはよく守るしわがままも言わない。泣いたり騒いだりもしないし細かな規則もすぐに覚えて几帳面に守る。


ただ常に仏頂面でほとんど何も喋らない。


初日に銀河がいろいろ質問したが、答えたのは「青葉」という名前だけで、あとは黙りこんでいるか、せいぜい首をふるぐらい。


1ヶ月の間で青葉について知ることができたのは、花が好きらしい、ということだけ。


建物の内外を案内した時、青葉は中庭にだけ興味を示した。


他の場所では退屈そうに話を聞いているだけだったのに、中庭ではキョロキョロと辺りを見回し、立ち止まり、好きなところへ行こうとする。


特に花壇が好きらしく、まだ蕾ばかりの小さな花花を、銀河が待ちくたびれる程熱心に見詰めた。


「花が好きなの? 綺麗だよねえ。これはね、大切に育ててくれてる人がいるんだよ。まだ蕾だけど、あと1週間もしたらみんな咲くんじゃないかなあ」


銀河も花は好きで、自室で1つ育てているが、子供の好奇心に付き合うには、大人は忍耐力が足りない。注意を引き剥がすために声を掛けた。


「そろそろ行こっか。まだ案内しないといけないところがあるんだ。ごめんね」


それから青葉はよく中庭にいる。建物の側に植えられた大きな木や、自然に生えてきた可憐な花花もお気に入りだ。


室内でも植物図鑑を広げたり、花の絵や写真を真似して描き写したりしている。


自分も花が好きだし、そこから何とか仲良くなれないかと話し掛けたところ、思い切り顔をしかめられた。それが初めて見せた表情らしきものだったのだから、銀河は酷く落ち込んだ。


それからあまり青葉に構っていない。仕事が立て込んだせいもあるが、どう接すればいいのか分からないのだ。


しかし、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。


どうしたものかと外を見ていると、片手に花を持った青葉が中庭に現れた。それをぼんやり見ていた銀河は、急に慌てた様子で玄関へ駆け出す。


あいにく廊下の窓は開かない。

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