第31話 ファッション

 「おい俺もクラブに連れてってくれよ」


 昼休憩の時の喫煙所、和彦はうまそうに電子タバコをふかしている一平にそう言うと、一平はぶっとタバコを吹き出した。


「いやそんな驚かなくったっていいだろう!?」


「いやだってさ、お前クラブって柄じゃないだろ!」


 一平は、いくら和彦が趣味でロックをやっているとはいえ、まだまだ雰囲気がオタクから抜け出せてないのをみて、背伸びをしようとしている10代の若者を見るような目で見つめる。


「いやな、お前さんが行くクラブで、咲ちゃんがヤバそうなお兄さんに絡まれるんじゃないかと思うと怖いんだよ! 変な薬打たれたりとか! レイプされんじゃないとか!」


「馬鹿野郎! そんなん、いったいどこの漫画の世界なんだよ!? ねーよ!」


「いや、もしものために俺が付いて行く」


 和彦は、自分が咲のSPだと言わんばかりにきっとした顔で一平を見つめる。


「やれやれ、仕方ないな、付いてきてもいいが、お前の格好ってクラブって柄じゃないだろ? それなりの格好を教えるからネットで買うんだな……」


「格好……?」


「あぁ、オフィスカジュアルとかではなくて、流行的なファッションだ。とはいってもな、俺らが二十歳の時に流行ったB系の服ではないからな。ネットでストリートって格好で調べて買ってみろ、一万五千円もあれば安く揃えることができるからな……」


「……分かった」


 和彦は、クラブという場所がDJが選曲したヒップホップミュージックが流れ、踊りに行くところであり、普段やっている動画撮影とかは違うんだなと漠然とした考えしかなく、早速家に帰って調べたいという気持ちに襲われている。


「まぁ、後で俺がよく使っているファッションサイトを教えるから。俺とお前の服のサイズは一緒ぐらいだったろ? 多分大丈夫そうだからな、そこで買え。コーヒー飲みたいからそろそろ上に行くわ」


 一平は煙草を灰皿に揉み消して、扉を開けて出て行った。


(クラブ、かぁ……)


 普段は動画用のコンテナや路上ライブしかしてない和彦にとって、クラブ用の格好というのは雲を掴むようで見当がつかない、青天の霹靂だが、咲が変な連中に絡まれて変な薬を飲まされてレイプされる姿が思い浮かび、俺が咲を守るんだときっと唇を噛み締め、残り少なくなった休憩時間を有意義に過ごそうと喫煙所を出て食堂へと足を進める。


 ♫♫♫♫


 彼等が煙草休憩をしている時、咲と貴子は食堂で一杯八十円のコーヒーを飲み、他の派遣社員や契約社員、正社員達と共にくつろいでいる。


 「ねぇ咲ちゃん、和くんもクラブに連れてってくれって一体どんな風の吹き回しなの?」


 二人きりのテーブル席で、貴子はニヤニヤと笑いながら咲を見つめる。


「いえね、さぁ、よく分からないんすけど、なんか、クラブに行くことを話したら、俺も急に行きたいんだとなんか意気揚々としちゃって……」


 咲は昨日の和彦の言動の本意がよく分からずに、でも行く友達が増えたから別にいいかなといった、若干の疑問が入り混じった表情を浮かべている。


「ふぅーん、ねぇ咲ちゃん、どうせ行くのならば、それなりの格好をしなきゃダメだと思うわよ。どうせファッションと言ったらロック系だろうけれど、ヒップホップ系の方がクラブには合っているわよ」


「え!? そんなのがあるんですね、知らなかった!」


 咲は驚いた表情を浮かべ、目を丸くして貴子を見つめる。


「あるのよそれが、場に浮かないファッションをした方がいいわ、私がいつも使っているサイトをラインで送ってあげるからね、そんなに高くないからね」


「ふむふむ……参考になるわ。楽しみに待ってますね〜」


 貴子は咲を実の妹のように愛おしげに見つめる。


 ♫♫♫♫


 和彦と咲は帰りが一緒になり、新曲を作るのは一旦やめて、少し休んで週末にクラブに行こうという流れでそれぞれの部屋へと戻る。


「ふぅ……」


 和彦はため息をつき、着ているパーカーを脱ぎ、秋葉原のオタク系ショップで購入したアニメキャラのプリントが施されたシャツ一枚になり、タバコに火をつける。


(クラブに行く時の格好ってあるのかよ……別にジーンズとパーカーでいいと思うけどなぁ……)


 社会人になった時にスーツを着て数日間は会社に行ったが、慣れてきてラフな格好になり、俗に言うオフィスカジュアルにしたのが、世の中にはTPOがあるのは知ってるのだが、クラブに行く時の格好があると和彦は初めて知った。


 数分後、煙草を吸い終えた和彦はスマホを開き、一平のラインからファッションサイトのURLを見、検索を始める。


『ストリート系ファッションサイト ナイスガイ』


(ナイスガイだと? ふざけた名前だな……うわー……こんなの着るのか……)


和彦は、どうせ大したものが売ってないのだろうと思いながら、LINEのトークにアップされたURLをクリックする。


 そこには、街中で闊歩するリア充が着るような、お洒落なストリート向けのファッションがそこら辺にあるショップとどっこいどっこいの値段で沢山サイトに載っており、和彦はどれにしようか迷っている。


『マネキン爆買い! オラオラクラブ系ファッションド定番!』


『モテモテ間違いなし!』


 確かにかっこいいのだが、明らかに度を越した宣伝文句に和彦は辟易し、またタバコに火をつけて、天井を見上げる。


(よく考えたら、俺一生のうちにデートとかした時期あったが、クラブとか行った事全然無かったな……。リア充カップルならばクラブとか普通に通ってるのだろうが、俺なんざな……いや、いかんな……どれにするべきなんだろうか? うーん、安いやつを買うか!)


 和彦は決心をして、パソコンに目を戻し、サイトに載っている中で一番安い服を探しはじめる。


「ん……?」


『限定! 最後の一枚!』


 横縞の入ったコーチジャケットが和彦の目に飛び込んできて思わず凝視する。


「これだ……!」


 和彦の脳天に稲妻のようなものが走り、和彦はマウスのボタンをクリックした。








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