第680話


夕方になると食事の時間前にパラパラと食堂に隊員たちが集まりだす。薬草講座に参加していた隊員たちは互いに新しい知識から話し合いを広げ、間違ったことを言うと妖精たちから頭をはたかれる。不参加だった隊員たちは彼らに近付いて話を聞こうとすると妖精たちに追い払われるため近づけなかった。


「おー、もう集まっていたか」


ダイバが食堂に足を踏み入れたときには、すでに数人を残して集まっていた。


「ダイバ、外に出た連中がいるようだぞ」

「部屋にいないようだな」

「まだ戻っていないのか?」

「メシを食ったら探しに行くか」


隊員たちが仲間の身を心配する。ただし食欲が優先だけど。ダイバはアゴールと共に私たちの前に座る。私はコルデさんとアルマンさんの間に入り込んでいた。そのことに何人かの隊員が気付いて驚きの声をあげていた。別に盛り上がっていて気付かなかっただけだと思うけど……すぐに私のことは気にしなくなった。


「アイツらならダンジョンから追い出した」


ダイバが爆弾発言をしたからだった。



何人かの隊員は、テントから出て下の階へと向かった。そう聞いて騒々しくなる。理由が分からないのだろう。アゴールの表情が険しくなっていくが、隊員には背を向けた状態のため向かいにいる私たち以外に気づかない。


「アイツらがアゴールにやましい感情を持っていたことを知っている奴はいるか?」


ダイバの声に食堂が静かになる。少しして静かに手が上がっていく。その数は半数に満たないものの、何かしらの感情には気付いていたらしい。

そう、過去に起きた騒動が再炎していたのだ。


アゴールに横恋慕していた隊員が『ダイバが亡き者になれば』と思い至った。そこでナナシの誘惑に乗ったのだろう。彼らもただ思っただけで、本当にダイバの生命を奪う気はなかった。しかし、無関係の人の生命を奪うものだとは思わなかったらしい。


「渡されたのは植物の種だった。……どんな植物か? いや、詳しくは聞いていない」


ただダイバが困ればいいと思ったらしい。よくある『子供のイタズラ』と同じ思考だ。


「死者が出たとは聞いた。しかし、その後の調査では何もなかったと……」


しかしこの階で危険な植物が見つかった。自分たちはほかの階にも種を蒔いてきた。


「バレる前に、先に行って植物しょうこを片付けてこようと思った」


このダンジョンで彼らが種を蒔いたのは何年も前のこと。どこに蒔いたなど細かいことは覚えていない。しかし……このままでは自滅するだけだ。


「魔物の心配はなかった……はずなのに」

「ああ、そうだ。俺たちはダイバやアゴールと共に特訓をしてきた。俺たちにかなう魔物はいない……はずだった」


彼らは忘れていた、このダンジョンには地の妖精たちが多くいることを。妖精たちかれらはたとえ私と契約していなくても、妖精としての矜持きょうじは持っている。そして地の妖精ちぃちゃんたち同様に状況を判断し考えて動くこともできる。

彼ら隊員は妖精ネットワークで行動を監視されていたのだ。特に薬草講座に出ていない自由行動をしていた隊員は。


「特訓して……? 日々の鍛錬はしてたのか?」

「「「…………」」」


ダイバの言葉に誰ひとり「やっています」と胸を張って言える者はいなかった。彼らはダイバの強さを信じていた。信頼していた。そして……頼りきっていた。

彼らはダイバに嫉妬していたのだ。


隊員全員に信頼され、ダンジョン管理部でも発言が許されて決定権も持ち、都長とちょうを受け持った1年で改革に手を出して高評価を受けた。聖魔師テイマーからは信頼を勝ち取り、義兄となり、部屋を用意して一緒に暮らすこともある。不可能と言われていた生き別れた家族との再会も果たした。妖精たちからの信頼も厚く、彼らもダイバの言葉には従う。自分たちが好きだったアゴールとは同族というだけで結婚し、エルフや聖魔師エミリア、妖精たちに守護されてまもられて無事に子を2人もした。


アゴールは妊娠期間中および出産後しばらくは現場に出られず事務を続けていた。その期間は何日もアゴールと会うことができなかったことで、『アゴール成分欠乏症』になっていた。そんな彼らはこじらせたアゴールへの思いをナナシに利用された。


「へぇぇぇ。うらやむだけで努力をしない、ねたむだけで己を磨かない。そんな奴に、アゴール以外の女性だって好意をもたない。この世界に心を映す鏡なんかがあったら、君たちはおどろおどろしい形相ぎょうそうで映るんだろうね」


あの『聖魔士くずれ』のように。

私の言葉に、地下3階に下りて妖精たちに捕縛された隊員たちは青ざめる。彼らが素直に自供している時点でわかるだろう。彼らはすでに『自供薬』と名を変えた操り水の影響下にある。


「う、わ……あああ……」

「ひぃぃ……」


彼らは隣に顔を向け、同じく拘束されているはずの仲間の『醜く崩れたりただれた姿』をみておののく。その姿がだんだん青白い鱗に覆われた魔物の姿へと変わっていく。それは聖魔士くずれが変態した姿にそっくりだった。

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