第二章-7 鉄砲玉

 ――さて、われらがエリュシオンは、計六十基のメガフロートによって構成された海上都市であることは皆も知っての通りのことだと思う。だが、この六十基という数は正確なものではない。


 何故か?


 かつて、このエリュシオンは『ビフレストシックス』という名前で建造が進められていたという過去がある。その時の建造計画では八十基の建造が計画されていたという。

 しかし、その計画は残り四基というところで頓挫してしまった。原因は当然、大析出である。


 さて――この時点で、疑問を抱く人がいるだろう。

 エリュシオンは『六十基のメガフロートで構成された海上国家』だ。しかし、こいつは『本来八十基までの建造が進められていたが、七六基でそれが頓挫した』と言い出した一体どういうことか――といった具合だろう。


 確かに、このエリュシオンもといビフレスト6は、七六のモジュールが存在している。

 しかし、国家としてのエリュシオンが運用できているのは、六十基までなんだ――というのも、人が住める状態になっていたのがモジュール60までであり、それ以降はまだ建造途中もしくは完成間近だったからだ。


 当然、大析出直後に楽園戦争に突入したエリュシオンに、未完成の十六基に気が向けるほどの余裕なんてなかった。完成間近のものも、そうでないのも、皆戦場として使われた。戦後もそうだ。

 もし、廃棄街に行く用事があり、身内か親族に自警団――勿論、今のセーフガードの前身の方の自警団だ――に廃棄街の地理について聞いてみると良い。きっと彼らしか知らない道があるかもしれない。


 ――話を戻そう。


 そんな楽園から棄てられた――というよりかは一時凍結だ。尤も、その凍結がいつ解けるのかは誰にもわからないがね――哀れな街に二種類の住民が住み着くことになった。


 一つは『アヴィリア・アコード連合軍』。

 エリュシオンがVAF関連の技術提供を約束する代わりに、自分たちを外敵から守ってくれるボディガードになってくれることを求めたんだ。


 そんな頼れる――と言うには不安要素がいささか多すぎる気がしないでもないが――ガードマンはモジュール61と70、75にその駐留基地を置いている。


 アヴィリアはエリュシオンの高い技術力の恩恵にあやかることができ、エリュシオンは戦力の代行と手に余っていたモジュールを処分できた。

 これこそが俗に言う『ウィン・ウィン』というやつだろう。


 ……ではもう一つの住人とはなにか。

 はみ出しもの。犯罪者。国籍を得ようとだけして努力しなかったやつ。落伍者。荒くれ者。不法入国者。敗残者。ギャング。マフィア。極道。傭兵・軍人くずれ。違法薬物の売人と薬物中毒者そのカモたち。数え上げればキリがない。


 ――それが、この廃棄街に住む多くの人間だ。

 当然、エリュシオンの人間ではない。そのほとんどが他の国から流れ着いた者たちだ。――一部、そうでないものもいるようだが。


 まぁその話は、別の機会にすることにしよう。



 ――エリュシオン・パブリックレポート・アーカイブス EPA-Sc149785 『エリュシオン史講義 第六回 楽園の内側と外側について』 より一部を抜粋。



 ◇ ◇ ◇



 慰霊碑で旧友たる聡明と再会し、別れたクロムウェルは廃棄街の一つであるモジュール76にその身を隠していた。

 偽IDを使っている手前、足がつく真似は極力したくなかったというのと、スポンサーから与えられた隠れ家の場所が廃棄街にあり、またそこの方が身を隠しやすいためであったためだ。


 そうでもなければこんなところに来ようとも思わないし来たくもない。


 国というものには、須らく治安維持のための警察機構かそれに準ずるものが存在するが、エリュシオンにも『セーフガード』という名前でそれは存在する。クロムウェルも聡明も、かつてその前身である『自警団』に在籍し、共に戦ってエリュシオンの自治を勝ち取った過去がある。


 されど、この廃棄街においてそのセーフガードは存在しない。


 実際のところは廃棄街管轄のセーフガードはいるのだ。居はするのだが、警察としての役目を果たしているのかと言われればそうではない。求められているのは『左遷先ゴミバコ』としての役割だ。

 当然就任するのは何かしらの不正をしでかしたもの、セーフガードの手に余るもの、エトセトラ。


 そしてそんな連中を抱え込んだそこは当然腐敗する。


 エリュシオンにおけるセーフガードとはそれ即ち警察と同義ではあるが、この廃棄街における『セーフガード』とは、北方皇国からの亡命者もしくは難民で構成される『北方ノーザンマフィア』を始めとする数多の犯罪組織からカネをもらって、時に犯罪に加担することでしか飯にありつくことしかできない、所謂いわゆる使いっぱしりパシリかそれ以下の存在である。


 一応、セーフガードがこの廃棄街の治安維持に力を入れない最たる理由があるのだが、今は関係ない。


 ともあれ、廃棄街の治安は棄てられた街にふさわしく劣悪なものであり、故に廃棄街は数多の犯罪行為が蠢く坩堝るつぼであるのだ。


 そして、彼の目の前で行われていることもその一つ――


「同志諸君! 決起のときは近い! 難民たちを蔑ろにし、利権のために技術を解放しない差別主義を掲げる差別主義者レイシスト共の政府を潰すその時が!」


 ――全く、なんて茶番だ。


 モジュール76の一角。そこに彼はいた。

 『エリュシオン自由水平同盟』と名乗る、政治結社もとい極左暴力集団とも定義されるであろう集団がいる、集会のドア付近で一番奥にいる『リーダー』が哀れな『同士カモ』を扇動しているのを大あくびしながら眺めていた。


 夢見がちなガキ――ああいった社会を知らない大学生ってのは『正義』だの『理想』だのといった聞こえのいい言葉に滅法弱い。

 この手のカルト集団はこういう素質のあるやつを狙って確保していく。


「同志諸君、我々は耐えてきた。レイシズム政府とそれに迎合する無知蒙昧なレイシスト共による弾圧から!」


 口八丁手八丁で『サークル』に引きずり込み、その新入りに勧誘なりしていけば、閉鎖的な集団――もといカルト集団、テロリストの卵の誕生だ。


「そして力をつけた、君たちという同志も増えた! そう! この事実こそが、自由と平等を真に求める我々にこそ、正義があることを立証しているのだ!」


『エリュシオン自由水平連盟』――とか言ってたっけな。なんともまぁ笑えることだ、と思う。

 その熱狂的な目で見ていて、その目の前で『自由』だの『平等』だと嘯いているやつをけしかけたのが、自由と平等から程遠い北方皇国の情報軍の特殊工作員だから尚更笑える話である。


 仮定の話ではあるが、もし彼らが、で政権を握ったとしよう。


 そんな彼らがまともに政治を運営できるのか? 答えはノーだ。

 そもそも彼らはまともに政治をしようとすら思ってはいないのだ。

 悪の組織を打倒すれば世界は平和になる――そんな子供向けアニメの世界観を抱いたまま大人になった彼らは、『悪の政権』さえ打倒しさえすれば全てがうまくいくと錯覚するようになるのだ。


 当然、それ以降の事なんて全く考えていない。


 故に、彼らは賛同を得るべき一般市民たちから白眼視され、そして一般市民を敵視し、そして自ずから廃棄街へと転がり落ちたのだ。


〈クロムウェル戦術教導官殿〉

〈これは北方皇国情報軍士官クライアント殿、どうしたんだい?〉

〈ここに来るの少し遅かったようですが〉

〈なぁに、旧友と会ってきたんだ。わかってるんだろ? それぐらい、いいだろ〉

〈旧友ですか。各地でテロリストや民兵に訓練や戦術指導を施してきたあなたにも、そういう人間がいるものなのですね。英雄様と何の話をしていたのか、知りようもありませんが、余計なマネは極力控えていただきたいものですね。

 仮にもとんでもない場所で、どでかい花火を打ち上げるつもりで居るのならね〉

〈で、何の用だ? 雑談しに来たわけじゃないんだろ〉

〈えぇ。――あなた用の機体の輸送が完了しました。細かい調整は自分ですると聞きましたが〉

〈あぁ、俺が勝手にやるさ〉

〈わかりました。――ホロソフィアの導入は済ませていたという話でしたね? 到着完了の通知は来ていますか?〉


 ホロソフィアを介した視界の端にメッセージの通知が飛びこんできた。通知には国家備蓄番号XXXXXXXが到着したと書かれていて、その現在地が表示されている。


〈皇国ご自慢の超広域戦闘支援システムってのはやっぱり便利だな。根本的なのは通販と大差ないが〉


〈その通販が戦場でも健在なんですから上等でしょう。作戦の下準備も終わりつつあります。いつでも戦えるよう準備しておいてください。

 あと、例のユニットの扱いはくれぐれも慎重に扱ってください。貴重なテストユニットですし〉


〈わかってるさ〉


 目の前で興奮している鉄砲玉たちに、彼と情報軍の面々は一ミリの興味も、使い潰されることへの憐憫の情すら浮かべることはない。


「同志諸君、復唱せよ! 我々は、差別主義を掲げ、難民を虐げるエリュシオン政府の横暴を決して許さない!」


『『『『我々は、差別主義を掲げ、難民を虐げるエリュシオン政府の横暴を決して許さない!』』』』


 それでもそう遠くない内に行われる作戦にその命を費やされることが確定している鉄砲玉共がテンションを上げている。


〈……ところで、鉄砲玉たちの仕込みはどうでしょうか〉


〈まずまずと言ったところぐらいか。あいつらに鉄砲玉以上の働きなんて、ハナから期待しちゃいないさ〉


〈それに関しては全くの同感ですね〉


 自分が何者かであるかをひたすらに追い求め、そして他人に誘導されるまま、思考放棄したまま、英雄的であると錯覚する。そして鉄砲玉して使い捨てられる。どれだけ崇高な思想を掲げようと、己の短絡さ故に自ずとそうなるのだ。

 それが彼らである。


 これは彼が抱くエリュシオン――いや、廃棄街そのものに対する怒りの源泉ですらない。しかし一つの側面ではある。


 なればこそ――彼らには、鉄砲玉としての価値にもない彼らにふさわしく、使い潰しつくそうではないか。

 誰だって求める楽園の形と在り方というものがある。鉄砲玉は鉄砲玉らしくその礎にもなれれば本望だろう。


 ――無論、彼らがそれを自覚しているかどうか、望んでいるかどうかはそれこそ別の話ではある。


 クロムウェルは彼らに一ミリの憐憫もかけることもなく、その場を去り、彼専用のVAFが眠っているであろうコンテナ集積場へと向かった。



 楽園の夜明けは未だ遠い。

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