第6話 幻影

 ライブハウスを彷彿とさせる、30畳程の部屋の中、二人の男女がステージ上で演奏をしている。


 男の方は金髪で髪を短く切り揃えて、ワックスでツンツンに立たせており、一昔前に若者達の間で爆発的に流行した海外の某パンクバンドのボーカルの様相を真似しているような具合である。


 女性の方は、髪を赤く染め上げており、肩まで長く伸ばし、タンクトップから覗かせる肩にはシールなのか、それとも本当に彫ったのか、小さなタトゥーのような髑髏の模様のものが見える。


 彼等の演奏を聴いているのは、一人だけーーハンチングを被り、花柄シャツを着ている小太りの男である。


 やがて演奏が終わり、その小太りの男は拍手をした。


 ♫♫♫♫


「カァカァ……!」


「はっ!」


 和彦は、鴉のけたたましい鳴き声で目が覚めた。


 目覚めた先に広がるのは、ゲームソフトと漫画本とフィギュアの置かれたオタク感満載の部屋であり、夢の中で見たライブハウスの景色ではなく、和彦はホッとしたが、何故か寂しくなる気持ちに襲われる。


 ふとカレンダーを見ると、日付は7月の7日、七夕である。


(ちょうど今日で、オーディションやった時から8年が経ったのか……)


 8年前のこの日、和彦は元彼女と共にインディーズレーベルのオーディションを受けたが、結果は惨敗、落ちてしまってそこで和彦の青春は終わりを告げた。


 元彼女は験担ぎに、肩に髑髏のタトゥーシールを貼り、和彦は当時若者の間で流行していた海外の某パンクバンドの髪型を真似て、前日に神社に行き祈願をして、オーディションに臨んでいた。


(あの時俺馬鹿なことをしていたな、仮にデビューしたとしても鳴かず飛ばずで、困窮していたな、才能無かったし。普通の会社員をやっていて良かったぜ……!)


 和彦は、カビだらけの布団から体を起こし、煙草に火を点けて、煙を天井に向けて思い切り吐き出す。


 音楽は暇人の道楽と言われる通り、音楽で飯を食うなど、普通に社会生活を営んでいる人間からしてみたら馬鹿げている行為である。


 学生時代に、俺が一番歌が上手いだとか、あの女は最高だとか、安い居酒屋の味が薄い安い酒で、音楽と興味がある同じ学校やらアルバイト先の女の話題で、馬鹿のように一晩中盛り上がっていた和彦の音楽の仲間達は、進学を考える時期に急に冷静になり、普通にそれなりの規模の企業に就職が決まり、音楽を捨てて生活の為に仕方無く出世街道を歩んでいる。


(だが、何故、元彼女の顔が思い出せないんだろう……? いや今更感なんだが、写真を捨てるべきでは無かったのか……?)


 和彦は彼女と別れた後に、全ての写真や画像を破棄してしまい、もう顔を思い出す術はなくなっており、その顔が必要だと言うわけではないのだが、たまにふと、どんな顔だったか気になる時があるのである。


『ブブブ……』


 テーブルに置かれてあるスマホに、メールかラインの着信があったのか、短い時間のバイブレーションが鳴り響く。


(誰だろう……? ババアじゃなければいいが)


 美智子に自分の休日の時間を邪魔されたくはないなと思いながら、和彦はスマホを見ると、サキという名前のアカウントからメッセージが入っている。


『昨日は楽しかったです(^^) 歌上手いですね(^^) また飲みに行きましょう!』


 咲と和彦達は飲み会の席でお互いにアドレス交換をしており、咲からラインが入って、和彦は顔がにやける。


 彼等は昨日の晩飲んだ後にカラオケに行き、深夜の12時まで歌っていた。


『お疲れ様です、また行きましょう(^^) 柊さんも歌が上手いですよ(^^)』


 和彦のラインはすぐに既読になり、和彦はますます顔がにやけているのが自分でもわかるようになり、軽く深呼吸をする。


 咲は数年前のヒットソングを歌い、98点という高得点をマークして、和彦も大学生の時に皆が歌っていた当時の流行曲を歌って95点を弾き出し、一平達に少し関心させていたのだ。


『また行きましょう(^^)』


(俺にもとうとう女友達が出来たぜ……!)


「カァ!」


 生まれて初めて女友達が出来た若者の如く、心の中でガッツポーズをしていると、ベランダから鴉の鳴き声が聞こえ、和彦は背筋が凍りつくような感じになる。


(なんだまた鴉かよ、五月蝿ぇな……)


 鴉が羽ばたく音が部屋に響き渡り、和彦は不気味な気持ちに襲われて、再度布団に潜り込んだ。


『ブブブ……』


 再度スマホのバイブが鳴り、和彦は布団からむくりと顔を出し、先程の鴉がいないかどうか周囲を確認してスマホを見やると、そこには一平からのLINEのメッセージ着信がある。


『お疲れ。お前歌上手いな、それと、あの咲って子彼氏がいないみたいだぞ、良かったな。てか、わざわざ気合を入れたお洒落しなくても良かったんじゃねーか?』


 一平のメッセージに、咲が彼氏がいない事を喜び、気合を入れてお洒落をしてもしなくても変わらなかった、このシャツ、わざわざアイロンなんかかけるべきでは無かったなと軽く後悔をして、和彦は再び布団に潜り込む。


「ギャアギャア……」


 ベランダの外から聞こえる、数羽の鴉の泣き声が和彦の鼓膜に響き渡り、和彦は軽い恐怖に襲われた。




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