第38話 出会い
咲は高校生の時に親にパソコンを買って貰い、前から興味があったオンラインゲームを暇潰しにやる事にした。
ちょうどその頃に出始めたのが、多数の廃人を世に排出した悪名高きファイナルクエストファンタジーであり、案の定夜遅くまでやり、昼間学校で寝てしまうという廃人に咲はなりかかり、親からパソコンを取り上げられてしまう。
咲が高校卒業後、就職と共に一人暮らしをする事になり、生活必需品としてパソコンを使う事になった為に親から返して貰い、再度FCFをやり始めた。
和彦達とネットの中で知り合ったのは、今から7年程前であり、咲が18歳の時である。
幸いな事に咲は自分を律しながらゲームをしており、廃人になる事はなかった。
『ねー、一度会ってみない?』
同じネット上の友人であるこっとんから、先週そうメッセージを貰い、長年の楽しみであったリアルでの再会を心待ちにしていたのである。
アルタから少し離れた喫茶店に、咲と和彦はおり、やや若干気まずい空気が流れている。
「まさか、君がさっちゃんだったとはな……」
和彦は沈黙を破るかのようにして口を開く。
「ええ……いや、なんか騙してしまったみたいで、その……」
咲は、和彦に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
チャット上では、咲は大手商社に勤める22歳のOLだと身分を偽っていたのである。
「いや、顔が見れないチャットで身分を偽るのはよくある話だからそんな気にしてないよ。てかな、君すごいマメなんだな、特S級のアイテムがたくさん持ってるし……相当やり込んでたろ?」
「ええ、実は会社休みの日に暇だったんで、5時間ぐらいぶっ通しでやってたんですよ、でも、途中で飽きてしまって途切れ途切れになっていたんです……」
「そうか、甘いな、俺は10時間だ……」
「ええ!? そんなやってたんですか!? 廃人になりかかりっすよそれ!」
「あぁ、彼女と別れた直後ぐらいに出たから、会社終わった後にずっとやり続けてたんだよ……お陰でオタク呼ばわりされたがな」
和彦は寂しい表情を浮かべて呟く。
「いやでも、今ライブやってるし、それに私……」
「私……?」
「いや、何でもないです。まぁ今が楽しければいいじゃないですか。てか、こっとん遅いですね……」
「そうだな、ログインして見てみようか」
和彦はこっとんと会えるのかどうか、いったいどんな人物なのか気にかかり、先日機械を取り扱い濃い茶色の機械油が染み付いた人差し指でスマホを操作してログインを行う。
『メッセージが入っています』
(こっとんかな……?)
更に先の操作をすると、宛先不明のメッセージが入っている。
『こっとんです。ごめんね 大人の事情で急に会えなくなりました、ここ辞めます。さよなら』
「おい、こっとん辞めちゃったぞ!」
「え! あ、本当だ!」
こっとんのアカウントを見るが、すでに退会した後で、彼等は肩を落としてうなだれる。
「はぁーあ、会いたかったなぁ、この人に……」
咲は古くからの友人と連絡が付かなくなった事を物悲しそうな顔をして、和彦のスマホを見ている。
「まぁでもな、所詮誰か分からないし、おかまかもしれないだろ? てか、俺らもどうしようかこれ……。もうやらないだろう? ライブとかバンド活動とかあるし。辞めるか?」
「うーん、そうですよね、これやってる暇ないし、第一キリがないですからね。廃人になっちゃうし。退会しましょう……」
咲はスマホを開きログインをして、和彦と共に退会の手続きを行う。
(こっとんってどんな人だったんだろうなぁ……)
和彦は、駅のそばの交差点を歩く群衆を見やり、この中にこっとんやネット上のゲームキャラを操作している人達がいるんだなとワクワクする反面、ネットで絡まれて特定されて炎上されたくないなと思い、ため息をついた。
♫♫♫♫
新宿から彼等は40分近くかけてZ市に戻り、駅のそばのファミレスで一息を入れている。
「はぁーあ、新宿って人多いから嫌ですねー、人酔いしちゃいそうですよ私……」
「あぁ、俺もだよ。しかし、こっとんが何者かと分からなかったなぁ……」
「でも、単なるおっさんかもしれないですよ、ネカマとか多いし。てか私もかずくんのことを中年のおじさんかと思ってましたよ」
咲は笑いながらそう言い、目の前に置かれた山盛りのポテトフライを口に運ぶ。
「え、酷いなそれは……まぁでも、所詮ネットの世界だから誰が誰なんだか分からないしなぁ。てか、君がさっちゃんだったとはな意外だったよ。変な人じゃなくて良かったー」
和彦はそう言った後に、中ジョッキのビールを喉に流しこむ。
「いやでもこれ怖いですね、ネットって。私達TwitterやYouTubeやってるけれども、特定と炎上は避けましょうね……」
「あぁ、そうだな……なんかな、怖くなってきたから気をつけような……」
和彦は、自分達のネットでの活動のことがこの街の住民に知られているのか不安になり、思わず辺りを見回す。
「誰かいたんすか? 会社の人とか……?」
「いや、いないな。動画やTwitterの活動は匿名でやろうな、絶対に……!」
「ええ……」
咲はそう言い、ドリアを口に運ぶ。
和彦は自分達の事がふとした弾みで周りに知られるのではないかと一抹の不安を感じながら煙草に火をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます