第46話 失格
言霊祭当日、それは都内の大型ライブイベント会場を貸し切り、ニコニコ動画やYouTube、JCOMで放映する為のカメラが並べられている。
開催までまだ時間が一時間程あり、和彦達は控え室で他のバンドに混じり、自分たちが作曲した曲の歌詞を頭にもう一度入れ直している。
「ん……?」
和彦のスマホのバイブが鳴り、着信主を見ると、篤である。
『あと1時間から開催だけど頑張れよ!』
LINEにはそう書いてあり、頑張れ、と漫画のキャラクターのスタンプが送られてきている。
「誰から?」
「あぁ、篤さんからだよ」
「何だって?」
「頑張れってさ……」
和彦は溜息をつき、椅子から立ち上がる。
「俺タバコ吸ってくるわ、なんか緊張しまくりだからなぁ……」
「そうか、いってらっしゃい……」
咲も緊張しており、さっきからしきりに髪に手をやっている。
控え室を出た和彦は、喫煙所へと足を進める。
会場の入り口に喫煙所はあり、観客と一緒に煙草を吸うのである。
「んん!?」
ガラス張りの喫煙所には、ガラス越しに一平と貴子の顔が見え、慌てて和彦は場所を離れようとしたが彼等が和彦の存在に気が付き、声を掛ける。
(バレてしまったか……)
バツが悪そうに、和彦は喫煙所に入る。
「あれっ? 何だお前も観にきたのか?」
「あ、いや……」
「ひょっとしてお前、出るのか?」
「……」
「図星、なんだな?」
和彦は観念したかのように、こくり、と首を下げる。
「そっかぁ……あれだけやめろ、と言ったのに……」
「あ、いや、首は覚悟の上だ……退職届も書いてきたし……」
「……」
一平は和彦の決意に押されたのか、軽く溜息をつき煙草を灰皿に入れる。
和彦達は解雇を覚悟の上で、退職届を書き、このライブに臨んでいるのである。
「まぁ、止めやしねーがな。お前さんの人生だからな……」
「でもね、副業は完全にオッケーになったからそこまでナーバスにならなくても大丈夫よ」
隣から貴子が微笑みながら和彦にそう言い、一杯と何処かに行くのか、煙草を灰皿にもみ消す。
「貴方のハニーはどこにいるの?」
「控え室にいるよ」
「会いたいんだけどダメかなあ? 応援したいのよ」
「関係者以外立ち入りが禁止なんだ、だからLINEで送ってやれば喜ぶと思うよ」
「そっか、ならばそうするね」
和彦はタバコに火をつけ、気持ちを落ち着かせる。
「俺らそろそろいくわ、楽しみにしてるわ」
「あぁ……」
一平達は和彦にそう言い、控え室を後にした。
♫♫♫♫
言霊祭は、元々はX市の過疎化対策に作られた若者向けのイベントであり、大手レーベルがスカウト目的で参入するようになった。
X市長の萩野裕也(ハギノ ユウヤ)は、大抵どこも同じような演奏をする連中だなと言いたげな、退屈な表情であくびを噛み殺しながら、ステージが見渡せる席に座っている。
「萩野さん、次やる奴らがおすすめですよ……」
裕也の後ろにいる篤は、ニヤリと笑いながら、ステージで出番を待っている和彦達を指差す。
「そうか、安仁屋さんが勧めてきてくれたバンドか……」
裕也は、旧知の中である安仁屋が勧めてきたバンドの演奏を楽しそうに目を細めながら、かつて昔、ミュージシャンを志していた自分自身と照らし合わせている。
「ええ……」
彼等は、前のバンドが演奏を終えて、自分たちの番が来て顔つきが変わった和彦達を目を見開いてる。
「あいつらどこかで見たことがある顔だな……」
裕也の隣に座る、来賓として招かれた、光画舎自動車社長の堂本欽一(ハギモト キンイチ)は、和彦達の顔を見て、一度面接をしたのにも関わらず、老化の波には勝てないのか、記憶の片隅に追いやられており、なかなか思い出せないでいる。
「さーて、次のバンドは、『S&K』の皆さんです! この日の為に10年前から暖めておいた曲『レクイエム』をお願いします!」
微妙に男前のMCは、和彦達の事を手短に伝え、彼等の演奏が始まる。
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