レクイエム
鴉
プロローグ
第1話 夢
30畳ほどの部屋の中、薄暗い明かりの下、15個程のパイプ椅子が置かれており、ギター用のアンプがあるステージに2人の若い男女がいる。
彼等の年端は21、2そこら、大学を出るか出ないか位の年齢に感じられており、男はやや平均身長よりも二、三センチ程低い体躯、童顔気味の顔に似合わない金髪で髪を立たせて緊張した顔つきでギターを握っている。
そいつの隣にいる女は、やや病的に痩せており、幸薄そうな雰囲気で髪を肩まで伸ばして、江戸時代の遊女のように端正な顔つきをしており、ギターを持ちながら目の前に置かれているマイクを緊張してみている。
彼等の目の前にある椅子に座る、黒のハンチングとアロハシャツを着た、30代前半に差し掛かって体のラインが崩れかけており、腹が出てる壮年の男は、微笑みながら慈愛の眼差しで彼等を見ている。
「では、K&Kの皆さん、演奏をお願いします……」
「では、始めます、『レクイエム』……!」
金髪の青年のギター演奏が始まる。
🎵🎵🎵🎵
6畳一間、フローリング、3畳のロフトがあり、その狭苦しい部屋に所狭しと置かれた漫画本やフィギュア、最新のゲーム機器の山。
そして、その部屋の片隅に埃が積もって置かれているエレキギター。
部屋の真ん中に丸テーブルが置かれ、そこには最新式のノートパソコンがあり、ディスプレイには中世の騎士のような甲冑を着た兵士と、白いローブを着た、耳がウサギのように長く、銀色の長い髪をした女性が映っている。
元は白地だったのだが、洗濯をしていなかったせいか黄ばんでおり、ところどころがほつれている掛け布団に、溝鼠のようにろくすっぽ風呂に入っておらず異臭と、フケと油まみれの髪の毛、垢だらけの身体をした男が眠りを貪っている。
そんな情けない男を嘲笑うかのように、一羽のカラスがカァと一鳴きをして、羽を羽ばたかせる音を周りに聞かせながら飛び立っていく。
「はっ」
不気味な鴉の鳴き声に、この部屋の主の朝霧和彦(アサギリ カズヒコ)は起こされた。
(あの夢は……あいつは、確か……まぁ、どうでもいい事だな、もう……)
和彦が先程見た夢は、ライブハウスのような場所で、金髪の男と黒髪の女が、ハンチングを被った男に歌をせがまれて歌うというものである。
それはまるで、バンドのオーディションを彷彿とさせる場面であり、どこかで見たことがある夢だなと和也は思うのだが、それを思い出そうとしても思い出すことが出来ない。
人間が普段睡眠をとった時に見る夢は、昔の不要な記憶を整理する為の生理的な現象だと心療内科に従事する者は口を揃えて言うのだが、まだその夢を見るメカニズムは完全には解明されてはいない。
(あんな夢を見るだなんて、なんだろうな……。あいつは元気にしてるのだろうかなぁ、まあもう一生会うことはないだろうが……)
和彦の脳裏に掠めるのは、夢で見た、黒髪の幸が薄そうで、遊郭の遊女のような端正な顔つきをした美女の顔。
今から8年近くも昔、22歳を8ヶ月ほど過ぎたばかりに、ファミレスで別れ話を切り出されて、別れた彼女の顔つき。
風の噂では、器量の良い顔を生かして場末の風俗店で働いているとか、うまい具合に医者を誑かして玉の輿に乗ったと聞くが、実際は分からず、その顔の輪郭も、不要な記憶を削除していく脳細胞の特性で月日が経つにつれて分からなくなっている。
『ブブブ……』
最新式のスマホのバイブが鳴り、和彦は面倒臭そうに液晶画面を見やると、そこには、一平と書かれた、和彦と歳がそんなに変わらない肌艶の茶髪の男性のラインアイコンが映っている。
『来週新しい派遣さんが入って来るみたいだぞ、女みたいだよ(^^) 狙っちまいな(爆笑)』
馬鹿野郎、と和彦はスマホの先にいるであろうその送信主に向かい呟いて、電子タバコを口に咥える。
(どうせ俺のような、コミュ障でブサメンでオタク臭い男に近寄って来る女なんざいねぇんだよ……!)
昔美女と付き合っていた頃の自信はもう和彦には微塵も残されておらず、社会の歯車の一つとなってしまい毎日が同じ事の繰り返しの怠惰な日々である。
『ブブブブ……』
再度スマホがなり、液晶画面には榊原という名前と090から始まる携帯電話の番号が表示されている。
「はい、お疲れ様です」
「お休みの所悪いね、ねえ、先週入った派遣の人がバックれて連絡がつかないのよ! 今すぐ来れない!? 人が足りないのよ!」
「ええ、分かりました」
和彦がそう言うと電話は一方的に切れた、ややしゃがれた声の主である榊原が指揮する部署はそんなに激務ではないのだが、ある原因により人の定着率は悪い。
一応一通りの作業が出来る和彦は、急遽呼ばれる形になり、多分これから休んでいる他の社員にも連絡がいくのだろうなと思い、折角の休みが亡くなった事に深い溜息を付き、煙草をふかす。
(やれやれ、俺が彼女を作るのは、もうこれから一生ないんだろうなぁ……)
医学的に見れば、まだ30歳で肉体の年齢はピークなのだが、恋愛を長らくしておらず、清潔感などどうでもよくなり風呂に入るのも一週間に一度か二度ぐらい、心が老け込んでしまった和彦に向けて、カァ、と鴉の一鳴きが響き渡り、驚いてベランダを見やると一羽の鴉が物干し竿に止まり、すぐに飛び立っていく。
(鳥はいいな、自由でよ……!)
和彦が、自由に空を羽ばたく鳥のような青春を謳歌した時期は、とっくの昔に終わってしまった。
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