第一章 名もなき少女たちと揺れる境界線上に立つ後継者と追う少女 ――出雲学園都市抗争

プロローグ side-A 或る学園都市の都市伝説

 廃墟であった。

 猛烈な風雨に叩かれて、数多の残骸がその姿を晒す。それは建材であり、また実験機材であり、またコンピュータであり、また分析機器であった。その尽くが三十年以上の月日を経て風化し、錆びついていた。


 そこは、かつての研究施設であった。

 かつて知の探究を推し進めていたその場所では、きっと様々な探究が推し進められていたのだろう。だが、今となってはその内情すら推し量ることは敵わない。


 そんな場所で――


「――ちょっと、まだセキュリティ突破できないの!?」

「突破率四十五パーセント! 聞いていたものより硬すぎるよここ! 何なのよ!」

「文句言ってる暇があるなら急いで! 帰る足が穴だらけになって、ついでに私達も穴だらけか最悪イカれ技術師どもの実験台にされて廃人になるわよ!」

「廃人になる前に穴だらけになりそうなんですがねぇ!」

「どっちもいやだ~!」


 大析出以前の研究施設に遺された、過去の研究データの回収。

 それが彼女たちの任務。その施設に遺されたデータベースにある過去の研究データを持ち帰る。ただそれだけ。

 しかしこの場所は本来、所有権は誰にも属さない――言うなれば一種の中立地帯とも言える場所である。しかし、やっていることは泥棒であることには相違なく、またこの場所は彼女とは全く別の勢力による支配下に置かれていた。

 四人編成という基本単位にもその影響が見て取れる。この種の作戦におけるこの編成は前時代からのスタンダードな構成であった。


「まさか最新型のアンロッカーでここまで時間がかかるなんて……この施設、何かがおかしい」


 データベースに干渉する任務にあたり、そのセキュリティを突破するためのデバイスを予め用意していた。その一つがアンロッカーであった。

 本来ならば今頃データ片手に逃げ果せた手筈となっていた。しかし、そのセキュリティは突破できず、またサーバールームに押し込まれ続けているというのが現実であった。


「おかしいのは兵員もです。ボディアーマーやアサルトライフルで武装していると言うだけでも大概ですが……練度も相当な上に戦闘補助・戦術リンク用のHヘッド・Mマウント・Dディスプレイまで装備しているとなるといよいよカラーギャングどころの話ではありません」

「考えるのは後よ。今は早く身の安全を確保しないと――セキュリティは!」


 隊長格の少女は改めてデータベースのセキュリティ突破を行っている少女に進捗を確認するが、帰ってきたのは悲鳴である。


「全然ダメですぅ!!」

「……ちょっと、どうするの? 司令は! 司令部からはなにか言われてないの!?」


 苦り切った表情の顔を浮かべる少女を横目に、彼女は左腕に付けた腕輪型のデバイスを操作して事前に提供された索敵データと事前に提供されたデータを確認する。

 さっきから司令部になんどもアクセスを試みてはいるが、電波妨害ジャミングにでもかけられているのか一向に繋がる気配がない。


「命令は……待機だ」

「でもこのままじゃ!」


 互いにい争っていた最中、なにかが外壁を突き破る音がした。

 恐る恐る視線を向けた先には巨人の腕が生えていた。いや正確には、機械仕掛けの巨人の腕であった。

 そして、その腕はこちらに向かって――


 彼女たちが慌ててサーバールームの中に退避するのと、腕が薙ぎ払われたのはほぼ同時だった。


 破砕音が止むと同時に土煙は晴れ、その姿が顕になる。


 砂埃の隙間から見えたのは装甲を纏い、脚部には小さな車輪が――高機動ユニットが備わっている五メートル程の巨人。

 そんな本来フィクションの中でしか存在しなくてもおかしくない存在は一つしかない。


 何事にも例外が存在する。

 それは時代とともに生まれ、模索され、そして定着する。

 現在・そしてこの場所に於いては、可変型バリアブル・拡張オーグメンテッド・外骨格フレーム――VAFがそれに該当する。


 高い機動性と走破性、そして人体を模すが故の高い汎用性。

 四人の戦闘員オペレーター+後方支援員バックアッパーとしてのVAF一機の構成は、隠密性と非常時における打開力を期待してのものであった。


「――おまえ、ミュレン! 私達を殺す気か!」

〈状況判断です〉

「状況判断だと!」

〈交戦状態下にあり、その上司令部からの通信がつながらない。うまく行けば銃声一発もならないと聞いていた以上、今の状況は失敗したと言っても良いのでは?〉

「この――」

〈文句は後で聞きます。今は早くこの場から――〉


 そこから先の言葉は、突如として襲った猛烈な衝撃と金属がひしゃげる音とともに中断された。

 隊長格の少女の目には、目の前にいる仲間のVAF〈エッジランナー〉が突然ふっとばされたようにしか見えなかった。



 ◇ ◇ ◇



 最近のVAFアームド・フレームは、搭載される人工知能の高度化に伴い、パイロットへの支援機能が増加する傾向にあった。その機能は機種によって様々ではあるが、それでも共通している機能がある。

 その一つが、意識を失ったパイロットの意識回復である。

 その意思回復機能による軽い電気ショックで、一瞬の気絶から意識を取り戻したミュレンは一体何が起きたのか理解できなかった。


 そして、地面に叩きつけられると同時に脳裏に浮かんだ嫌な予感は、結論を先に述べるのなら的中していた。


 何もないように見えた空間に一瞬ノイズが走り、何かが顕になり、同時に思い出したかのように冷却装置の唸り声が周囲を満たしていく……


 市街地における戦闘は、建造物が密集しているが故にVAFの機動性を大きく損なう定めにある。故に、市街地戦におけるVAFの姿は自然と変化していった。

 機動性に配慮した装甲は、撃たれ強さを重視したそれへと。

 通常のものより強化された脚部には、通常のオムニホイールとは別に増設された壁面機動ドライブユニットとワイヤーアンカー。

 そして市街地で効果を発揮する灰色からなる都市迷彩アーバン・カモで塗装された装甲。


 これが、現在のヒノマ共和国――いや、学術研究都市『出雲』におけるVAFの事実上の標準仕様デファクトスタンダードである市街地戦特化型VAFシティランナー・フレームの姿であった。


〈バルデリウス……新出雲重工業n.I.H.I.の最新型VAFがなぜ……〉


 彼女も伊達にVAFに乗り、戦っていない。VAFにまつわる情報収集は欠かしたことはない。だが、ある高名な技術師の設計をもとに新出雲重工業が鳴り物入りで売出し、汎用性・適応性・生存性・稼働率のすべてにおいて高い評価を得ているという〈バルデリウス〉とそれを運用できるほど大きな勢力とかち合うなどとは思ってもいなかった。


 視線を実体化したバルデリウスの肩にむけると白く染め抜かれた竜のロゴが見えた。少なくとも事前に聞かされていたカラーギャング風情が身につけていいものではなかった。それは瓦礫の隙間から見える敵兵士の装備にかかれていた文字も同じであった。


〈――警告する。戦闘行為を停止せよ。繰り返す。戦闘行為を停止せよ〉


 倒れ伏したVAFと少女たちにそれぞれ銃口を向けながら、バルデリウスのパイロットが北方語訛りで勧告する。


〈こちらはヒノマ共和国暫定政府から当区域の警備を依頼されたPMC『SNOシークフェルト・ノーザン・オペレーションズ』である。諸君らの行為は共和国並びに大場家の管轄区域への侵犯であり、明確な犯罪行為である。直ちに武装を解除し投降せよ〉


 SNOシークフェルト・ノーザン・オペレーションズ――通称『白騎士』。

 この都市――学術研究都市『出雲』とその内にある八島自治区が北方皇国とその傀儡政権であるヒノマ共和国の属領でしかなく、その区民とその財産のすべてが北方皇国の所有物であると防護壁に囲まれたこの都市全てに知らしめる、北方皇国の悪意と傲慢と妬みと恐怖の体現者たち……そのひとつが彼らだ。


「ど、どうしよう……」

「……VAF相手にどうしろっていうのよ。というか、ここが九大技術流派ナインスターズ絡みの施設だったなんて聞いてないわよ!」


 自治憲章において、北方皇国が軍の代わりにSNOを始めとする民間軍事企業PMCに委託したその警察力は強い制約をかけられており、彼らが出動するほどの事態は全く無いと言っても過言ではなかった。しかしそれはあくまで表向きの話。

 彼らが強権を振るえるのは技術流派とそれに属する技術師たちの反乱、そして過去の九大技術流派の当主ら上層部が遺した技術遺産に関するトラブルを未然に防ぐ目的にのみ。


 人口の大半が、そして学生においてはその全てが何かしらの流派に属する技術師であるこの都市と島において、技術師が全く絡まない事件などありはしない。

 この都市において、出雲の警察はあってないようなもの。昼間楽しげに談笑していた学生がSNOが一枚噛んだ事件に巻き込まれ、命を落としてしまったとしても、彼らはそれを認知することすらしない。


〈貴公らの身柄はヒノマ共和国の現行法に則って扱われる。繰り返す。直ちに武装を解除し投降せよ。こちらは発砲を許可されている。これは脅しではない〉


「どっちに転んでも結局死ぬってことじゃない!」


〈警告する。我々は発砲を含めた対処を許可されている。直ちに勧告に従わない場合、実力を以て排除する〉


 そう言い放ちながらコッキングした直後――


 つんざかんばかりの女性の悲鳴が、響き渡った。

 悲鳴を上げたのは彼女ではなく、また部隊員でもなく、またPMCですらなかった。

 悲鳴の発生源は――上空。視線を向けた先には何かがいた。

 なにかが、宙に浮いていた。


 天使が、月を背に降りてくる。


 あまりにも異常な光景であった。

 全身が黒く、また腰から生えた翼(のように見える物)もまた黒い。

 光輪ヘイローの有無だけを指して判断するのなら、それはたしかに天使と呼べた。だが、その位置は頭上ではなく両肩に発生していた。また天使と呼ぶにはあまりにも黒く、そして天使と呼ぶには……いや人と呼ぶには、それはあまりにも異質であった。


 通常のVAFが人を徹底的に模しているのなら、あの黒い天使は一応人型を模していると言うべきだろう。いうなれば、人形とも。そう呼べるぐらいには四肢の形は歪で、全体的に細かった。装甲も三次元的なそれではなく、平面的なものが目立つ。

統括すれば―― VAFと呼ぶには、異形に過ぎた。


 バルデリウスの一機が、黒天使に銃口を向けて警告を発する。


〈所属不明機に告ぐ。こちらは共和国政府より現区域の警備を依頼されたSNOである。即時武装の解除並びに機関を停止し、貴機の所属と目的を明らかにせよ〉


〈……〉


 黒い天使は何も語らず、静かに着地した。

 気がつけば周囲はあの黒い天使から轟々とそして心臓の鼓動めいて発せられているエンジン音に満たされていた。そしてそれは地面を揺らすほどに力強く、強烈で、鮮烈であった。


〈繰り返す。こちらは共和国政府より現区域の警備を依頼されたSNO部隊である。即時武装の解除並びに機関を停止し、貴機の所属と目的を――ッ〉


 直後、黒天使の姿がかき消え、少女たちに銃を向けていたバルデリウスの片割れが凄まじい破砕音とともに倒れ伏した。少女たちに被害が及ばないよう工夫されていたらしく、それは黒天使のパイロットにそれができるだけの技量を持っていることの証左でもあった。

 下手をすれば容易く折れてしまいそうな機体が、自分より重く丈夫であるはずの敵機を弾き飛ばした――VAFにあまり乗らない彼女にでも、遅まきながら理解したその光景の異常さを嫌でも実感していた。


〈――貴様ッ! おい、立てるか〉


 残りの一機が僚機をかばいながら応射する。

 応射する――が、黒天使がそれを避けることすらせず、放たれた弾丸の尽くが壁や地面、空へと火花とともに逸らされその尽くが効力を発揮しない。


〈くそっ――だめだ、立てない! 野郎、機体の心臓リアクターを抜きやがった!〉


 突き飛ばされた方のバルデリウスの胴体を見るとたしかに穴が空いていて、その奥――おそらくリアクターが収められていたであろうそこは火花が散っている。直後、圧縮ガスの音とともに脱出機構が作動したコックピットユニットが射出された。


〈クソっ……なんなんだよこいつは!〉


 そして突き飛ばした黒天使の左手に目をやると、様々な機器がゴテゴテとついた円筒状のものをつかんでいた。引きちぎられたケーブルの先から火花が血液のように散らす。


「天使さん……ほんとうにいたんだ……黒いけど」


 噂だけは聞いていた。


 ――誰かが悲鳴をあげるような危機にあったとき、どこからともなく天使が現れる。それがどんな状況であろうとも手を差し伸べ、敵対する尽くを黒く焼き尽くす。

  

 そんな、見様によってはどこにでもありそうな都市伝説、『黒い天使』だ。


「リーダー……あいつ一体何なんです……? 味方、なんですか?」

「わからないわ。もしかしたら敵になるかもしれない。でもただ一つ言えるのは――」

「言えるのは?」

「仮に逃げてもあいつに蹴散らされるってことね」


 もはや、SNOは応戦どころではなかった。虎の子であったはずの最新型VAFバルデリウスが謎の乱入者によって蹂躙されている。繰り返しとなるが、人間はVAFに対抗できない。対抗するにはVAFか多脚戦車のような機動性の高い車両をぶつけるしか無いのだ。

 途中戦闘ヘリが投入されたが、なんの成果も得られないままあっけなく叩き落された。当事者からしたら悪夢以外の何物でもないその光景は、第三者となった彼女らの目線からしてもやはり悪夢と同然であった。



 ◇ ◇ ◇



 神話の御代において、神とは力であった。

 故に神の代行者として力を振るう天使は即ち神であった。


 そんなものを前にした徒人ができることは、ただ恐怖とともにその権能の暴風が過ぎ去るその瞬間を待つだけだった。


 そして、程なくして廃墟は沈黙に満ちた。残っているのは少女たちの部隊とそのVAFのみ。決死の覚悟で脱出を試みた彼女たちは無事その戦域からの脱出を果たした。


 黒い天使はそれに気がついていたようであったが、何もするでもなく、ただ月を背にして彼女たちが離れるのを上空から静かに見据えていた。

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