第二部 一章-2 探し人
人生に輝かしい時があったとして、それが終わる瞬間というのはいつだって唐突にやってくるものだ――と「教官」に言われたのは何時だっただろうか。
元からやたら印象が薄い顔立ちだったのもあって今となっては顔も思い出せないが、とにかくその教官の弁は確かに正しかったと思う。
数ヶ月前まではAFの花形である
ミュレン――もとい三戸嶋レンは、ここに来てから何度目かも数えるのをやめてしまったため息を心のなかでついて、ケーブルで直結させた手錠端末のテキストチャットでこう切り出すことにした。
「時に――私達と技術流派はどこまでご存じですか?」
何事も、まず行うべきなのは認識のすり合わせだと「教官」が言っていた。自分自身が当たり前だと思っていることを他者が知っているとは限らない。その齟齬が最悪の結果につながることすらあるとも。実際、自分がここに来るまで技術流派の実際を知らなかったのだから――とも付け加えていたっけ。
「AFのことはあまり。技術流派の方は知り合いの教授からろくな連中じゃないって言われてることぐらい」
「なるほど……」
ろくな連中じゃない……か。司令室の椅子にふんぞり返っていた支部長を始めとする技術師の面々を思い出す。なるほど、確かにどれ一つとってもろくな人間がいた試しがない。例外としてはVAFにメンテナンスと改造などをやってくれていたメカニックぐらいしかいない。彼らは私達エンダースに差別することはなく、むしろ心配してくれていた。
しかし、それも今となっては過去のことだ。
「我々AF……アリアドネ・フォワーディングは、簡単に言えばこの八島学園自治区ならびに出雲学園研究都市で発生しようとしている凶悪犯罪を未然に防ぐための治安維持組織です」
「テロなどに対抗するための攻性の組織ってこと……か。そういう組織の割にはアリアドネ・
「そういう認識で問題ありません。技術流派の方は研究者・技術者による互助育成組織という解釈で今は問題ありません」
今彼女たちが乗っているバスの行き先は本土側に位置する出雲学園研究都市。そこと八島学園自治区は一本の長い橋によって接続されていて、それ以外の方法では行き来できないようになっている。
程なくしてバスは橋の中間あたりで停車する。そこには検問が敷かれていて、乗員らの確認をしていた。
「彼らは
「最近なにか事件でもあったの?」
「事件というよりも八島の方針です。学術目的以外の交流はしない――そういう方針です」
「穏やかじゃないね」
「先程技術流派のお話をしましたが、今の技術流派は大析出と北方皇国の侵攻以来大きく二つに別れました」
「ふたつ」
「一つは八島に避難した九大技術流派の宗家とそれに連動する者たち。もう一つは侵攻のきっかけになった静馬事変を引き起こし、後に北方皇国に迎合した元技術師たち……八島の技術流派と私たちは、彼らを破門衆と呼んでいます」
本人は隠したつもりなのかもしれないが、静馬の名前に一瞬反応したように見えた。
「破門……ってことは技術流派に属していないと」
「そうです。属していた技術流派からヒノマ滅亡の片棒を担いだ逆賊として破門を言い渡された彼らは技術師ではありません。彼らは技術師だと名乗るでしょうが、自称でしかありません」
「逆賊には付き合う義理すら無いと……じゃあ学術目的の交流を認めているのはなんで?」
「八島人工島はもともと、この出雲学園研究都市の中心として設計された人工島です。学園研究都市全体の管理を八島が、それ以外を本土側で行う計画だったそうです。
……それに、八島では扱えない実験・分析装置が数多くあります。代表的なものとして超大型多目的衝突型加速器施設『マルチファクトリー』や物理実験区にある多段式軽ガスガン……これらはスペースはもちろんのこと、八島人工島に用いられた建材の強度では扱いきれません」
「学術では流石に意地も張れないか……」
検問を通過して、本土に近づくに連れてぼんやりとしか見えなかった出雲の光景がはっきりしてくる。まさに未来都市と言わんばかりの建築方式の建造物が並ぶ中、一つそぐわないもの……廃墟が目に入る。
他の建造物より頭一つ飛び出る塔を擁する一区画の廃墟だった。その塔は傾き、今にも崩れ落ちそうなところを他の建材でなんとか保持しているようにも見える。
「あれは……」
「旧
「ボルヘス?」
「『技術と学術は誰にでも拓かれたものであるべき』という当時の技術流派の代表と政府の意志と盟約のもとに、技術流派のほぼ全ての技術とそれに関するあらゆるデータや研究成果などが収められた施設――だそうです」
「……そんな大層な施設の割に、ずいぶん荒れ果ててるようにみえるけど、これも静馬事変で?」
「いえ、静馬事変はこの学園研究都市が完成する前で、そのときはまだ健在でした。あれは九星図書館事件によるものです」
ミィナは手錠端末を操作して、事件の概要を確認する。
ニュースフィードの一番上にあった記事から確認するに――正体不明のテロ集団が突如として九星図書館を占拠。当テロ集団はかなりの重武装で、その上新型VAFとそれを操る凄腕のパイロットまで投入しており、警備隊は全滅。これに対し出雲技術師連盟は無人型VAFを投入したがこれも全滅。
奪還は困難。
学園研究都市の治安維持を担当している北方系PMC――SNOの治安出動宣言(すなわち、出雲学園研究都市に自治能力がないとみなされ、自治権が剥奪されることと同義である)も秒読みであるとされたが、突如として現れた所属不明の一機のVAFによって状況は一変。テロリストのVAFをあっけなく撃破し、立てこもっていたテロリスト残党も殲滅。
事件解決後も当VAFの所属と消息は不明。件のテロ集団の目的や、事件の詳細な推移も依然として謎に包まれている……ということらしい。
表の記事でわからないなら裏側なら……と期待したが、彼女は末端も末端。末端の人間にわかるはずもなかった。
しかし、この情報からわかったことがある。
この九星図書館事件とやらは、今から三年前に発生したという。
三年前……これは偶然の一致なのかは分からない。しかし、手がかりにはなる。彼ならば、四機のVAFに対抗できても不思議ではない。
結晶地帯にさまよっていた名もなき彼女に手を差し伸べ、ミィナという名前を与え、そして見ず知らずの彼女のために戦ってくれた、彼女にとっての英雄。
そんな彼は、ニューウェーブ計画に先んじて八島に来訪し、そして三年前を期に出雲で消息を絶った、彼女の英雄。
そのために、彼女はここに来た。
「……絶対に見つけ出すからね、エト」と、ミィナは小さくつぶやいた。
◇ ◇ ◇
――出雲技術大学、4号館六階。
「……」
技術を扱う技術師と、彼らが集まる大学のような教育研究機関において、重要になるのは機密保持である。そして、機密保持における確実な手段とは、余所者を入れないことから始まる。これは、行き過ぎた秘匿主義と謗られがちな技術流派に限った話ではない。
入館に際して生体認証、ICカードを用いた認証は当たり前。高度な機密となれば遺伝子認証が必要となる。この体制のもとでは余所者が入ることはまず不可能、仮に入れたとしても駐在しているPMCが急行して処分――高確率で銃殺だろう――されるのが落ちだ。
そう、入れない。余所者は入れないはずだ。
「……初めまして、湯野枚教授。本当なら公式にアポイントをとって来るべきでしたが、それもできない都合がありまして」
なら、眼の前にいる青年は誰だ?
「お前は……誰だ?」
青年は、口を開いて自らの名を名乗る。
しかし、その名前は八島側の技術師である湯野枚ですら、容易に恐怖を抱かせるに相当する家名であった。
その家名は、技術流派の悪夢であり、技術流派の忌名であり、技術流派の首輪であり、静馬事変を期に滅んだはずの技術師の天敵であり、かつて技術師と技術流派の尽くを総べていた者たちの名でもあり……
――その名を継いだ彼はその末裔であった。
「静馬、静馬エト」
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