第二部 一章-3 天使に手を伸ばせ
「……」
人の人生が、苛立ちと共にあるように、サリア・バランタインのヒノマ生活が苛立ちと共にあった。
待っている時間、ガキのお守り、やたら威張り散らす腑抜けども……紆余曲折あってI.O.D.C.特殊作戦群に配属されて、ヒノマ共和国――学術研究都市『出雲』に来てからというもの、苛立ちは絶えることはない。
この苛立ちも、時が経てば日常になる。だが、慣れたからといって苛立たなくなると言うわけではない。
今のように、一般車両に偽装した装甲車で待機している間も例外ではなかった。
「これ、いつまで続くんですか」
だから、彼女の第一声も苛立ちを含んだものとなった。
「八島の連中のゴタゴタと、アリアドネ絡みのあれこれが収まるまで……この前も言っただろう」
「違いますよ」とサリア。「あいつですよ」
「何だお前。まさかまだ二度も良いようにあしらわれたのを根に持ってんのか」
隊長を担当する彼は、呆れながらそう返す。
眼の前の彼女は、今大学に潜入している護衛対象――静馬エトにエリュシオンで二度も返り討ちに遭っていた。
一度目は、確か実戦形式のVAF性能評価試験。二度目は第三次楽園戦争における救助任務で敵と間違われて殺されかけた……
若いな――と思うのは、老いたからなのか、単に怠慢なだけなのか。
少なくとも、任務に支障が出るレベルにまで引きずるのなら、若さ以前の問題だろう。
所属しているのが民間企業――と呼ぶには若干怪しいところはあるが――というだけで、自分たちは暴力に関するプロフェッショナルであることに変わりない。
「……忘れましたよそんなこと」と返すサリア。んで、私がいいたいのはそういうことじゃない。こんなガキの使いをいつまでやらなきゃいけないんだって話ですよ。私達の本当の任務は――」
「サリア、何度言えばわかる。その本来の任務はAFの不手際で凍結された。今の我々のミッションはAFの監視だ。連中が身内の膿をすべて出し切るその瞬間まで、本来の役目に復帰することはない」
「…………っ」
「今の状況はエトが引き起こしたわけじゃない。わかっているだろ」
「…………」
「AFが我々の予想以上に役立たずで、予想以上に蛮族の側にあったためだ。そんな集団を放っておくわけにも行くまい。何をしでかすかわからんからな。九星図書館事件の再来など、お前も嫌だろう。私だって御免被るさ」
「わかってはいますよ、わかっては」
「それならいい。――時間だ、彼を迎えに行くぞ」
◇ ◇ ◇
「……私からきみに提供できるものは、それだけだ。その論文ファイルの本当の中身がなにかもわからないし、それが君の求める情報かどうかもわからない。そこは了承してくれ」
「えぇ、わかっています」
「お詫びとしてはなんだが、所属しているコミュニティで盛り上がっている情報がひとつある。恐らく君に関係することかもしれない」
「聞きましょう」
「君がニューウェーブ計画に先立って留学したのは聞いている。そのニューウェーブ計画におけるエリュシオンからの第一陣が、先日八島自治区に上陸したそうだ」
「……それで」
「半分の学生は出雲の実験施設の見学のために出雲入りした。その中に水色の髪の少女がいた……らしい。私がいるところだけではなく、他のところもそうらしい。正直、留学生一人にここまで盛り上がるのは異常だ。なにか、心当たりは?」
「……ありませんね」
「そうか、それならいい。だがもし彼女にコンタクトするというのなら、早くした方がいい。どういうわけか、傭兵をけしかけてでも攫おうとしてる奴らもいるそうだ……私が言えるのはここまでだ」
「貴重な情報をありがとうございます」
「……礼はいい。技術師の義務だ。それに、この老骨が君と君が愛する人の役に立てることができるのなら、結構なことだ」
「……」
◇ ◇ ◇
「黒天使……噂には聞いていましたが、まさか本当だったとは」
「先の研究所跡襲撃案件でようやく裏が取れた。あそこにいたもの好きの彼らには感謝せねば」
テーブルの上には、一枚の写真が置かれていた。
ただの写真ではない。命知らずのジャーナリストが持っていた旧式のカメラ、すなわちフィルム現像式のものを用いて撮られたものだ。
「ヒノマの技術力の高さには舌を巻きっぱなしで、これ以上巻くこともないと思っていたが……なんでもアクティブステルスの一種らしいぞ? 機械の目と記憶すらごまかすと来たら、いよいよ魔法だな、これは」
「例の少年兵部隊との関連は」
「不明だ。だが例の少年兵部隊が窮地に陥ったときに決まって現れている。関係ないことはないだろう」
「少年兵部隊のバックアップの線が濃そうですね」
「私も最初はそう思った。だがそうでもない」
「と言いますと」
「例の少年兵部隊を運用する勢力が、例の黒天使の確保もしくは排除を目論んでいる……という情報が入ってきた」
「可能でしょうか?」
「はっきり言って無茶の域だろう」と言い放つ。「バルデリウス一個小隊まで蹴散らすんだ、あの少年兵が駆るVAFで囲んで叩いたところで、たかが知れているだろう。もっとも、囲んで叩けるほどの数があるとも思えんがね」
彼――SNO司令の予測は、根拠に裏付けられたものであった。
というのも、過去にあった黒天使の介入にはある法則性があったためだ。そして、その介入の頻度は下降傾向にあった。
「正直言って、我々SNOとしてもあの黒天使と正面切ってドンパチやるのは、はっきり言って御免被る。割りに合わんからな」
「仮にも出雲の治安維持を担当するSNOのトップのお言葉とは思えませんな」
「俺たちはなんだかんだ言って所詮は
続ける。
「まぁ、そんなわけでお前たちの出番というわけだ。エーデル・スクワッド。可能であれば黒天使のパイロットとコンタクトを取れ。可能な限りというか殺すな。万に一つではあるが、折り合いがつけるかもしれん」
「ツテはありますでしょうか」
「前にエドルアで騒ぎがあって、エリュシオンの学生に救出された身元不明の少女がいたのは知ってるか」
「えぇ」
「その少女が出雲にいる。もしかしたら……というのが、現在ここに向かってる例の騎士隊の見解だ」
「例の……」
「そう、エドルアの一件で旧式VAFに黒星つけられた部隊だ」
「役に立ちますか?」
「エリュシオンPMCとも渡り合えるぐらいの技量はある。なにより他の精鋭を差し置いて、エドルアからはるか東方の島国に来たんだ。相応の理由があるはずだ。左遷の線も捨てきれないがな」
左遷とは言ったが、怪しいものだ。
未知の技術、未知の兵器、そしてそれを操る魑魅魍魎。
その全てが跋扈し、ぶつかり合うのがこの学園都市だ。
無能を放り込んだところで、数日もしないうちに物言わぬ肉塊になるのがオチだ。
このヒノマ、出雲学術研究都市は――
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